援助付き雇用プログラム(個別就労支援)の忠実な再現が、良好な就労成果を予測

ad

2021-09-06 国立精神・神経医療研究センター

国立研究開発法人 国立精神・神経医療研究センター、精神保健研究所 地域・司法精神医療研究部、山口創生室長らの研究グループは、援助付き雇用プログラム(効果的な個別就労支援)を忠実に再現することが、精神障害当事者(以下、当事者)の良好な就労成果につながることを予測することを実証しました。
2006年の障害者雇用促進法の改正にともない、ハローワークにおける精神疾患の当事者の就職件数は、2006年度の7,000人から2020年度には4万人を超える程に増えました。しかし、障害者雇用促進法は20時間以上働くことを前提としているため、特に重い精神症状を抱える当事者にとって、就労は高いハードルのままであることが珍しくありません。援助付き雇用プログラムは、疾患の重症度や障害程度に関係なく、当事者の希望やニーズに基づいたサービスを提供することを支援哲学として、個々のペースに合わせた就職活動や定着支援、就職活動によって生じる新たな生活課題への支援などを提供する包括的なアウトリーチ型の個別就労支援です。
本研究は、現実の支援場面で、①援助付き雇用プログラムをより忠実に再現し、高品質のサービスを提供する機関(高再現群)と②援助付き雇用プログラムを再現しきれていない機関(低再現群)の就労およびその他の成果指標を比較しました。その結果、高再現群では、低再現群と比べ、多くの参加者が就労機会を得ており、平均就労期間が長く(図1)、平均労働収入が高い傾向にありました。本研究は、サービス利用開始時における希望(職種、給与額、就労時間、通勤時間、障害の開示)と最初に就いた職業内容がどの程度一致していたかも評価しました。その結果、高再現群の参加者は、障害の開示・非開示の希望に即した形で就労していました。他方、その他の希望の一致度については群間に差がありませんでした。同様に、本研究は、ウェルビーイングなどの主観的指標も測定しましたが、両群に差は認められませんでした。
これまで、援助付き雇用プログラムの再現性やサービスの質は、就労率など限られた成果指標のみで評価されてきました。本研究では、現実世界における援助付き雇用プログラムの再現性と様々な成果指標との予測的関連を検証していることから、国際的な新規性が高く、国内の就労支援の発展にも有用なものになると予想されます。
この研究成果は、2021年9月2日(木)米国科学誌「Administration and Policy in Mental Health and Mental Health Services Research」オンライン版に掲載されました。

(図1):援助付き雇用プログラムの再現性と就労指標の比較

(図1):援助付き雇用プログラムの再現性と就労指標の比較

背景

精神疾患の有無にかかわらず、就労は人生における重要なイベントです。援助付き雇用プログラムは、特に重い精神疾患を持つ当事者への効果的な就労支援として発展してきましたが、近年では様々な疾患・障害領域(例:脳卒中)でその効果が確認されています。援助付き雇用プログラムは、当事者の希望や好み、ニーズに基づいた個別性の高い包括的な個別就労支援です。援助付き雇用プログラムについては、これまで、日本を含む多くの国で、援助付き雇用プログラムは高い就労率や長い就労期間をもたらすことが、標準型就労支援との無作為化比較試験により明らかになっています。
現在の国際的な関心は、「如何に、現実世界で効果的な援助付き雇用プログラムを実装し、普及させるか?」に移行しています。特に近年では、フィデリティ尺度と呼ばれる支援構造のチェックリストを用いて、援助付き雇用プログラムの再現性やサービスの質を評価する、実装・普及に関する研究が増加しています。他方、これまでの研究は、援助付き雇用プログラムの再現性と就労率の比較だけに留まることが多く、現実世界における再現性と様々な成果指標との予測的関連については未解明のままとなっていました。そこで、本研究は、この課題に取り組むことを目的に、国内16機関の新規サービス利用者を対象として、2年間の追跡調査を実施しました。

(図2):希望する仕事内容と最初に就いた仕事内容との一致度の比較

(図2):希望する仕事内容と最初に就いた仕事内容との一致度の比較

※分析対象は、期間内に就労した参加者

研究内容

本研究では、援助付き雇用プログラムを実施する16事業所(就労移行支援事業所や精神科デイケアなど)において、2017年1月1日から6月30日までの間に新規にサービスを利用した精神疾患の当事者を対象としました。最終的に分析対象となった202名の参加者について、2年間の追跡調査を実施しました。また、個別型援助付き雇用フィデリティ尺度(JiSEF)を用いて、各機関の援助付き雇用プログラムの再現性を測定しました。その結果、10事業所(127名)が援助付き雇用プログラムをより忠実に再現しているグループ(高再現群, JiSEF≧91)となり、6事業所(75名)が再現性の低いグループ(低再現群, JiSEF≦90)となりました。本研究は、この2群間で、参加者の就労の有無、就労期間、労働収入参加者の職業上の希望と実際に就いた仕事の一致度などを比較しました。さらに、自記式アンケートに関する追加の同意を得られた参加者にはウェルビーイングなどの尺度も記入してもらいました。
分析の結果、低再現群と比較し、高再現群では、より多くの参加者が就労し(38.7% vs 71.7%)、より長い期間働いていました(120.1日±196.3 vs 275.3日±260.6)(図1)。また、高再現群の参加者は、2年間の労働収入も多いという結果でした(約40万円±約72万 vs 約100万±約109万)。さらに、サービス利用開始時の職業上の希望と最初に就いた仕事内容との一致度は、高再現群においては、90%以上の参加者が障害の開示・非開示の希望に即した形で就労していました。他方、他の希望に関する一致度には両群で差がありませんでした(図2)。また、ウェルビーイングなどの自記式尺度の得点も両群に差が認められませんでした。

今後の展望

支援内容の評価と指標の改善を通した効果的な就労支援の普及へ
冒頭で紹介したとおり、重い精神症状を抱える当事者にとって、就労は未だ簡単なことではないかもしれません。また、効果的な就労支援の実装や普及は大きな課題となっています。今回の研究は、当事者の障害程度に関係なく就労サービスを提供する事業所であっても、科学的に効果が実証された援助付き雇用プログラムを忠実に再現することで、多くの利用者が良好な就労成果指標を達成することを明らかにしました。一方、希望に基づく支援という文脈でいえば、援助付き雇用プログラムにも課題があることもわかりました。これらの課題を明確にできたことは、援助付き雇用プログラムのさらなる発展につながる可能性があります。
本研究の知見は、援助付き雇用プログラム以外の就労支援にも役立つかもしれません。現在の精神疾患の当事者に対する就労支援に関する制度では、障害者総合支援法の就労移行支援事業所などで就労者数の実績を評価し、報酬単価に反映する仕組みがあります。一方で、現行制度は障害程度に関係なく当事者を受け入れる事業所の体制や支援の質を評価する仕組みはありません。また、当事者の就職先が当事者自身が本当に希望したものであるかについても評価されません。公的資金で運用される制度下のサービスにおいては、特に重い疾患・障害を抱える当事者にもサービス提供されているか、サービス内容は効果的なものであるか、どのような内容で就労できたかなどを評価することは重要な視点になると思われます。その点において、本研究の知見は、就労支援サービスの評価の在り方全般や効果的な実践の普及についての議論に貢献できるものと推測されます。

研究知見の解釈上の留意点

本研究は援助付き雇用プログラムを実施している、あるいは志向している事業所を対象にした調査です。よって、その他の種別の就労支援を提供する事業所に、本研究の知見が当てはまるわけでありません。

用語解説

・ウェルビーイング
ウェルビーイングは主観的幸福感と類似する概念です。日本WHO協会は、世界保健機関の定義を翻訳し、ウェルビーイングを「病気でないとか、弱っていないということではなく、肉体的にも、精神的にも、そして社会的にも、すべてが満たされた状態にあること」としています。(https://japan-who.or.jp/about/who-what/identification-health/)」。
・フィデリティ尺度
フィデリティ尺度とは、各事業所が研究などで科学的に効果が検証された実践の組織構造やサービス供給体制をどの程度忠実に再現できているか測る尺度(チェックリスト)です。日本版の個別型援助付き雇用プログラムのフィデリティ尺度(Japanese version of Individualised Supported Employment Fidelity Scale: JiSEF)は、以前の研究で開発され、当部ホームページから無料でダウンロード可能です(https://www.ncnp.go.jp/nimh/chiiki/tool/01.html)。

原論文情報

論文名
Predictive association of low- and high-fidelity supported employment programs with multiple outcomes in a real-world setting: a prospective longitudinal multi-site study
著者
Yamaguchi S, Sato S, Shiozawa T, Matsunaga A, Ojio Y, Fujii C
掲載誌
Administration and Policy in Mental Health and Mental Health Services Research, 2021
DOI: 10.1007/s10488-021-01161-3
URL: https://doi.org/10.1007/s10488-021-01161-3

研究経費

本成果は、以下の研究助成金によって得られました。

  • H28-H30 文部科学省: 科学研究費補助金 若手研究(B)「日本版IPS/援助付き雇用フィデリティ尺度の検証とフィデリティ評価システムの構築 [16K21661]」(研究代表者:山口創生)
  • R2-R4 文部科学省: 科学研究費補助金 基盤(B)「精神障害者就労支援における当事者視点の評価とサービス品質の自己管理システムの開発 [20H01611]」(研究代表者:山口創生)
  • H29-R1 国立研究開発法人日本医療研究開発機構(AMED)「オリジナルソフトによる認知機能リハビリテーションと援助付き雇用を組み合わせた精神障害者の就労や職場定着支援の効果検証と普及方法の開発 [17dk0307074h0001]」(研究代表者:佐藤さやか)
お問い合わせ先

【研究に関するお問い合わせ】
国立研究開発法人 国立精神・神経医療研究センター
精神保健研究所 地域・司法精神医療研究部
精神保健サービス評価研究室 室長 山口創生(やまぐち そうせい)

【報道に関するお問い合わせ】
国立研究開発法人 国立精神・神経医療研究センター
総務課広報係

ad

医療・健康
ad
ad
Follow
ad
タイトルとURLをコピーしました