頭皮脳波から筋収縮の調整を反映する成分を同定~標的領域定位的な神経興奮性推定を目指して~

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20201-01-07 慶應義塾大学,日本医療研究開発機構

概要

慶應義塾大学理工学部生命情報学科の牛場潤一准教授、慶應義塾大学大学大学院の岩間清太朗(後期博士課程1年)らの研究グループは以下の研究を行い、片手運動中の頭皮脳波データからその運動内容を推定する脳情報の推定技術を確立しました。

健常成人を対象に、右手運動課題を実行している際の頭皮脳波を全頭129電極から計測しました。具体的には、安静および手を開く、握る、力むといった3種類の運動(それぞれ伸展、屈曲、共収縮;図1)を実験参加者におこなっていただき、機械学習アルゴリズムにより構築したモデル(デコーダ)を用いて頭皮脳波から実行中の運動を推定しました(図2)。さらに、デコーダが推定に重要とした頭皮脳波の特徴量を探索する解析から、片手運動に関連する脳波成分を同定しました。


図1 右手指の筋収縮パタン図2 デコーディング精度の評価結果

まず実験協力者が安静状態か運動中かを識別するデコーダにおいて重要な成分を可視化すると、手の反対側に位置する左半球の体性感覚運動野近傍の頭皮脳波の情報が貢献することが分かりました(図3A)。一方、右手の筋収縮パタンを推定するデコーダにおいては、手と同じ側に位置する右半球体性感覚運動野近傍の貢献が認められました(図3B)。


図3 特徴量の重要度マップ

ヒトの上肢運動は主に身体の反対側に位置する運動野によって支配されていると考えられていますが、本研究は運動の調整には身体と同じ側の半球に位置する体性感覚運動野も筋収縮パタンの調整において貢献していることを示唆しました。このように複数の電極から計測した頭皮脳波をデコーダによって効率的に集約することで、標的筋を支配する神経の興奮性を定位的に検出する技術が確立しました。本研究の知見はBrain-Machine Interface(BMI)技術や神経リハビリテーションの発展に寄与することが期待できます。

本研究成果は、2020年8月14日、学術科学雑誌『NeuroImage』掲載に先立ちオンライン公開されました。

研究の背景

ヒトは筋肉を適切に収縮、弛緩させることで所望の動作を実現しています。しかし、脳卒中や脊髄損傷などにより、筋出力を調整する神経機構が損傷すると、後遺症として麻痺が生じます。近年、脳卒中後の上肢片麻痺を治療するリハビリテーションのひとつとして、BMIを用いたニューロリハビリテーション(注1)が提案されています。脳活動信号から運動の意図を推定するためにBMIに組み込まれた計算モデルをデコーダとよびます。こうしたデコーダは、機械学習アルゴリズムなどをもとに、脳活動と脳情報の対応関係が既知のデータを用いて構築します。リハビリテーションのためのBMIにおいては、運動出力や感覚処理を担う脳領域である、体性感覚運動野(SM1)の活動を反映する感覚運動リズムをもとにデコーダが運動の意図を推定します。しかしながら、こうしたデコーダを構築する際、頭皮脳波の空間分解能が限定的であるため、多くの場合は運動意図の有無を推定するにとどまり、運動の内容は推定の対象にされませんでした。そこで本研究では、標的選択的なBMIリハビリテーションの実現を目指し、全頭129電極から得られる高密度頭皮脳波データを用いて一側上肢運動課題の推定を実施しました。

研究の成果

本研究では、運動の有無を推定するデコーダ1と、デコーダ1が運動状態と推定した際に、その運動パタンを推定するデコーダ2の二つを連続して使う二段階デコーダを構築しました。また、デコーダに与える頭皮脳波データについて二種の条件を検討しました。全頭に配置した多数の電極のデータを与える条件A、従来型BMIリハビリテーションと相同な、左半球SM1の直上のデータのみを与える条件Bの二条件についてデコーダの推定精度を評価しました。特徴量は、感覚運動リズムに相当する8~30Hzを5つに区分した周波数帯1~5の信号強度としました。

条件Aではチャンスレベルをおよそ2倍程度超える精度で安静および手指の運動パタンを推定できたのに対し、条件Bでは運動の有無については一定程度推定できたものの、その詳細な推定はチャンスレベル程度にとどまりました(図2A)。このことは、従来の電極配置でのデータに比べ、全頭の脳波データを処理することで、運動に関する脳情報が効果的に推定できることを示しました(図2B)。

それでは、こうした脳情報の推定に貢献した成分は配置した複数の電極のうち、どこに由来するのでしょうか。訓練済のデコーダを解析することにより、特徴量の重要度を算出しました。今回デコーダ構築に用いた機械学習アルゴリズムはランダムフォレスト(注2)アルゴリズムという、複数の決定木(注3)のアンサンブルによってモデルを組み立てるものでした。それぞれの決定木において、ある特徴量をランダム化した際に生じる推定精度の低下率からその重要度を定量しました。

デコーダ1において重要度が高い特徴量をもつ領域を描出すると、手の反対側に位置する左半球の体性感覚運動野近傍の頭皮脳波の情報が貢献することが分かりました(図3A)。一方、右手の筋収縮パタンを推定するデコーダ2においては、手と同じ側に位置する右半球体性感覚運動野近傍の貢献が認められました(図3B)。以上の結果は、ヒトの上肢運動は主に身体の反対側に位置する運動野によって支配されていると考えられていますが、本研究は運動の調整には身体と同じ側の半球に位置する体性感覚運動野も筋収縮パタンの調整に貢献していることを示唆しました。

研究の意義と今後の展開

本研究は、頭皮脳波だけから手指の運動パタンを推定することが可能かどうかを検証するため、健常者を対象として実験を実施しました。健常者では随意的に筋を力ませたり、力を抜いて安静にするための運動調整機構が正常に働きますが、脳卒中の患者さんの多くは身体がこわばり、筋に不随意的な緊張が生じる痙性麻痺や連合反応といった症状を呈します。未だこうした神経原性の運動障害の多くには直接的な解決策がなく、自然回復量も限定的です。今後、再獲得の標的とする運動タイプに定位的なBMIリハビリテーションが実現することで、こうした難治性の神経原性疾患に対する治療技術の創発が期待されます。

特記事項

本研究は日本医療研究開発機構(AMED)戦略的国際脳科学研究推進プログラムの「ステレオタキシック神経可塑性誘導技術の開発」課題20dm0307022h0003(代表牛場潤一)の支援を受けています。

論文
論文タイトル
Scalp electroencephalograms over ipsilateral sensorimotor cortex reflect contraction patterns of unilateral finger muscles
著者名
Seitaro Iwama, Shohei Tsuchimoto, Masaaki Hayashi, Nobuaki Mizuguchi, Junichi Ushiba
掲載誌
NeuroImage 222, 117249, 2020.
DOI
10.1016/j.neuroimage.2020.117249
用語解説
(注1)BMIニューロリハビリテーション
脳活動を計測する脳波計、計測した脳活動信号を分析するデコーダ、および分析結果に応じて動作するロボティクスの構成要素から成るBMIを用いた上肢片麻痺に対する治療法を指します。
脳卒中によって低下した傷害半球の体性感覚運動野で興奮性が認められた際にロボティクスが駆動するBMIを繰り返し使用してもらい、その興奮性の随意制御を訓練します。
(注2)ランダムフォレスト
複数のモデルから得る結果を統合して一つの結果を出力するアンサンブル学習を決定木に適用したモデルです。異なる学習データで構築した決定木を組み合わせて出力することから汎化性能(未知のデータに対する精度)が向上すると考えられています。
(注3)決定木
与えられたデータを分類、もしくは回帰する機械学習モデルのひとつです。決定木を学習させる際には、出力結果が既知の学習データがもっともよく分離されるように特徴量と閾値を逐次決定し、木構造を生成します。
お問い合わせ先

研究について
慶應義塾大学 理工学部生命情報学科 准教授 牛場潤一

AMED事業について
日本医療研究開発機構
疾患基礎研究事業部 疾患基礎研究課
戦略的国際脳科学研究推進プログラム

医療・健康
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