2018-06-04 東京大学医学部附属病院 国立研究開発法人日本医療研究開発機構
発表者
武田 憲文(東京大学医学部附属病院 循環器内科 助教[特任講師(病院)])
犬塚 亮(東京大学医学部附属病院 小児科/東京大学大学院医学系研究科 小児科学専攻 講師)
小室 一成(東京大学医学部附属病院 循環器内科/東京大学大学院医学系研究科 循環器内科学専攻 教授)
発表のポイント
- マルファン症候群の原因遺伝子FBN1の遺伝子型(種類)によって、主要な大血管障害(Stanford A型急性大動脈解離、大動脈基部置換術および関連死)の発症時期に違いがあることがわかりました。
- FBN1の遺伝子変異は、早発型(HI群とDN-CD群)と遅発型(DN-nonCD群)に分類できます。
- ゲノム情報などの個々人の違いを考慮して予防や治療を行う医療(プレシジョン医療)の推進に向けた成果であるともに、マルファン症候群の治療法開発や病態生理の解明にも繋がる可能性があります。
発表概要
マルファン症候群は、全身の結合組織の働きが体質的に変化しているために、大動脈(大動脈瘤や大動脈解離)や骨格(高身長・細く長い指・漏斗胸・側弯など)、眼(水晶体(レンズ)がずれる)、肺(気胸)などの多臓器に障害が発生する遺伝性疾患(常染色体優性遺伝)です。マルファン症候群の患者の約90%以上でフィブリリン1(FBN1)遺伝子に変異があり、幼少期から大動脈の拡大(大動脈瘤)は年齢とともに進行しており、急性大動脈解離を発症すると生命予後や生活の質は著しく低下します。そのため、大動脈瘤の進展速度を予測して対応することは、患者・家族にとって大変有益と考えられます。
東京大学医学部附属病院循環器内科の武田憲文助教(特任講師(病院))、小室一成教授、小児科の犬塚亮講師らは、日本人患者でのフィブリリン1の遺伝子型(種類)と主要な大血管障害(Stanford A型急性大動脈解離、大動脈基部置換術および関連死)の発症時期に関する実態調査を行い、比較的簡便な方法で、遺伝子異常を早発型(HI群とDN-CD群)と遅発型(DN-nonCD群)とに分類できることを明らかにしました。本研究は、ゲノム情報などの個々人の違いを考慮して予防や治療を行う医療(プレシジョン医療)の推進に向けた成果であり、一生涯に渡って患者・家族が抱く強い不安や悩みを和らげるための情報を提供するのみならず、本症の治療法開発や病態生理の解明にも繋がる研究への発展が期待されます。
本研究は日本医療研究開発機構(AMED)難治性疾患実用化研究事業「マルファン症候群における長期多系統障害増悪機構の解明と新規薬物療法開発に向けた研究(研究代表者:武田憲文)」の支援により行われました。
発表内容
研究の背景
マルファン症候群は、全身の結合組織の働きが体質的に変化しているために、大動脈(大動脈瘤や大動脈解離)や骨格(高身長・細く長い指・漏斗胸・側弯など)、眼(水晶体(レンズ)がずれる)、肺(気胸)などの多臓器に障害が発生する遺伝性疾患(常染色体優性遺伝)です。若年期から大動脈の拡大(大動脈瘤)は年齢とともに進行しており、急性大動脈解離を発症すると生命予後や生活の質に多大な影響を及ぼします。
約90%以上の患者でフィブリリン1遺伝子(FBN1)(注1)に異常があり、FBN1遺伝子異常のタイプ(遺伝子型)(図1)が将来の経過に与える影響について、欧米で議論されることが多くなってきました。フィブリリン1の発現量が低下する遺伝子型(ハプロ不全型:HI型)(注2)と、フィブリリン1の機能が低下する遺伝子型(ドミナント・ネガティブ型:DN型)(注3)とに大別した場合、前者で動脈瘤の拡大速度が早い可能性が指摘されていますが、日本人を対象とした研究はありませんでした。
そこで本研究グループは、東京大学医学部附属病院「マルファン外来」に受診された248名のFBN1遺伝子異常の患者さんについて、HI型とDN型に大別して、大動脈瘤の進展状況、外科治療や大動脈解離に至った年齢などについての実態調査を行いました。
研究の内容
本研究グループは、FBN1遺伝子異常の患者248名について、HI型(93名)とDN型(155名)に分類して、主要な血管イベント(Stanford A型急性大動脈解離、大動脈基部置換術および関連死)の発生時期を検証しました。大動脈基部の大きさ(バルサルバ洞径)45mm以上を手術適応としていますが、HI群でのイベント発生リスクはDN群の6.3倍(イベント回避生存年齢中央値[25-75%点]:HI群, 33.0[30.0-37.2]歳;DN群, 49.0[41.0-53.7]歳)で、両群ともに男性が早期にイベントを発症する傾向がありました。
また、従来遅発型と考えられていたDN群の中にも、イベント発生年齢が早い変異型を持つ一群(DN-CD群:エクソン25-36,43-49内でのCysteine残基に関連したミスセンス変異またはエクソン欠損Deletion)を新たに見出しました(図2)。DN-CD群(28名)は、早発型であるHI群と同等(30.0[19.0-42.0]歳)に早期に血管イベントを発症しており(図3)、HI群とDN-CD群のバルサルバ洞径(未手術時の標準化係数:Z値)は、それ以外のDN群(DN-nonCD群)よりも有意に大きい状態にあることもわかりました。
男性のイベント発生が早い要因として、男女問わずに手術適応が大動脈基部の大きさ(バルサルバ洞径)45mmに設定されており、体格に勝る男性が手術適応の血管径(45mm)に到達する時期が早いことも一因と考えられますが、幼少期のZ値の増加率が男性で高いことも関連している可能性があります。
今後の展望
マルファン症候群の大動脈の拡大は進行性であり、急性大動脈解離を発症すると生命予後や生活の質は著しく低下します。本研究では、日本人患者での主要な血管イベント時期に関する実態調査を行い、FBN1遺伝子異常を、比較的簡便な方法で早発型(HI群とDN-CD群と)遅発型(DN-nonCD群)に分類することができました。本研究は、ゲノム情報などの個々人の違いを考慮して予防や治療を行う医療(プレシジョン医療)の推進に向けた成果であり、患者・家族が一生涯に渡って急性大動脈解離や手術時期について抱く強い不安や悩みを和らげるための情報を提供するのみならず、本症の治療法開発や病態生理の解明にも繋がる研究への発展が期待されます。
一方で、同じ遺伝子異常を持つ親族間でも、動脈瘤の進展速度やその他の表現型の重症度が異なる場合がありますので、定期的に検査と指導を受けることが重要であることも補足しておきたいと思います。
発表雑誌
- 雑誌名:
- Circulation: Genomic and Precision Medicine
(オンライン版:米国東部夏時間5月30日) - 論文タイトル:
- Impact of pathogenic FBN1 variant types on the progression of aortic diseases in patients with Marfan syndrome
- 著者:
- Norifumi Takeda*, Ryo Inuzuka*, Sonoko Maemura, Hiroyuki Morita, Kan Nawata, Daishi Fujita, Yuki Taniguchi, Haruo Yamauchi, Hiroki Yagi, Masayoshi Kato, Hiroshi Nishimura, Yoichiro Hirata, Yuichi Ikeda, Hidetoshi Kumagai, Eisuke Amiya, Hironori Hara, Takayuki Fujiwara, Hiroshi Akazawa, Jun-ichi Suzuki, Yasushi Imai, Ryozo Nagai, Shinichi Takamoto, Yasunobu Hirata, Minoru Ono, Issei Komuro*
- DOI番号:
- 10.1161/CIRCGEN.117.002058
- アブストラクトURL:
- http://circgenetics.ahajournals.org/content/11/6/e002058
用語解説
- (注1)フィブリリン1遺伝子(FBN1)
- マルファン症候群の9割以上の患者の原因遺伝子であり、結合組織の主要な成分であるフィブリリン1をコードしている。その遺伝子異常は、組織脆弱性やトランスフォーミング増殖因子-β(TGF-β)の活性化を引き起こし、動脈壁ではTGF-βシグナルが活性化している。
- (注2)ハプロ不全(HI)型変異
- ナンセンス変異やフレームシフト変異などで、早期に終止コドンが出現する遺伝子型。変異アレル由来のメッセンジャーRNAは、ナンセンス変異分解機構によって分解され、蛋白質として発現していないことが予測されるため、フィブリリン1の発現量が半量程度にまで低下していると考えられる。
- (注3)ドミナントネガティブ(DN)型変異
- ミスセンス変異、インフレーム変異などで、異常なフィブリリン1蛋白として発現しているが本来の機能が喪失していると予測される変異。変異喪失型。
添付資料
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研究に関するお問い合わせ
東京大学医学部附属病院 循環器内科
助教(特任講師(病院)) 武田 憲文(たけだ のりふみ)
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東京大学医学部附属病院 パブリック・リレーションセンター (担当:渡部、小岩井)
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戦略推進部 難病研究課