肝臓由来分泌タンパク質、ヘパトカイン「LECT2」の抗ウイルス・自然免疫応答活性化作用を解明!

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2022-06-29 金沢大学,日本医療研究開発機構

金沢大学医薬保健研究域保健学系の本多政夫教授、白崎尚芳助教、医薬保健研究域医学系の篁俊成教授、金子周一名誉教授、がん進展制御研究所の松本邦夫教授らの研究グループは、肝臓由来分泌タンパク質「LECT2(※1)」がRIG-I (Retinoic acid-inducible gene-I)(※2)依存性の自然免疫応答を活性化させることによりウイルス感染から生体を防御する機能的役割を有することを明らかにしました。

ウイルスに感染した後、ウイルスを排除するための生体防御機構として活性化されるのが自然免疫です。自然免疫はパターン認識受容体(pattern recognition receptor:PRR(※3))が病原体に由来する病原関連分子パターン(pathogen-associated molecular pattern:PAMP(※4))を認識することにより活性化されます。これまでに種々のPRRが同定されていますが、その中でもRIG-Iはインフルエンザウイルス、C型肝炎ウイルス、麻疹ウイルス、ジカウイルスなどヒトに病原性を引き起こすウイルスRNAを認識することが知られており、RIG-Iの活性化機構の解明はウイルス感染における生体防御機構を理解する上で非常に重要です。また、RIG-Iの活性化とがん疾患には密接な関係があることが分かってきています。

今回、本研究グループは、LECT2が肝細胞増殖因子(HGF)のレセプターMET(※5)と結合し、METの増殖シグナルを機能的に抑制する一方で、RIG-Iを活性化させ、抗ウイルス・自然免疫応答を活性化させることを明らかにしました。これらの知見から、LECT2は免疫制御因子であり、ウイルス感染症やがん疾患に対する新規治療標的となることが期待されます。

本研究成果は、2022年6月8日5時(米国東海岸標準時間)『Nature Communications』のオンライン版に掲載されました。


本研究の概念図
LECT2はHGF受容体METのチロシン1349番目のリン酸化を選択的に抑制することで、RIG-Iのプロテアソーム分解を促進することが知られているSHP2/c-CblのMETへの結合を抑制する。LECT2は、第2のタンパク質チロシンホスファターゼであるPTP4A1のMETへの結合を促進し、PTP4A1はリガンドフリー条件下でSHP2を脱リン酸化する(図の左側)。このように、PTP4A1とSHP2はMETに対して拮抗的な作用を有し、METに結合するこれらフォスファターゼの拮抗は正常な恒常性バランスの維持に必須である。細胞にウイルスが感染すると、LECT2がMETの主要なリガンドとして働き、バランスをPTP4A1の関与に傾け、結果としてRIG-I依存性の自然免疫応答の増強をもたらす(図の中央)。一方、組織修復やがん状態では、HGFがMETの主要なリガンドとなり、自然免疫応答が抑制され、増殖シグナルが増強される(図の右側)。肝内自然免疫応答とMET依存性増殖とのクロストークの存在を明らかにした。

研究の背景

肝臓はヒト体内において最大の臓器であり肝臓で産生・分泌されるヘパトカインは肝細胞のみならず免疫担当細胞、さらに全身を巡って全身の臓器の機能に重要な役割を果たすことが示唆されます。本研究では、へパトカインであるLECT2に着目し、LECT2が肝細胞に与える作用機序を解明し、新規治療法に繋げることを目的とした研究を行いました。

RIG-Iは、ウイルスRNAを認識し、インターフェロン(IFN)産生を促す重要な自然免疫センサーです。近年、宿主のRNAがRIG-Iに結合し、その活性化を調節することが明らかとなっています。本研究グループは、これまでに、へパトカインの一つであるセレノプロテインPのmRNAがRIG-Iに結合し、自然免疫応答を負に制御することを明らかにしました(村居、本多、他、Cell Host & Microbe, 2019)。しかしながら、宿主のタンパク質がどのようにRIG-Iの活性化を調節しているかについては、十分に理解されていませんでした。そこで、本研究ではLECT2に焦点を当て、ウイルス感染時にLECT2が自然免疫応答にどのように寄与するのかを検討しました。

研究成果の概要

LECT2タンパク質を処置した細胞ではRNAウイルス感染に対するⅠ型IFNおよびIFN誘導遺伝子の発現が著しく増強することがわかりました。その結果、LECT2タンパク質を処置した細胞ではウイルスの複製が著しく抑制されることが分かりました。興味深いことにLECT2を処置した細胞ではウイルス感染によるRIG-Iの発現誘導は認められましたが、MDA5をはじめとするその他のPRRの発現誘導は認められませんでした。次に、LECT2トランスジェニックマウス(LECT2-TG)及びノックアウトマウス(LECT2-KO)を作成し、これらマウスにリンパ球性脈絡髄膜炎ウイルス(LCMV)を感染させました。LCMVはマウスに病原性をもつ典型例で、感染マウスモデルとして用いられています。LECT2-TGではLCMVの複製が顕著に減少した一方、LECT2-KOはLCMVの複製が顕著に増加することが分かりました。これらの結果から、LECT2はウイルスの排除に重要なへパトカインであることが明らかとなりました。

LECT2はHGFのレセプターであるMETに結合することが知られています。そこで、MET自体が自然免疫応答にどのような影響を与えるかを検討したところ、興味深いことにMETをノックアウトした細胞にウイルスRNAを導入すると、ウイルスRNAによるⅠ型IFNの発現が顕著に抑制されることが分かりました。さらに、METに対するアンチセンスオリゴ(Gapmer)を野生型マウスに導入した後、LCMVを感染させたところ、METの発現を抑制させたマウスはコントロールGapmerを導入したマウスと比べてLCMVの複製が顕著に増加することが分かりました。これらの結果から、MET自体も自然免疫応答に重要であることが明らかとなりました。

また、LECT2がMETに結合した際、LECT2がMETのどのリン酸化部位を制御するかを検討したところ、LECT2はMETの1349番目のチロシンリン酸化を特異的に抑制することが明らかとなりました。METの1349番目のチロシンリン酸化部位にはGab1やSHP2といったアダプター因子が結合し、下流のシグナル伝達に関与しますが、LECT2はMETの1349番目のチロシンリン酸化を阻害することにより、SHP2の活性を負に制御することが分かりました。SHP2/c-CblコンプレックスはRIG-Iのプロテアソームによる分解に関与しますが、LECT2はSHP2を不活性化させることにより、SHP2/c-CblによるRIG-Iの分解を阻止することが分かりました。さらに本研究グループは、LECT2がMETの1349番目の脱リン酸化を特異的に引き起こすためには、フォスファターゼPTP4A1(※6)が1349番目のチロシンリン酸化部位に特異的に結合することが必須であることを明らかにしました。

今後の展開

世界中での深刻な広がりと多くの人命を奪っている新型コロナウイルス感染症にみるように、ウイルス感染症の制圧には、その感染機構やウイルス感染における免疫応答の全容解明が新規抗ウイルス療法、予防法の開発に必須です。本研究では、増殖シグナルと自然免疫応答シグナルがLECT2-METを介してクロストークしているという、これまで認識されていなかった新しい概念を提唱することができました。本研究成果は、LECT2を標的とした感染症やがん疾患の新規治療戦略の構築に寄与することが期待されます。

研究支援

本研究は、日本医療研究開発機構 肝炎等克服緊急対策研究事業(肝疾患に対する新規免疫制御機構に関する研究)の支援を受けて実施されました。

掲載論文
雑誌名
Nature Communications
論文名
Leukocyte cell-derived chemotaxin 2 is an antiviral regulator acting through the proto-oncogene MET
(LECT2はがん原遺伝子METを介して作用する抗ウイルス制御因子である)
著者名
Takayoshi Shirasaki, Satoshi Yamagoe, Tetsuro Shimakami, Kazuhisa Murai, Ryu Imamura, Kiyo-Aki Ishii, Hiroaki Takayama, Yukako Matsumoto, Natsumi Tajima-Shirasaki, Naoto Nagata, Ryogo Shimizu, Souma Yamanaka, Atsushi Abe, Hitoshi Omura, Kazunori Kawaguchi, Hikari Okada, Taro Yamashita, Tomoki Yoshikawa, Kazuhiro Takimoto, Motoko Taharaguchi, Shogo Takatsuka, Yoshitsugu Miyazaki, Toshikatsu Tamai, Yamato Tanabe, Makoto Kurachi, Yasuhiko Yamamoto, Shuichi Kaneko, Kunio Matsumoto, Toshinari Takamura, Masao Honda(白崎尚芳、山越智、島上哲朗、村居和寿、今村龍、石井清朗、高山浩昭、松本優香子、田島-白崎奈津美、長田直人、清水良悟、山中颯真、阿部淳司、大村仁志、川口和紀、岡田光、山下太郎、吉河智城、滝本一広、田原口元子、高塚翔吾、宮﨑義継、玉井利克、田辺和、倉知慎、山本靖彦、金子周一、松本邦夫、篁俊成、本多政夫)
掲載日時
2022年6月8日5時(米国東海岸標準時間)にオンライン版に掲載
URL
https://doi.org/10.1038/s41467-022-30879-3
用語解説
(※1)LECT2(Leukocyte cell-derived chemotaxin 2)
好中球走化性活性を持つタンパク質として同定された。現在では、LECT2は多機能タンパク質であることが示唆されている。
(※2)RIG-I(Retinoic acid-inducible gene-I)
自然免疫系で働くタンパク質の分子であり、ウイルスが細胞内に進入した時にウイルス由来のRNAを認識し、抗ウイルス作用を示すI型インターフェロン産生の誘導を引き起こす。
(※3)PRR(pattern recognition receptor)
細菌やウイルスなどの微生物が持つ共通の分子パターンを認識する受容体であり、Toll様受容体、NOD様受容体、RIG-I様受容体、C型レクチン受容体などがある。
(※4)PAMP(pathogen-associated molecular pattern)
微生物特有(高等多細胞生物にはない)のパターン分子の総称。自然免疫を活性化する。
(※5)MET(MNNG(N-methyl-N’-nitro-N-nitrosoguanidine)-HOS(human osteogenic sarcoma cell line) transforming gene)
ヒト骨肉腫由来細胞を化学発癌物質で形質転換させた腫瘍細胞の癌遺伝子として同定された。後にHGFのレセプターであることが明らかとなった。
(※6)PTP4A1(Protein Tyrosine Phosphatase 4A1)
プレニル化タンパク質チロシンホスファターゼ(PTPs)というクラスに属し、PTPドメインと特徴的なC末端プレニル化モチーフを含んでいるタンパク質。
本件に関するお問い合わせ先

研究内容に関すること
金沢大学医薬保健研究域保健学系 教授
本多政夫(ほんだ まさお)

広報に関すること
金沢大学医薬保健系事務部保健学支援課企画総務係
大山 雅紘(おおやま まさひろ)

AMED事業に関すること
日本医療研究開発機構(AMED)
疾患基礎研究事業部 疾患基礎研究課
肝炎等克服実用化研究事業

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