2021-02-04 国立遺伝学研究所
1,6-hexanediol rapidly immobilizes and condenses chromatin in living human cells
Yuji Itoh, Shiori Iida, Sachiko Tamura, Ryosuke Nagashima, Kentaro Shiraki, Tatsuhiko Goto, Kayo Hibino, Satoru Ide and Kazuhiro Maeshima
Life Science Alliance 4, e202001005 (2021) DOI:10.26508/lsa.202001005
液―液相分離によって細胞内で形成される液滴は、膜の無い構造体であり、ある分子の濃度を高め、細胞の機能を時間的・空間的に制御するために重要です。脂肪族アルコールの一つである、1,6-ヘキサンジオール (1,6-HD) は、液滴の形成に必要な、弱い疎水性のタンパク質―タンパク質相互作用、及びタンパク質―RNA相互作用を阻害するため、液滴を溶かす作用があります。このため、細胞質や核内の構造体形成の過程を調べるために盛んに使われてきました。しかし、生きた細胞の中で、1,6-HD がクロマチンにどのような影響を与えるかは、不明でした。
情報・システム研究機構 国立遺伝学研究所・伊藤優志 日本学術振興会特別研究員(元遺伝研博士研究員)、飯田史織 総研大生、田村佐知子 テクニカルスタッフ、井手聖 助教、前島一博 教授らのグループは、生細胞内の単一ヌクレオソームイメージングを用い、1,6-HDがヒト細胞内のクロマチンの動きを著しく抑制し、クロマチンを凝縮させることを発見しました。その効果は、1,6-HDの濃度が高いほど強く、5%以上の濃度では不可逆的になりました。このクロマチンの凝縮は、1,6-HDが液滴を可溶化する作用とは異なるメカニズムによって引き起こされていました。1,6-HDのようなアルコールは、クロマチンの周りの水分子を取り除き、局所的にクロマチンを凝縮させると考えられます。これらの結果は、クロマチンが関わる液滴に対して用いた場合、得られた結果を注意深く解釈・考察する必要があることを示しています。
本研究は、国立遺伝学研究所・ゲノムダイナミクス研究室の伊藤優志 日本学術振興会特別研究員、飯田史織 総研大生、田村佐知子 テクニカルスタッフ、井手聖 助教、日比野佳代 助教、永島崚甫 元総研大生、前島一博 教授、筑波大学 白木賢太郎 教授、帯広畜産大学生 後藤達彦 助教との共同研究成果です。日本学術振興会 (JSPS) 及び文部科学省科研費 (19K23735, 20J00572, 18K06187, 19H05273, 20H05936)、科学技術振興機構 (JST) 戦略的創造研究推進事業 (CREST) (JPMJCR15G2)、武田科学振興財団、上原記念生命科学財団、国立遺伝学研究所博士研究員、JSPS特別研究員(PD)の支援を受けました。
図:1,6-HDによるクロマチンの動きの抑制効果とクロマチン凝縮作用の模式図
(A) 生細胞のヌクレオソームの動きは1,6-HDによって濃度依存的に抑制される。単一ヌクレオソーム測定データを平均二乗変位MSDとして表した。(B)(左) クロマチンは静電相互作用で多くの水分子と会合している。(右) 1,6-HDのようなアルコールは、クロマチンの周囲の水分子を取り除くと思われ、クロマチンの周りの環境はより疎水的になる。この環境の変化が、クロマチンの凝縮を促進する。この模式図は単純化されたものであり、分子の大きさの比率は正確でない。また、1,6-HDが分子レベルでどのようにクロマチンに作用するか、分かっていない。