ジャガイモの毒α-ソラニンはトマトの苦味成分から分岐進化した

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2021-02-26 神戸大学

神戸大学大学院農学研究科の水谷正治准教授、秋山遼太研究員らと、京都大学化学研究所の渡辺文太助教、理化学研究所環境資源科学研究センターの梅基直行上級研究員、大阪大学大学院工学研究科の村中俊哉教授らの研究グループは、ジャガイモの芽などに含まれる有毒成分であるα-ソラニンが、トマトのα-トマチンに代表される苦味成分から分岐したことを解明しました。

今後、本研究の成果をもとに、ジャガイモの毒性成分の合成能をコントロールした育種が可能となることが期待されます。

この研究成果は、2月26日に、国際学術雑誌「Nature Communications」に掲載されました。

ポイント

  • ジャガイモのα-ソラニンは有毒なステロイドグリコアルカロイド(SGA)※1 である。
  • トマトのα-トマチンは未熟果実に蓄積する苦味を呈するSGAである。
  • SGAの化学構造はソラニダン※2(α-ソラニン)とスピロソラン※3(α-トマチン)に大別される。
  • ジャガイモの毒α-ソラニンはスピロソランから生合成されることを明らかにした。
  • その代謝変換の鍵となる酸化酵素DPS※4 を発見した。
  • ジャガイモのα-ソラニン生合成経路は、DPSの進化によりスピロソラン生合成経路から分岐進化したことを明らかにした。

研究の背景

ジャガイモは有毒なステロイドグリコアルカロイド(SGA)の一種であるa-ソラニンを塊茎※5 の緑化した皮や新芽に蓄積しています。SGAはジャガイモだけでなく、トマトやナスなどのナス属作物に含まれるアルカロイドで、幅広い生物に対して毒性を示すため天然の防御物質として機能しています。ジャガイモのSGAは低濃度では“えぐみ”などの嫌な味の原因となり、多量に摂取すると食中毒を引き起こします。ジャガイモの育種において、SGA含量を低く抑えることは重要かつ不可欠な課題です。そのため、これまでにジャガイモのSGA蓄積量をコントロールすることを目的とした生合成研究が行われてきました。

図1 トマトとジャガイモに含まれるSGAの構造

SGAは化合物の骨格構造からソラニダンとスピロソランの2つに大別されます(図1)。代表的なソラニダンはジャガイモの毒α-ソラニンであり、一方、代表的なスピロソランはトマトの未熟果実中に蓄積するα-トマチンです。これらのSGAはいずれもコレステロールから生合成されることが知られています。これまでにSGA生合成に関わる複数の代謝酵素が明らかにされていますが、いずれもジャガイモとトマトで共通する酵素遺伝子であり、ジャガイモのα-ソラニンとトマトのα-トマチンがどのように作り分けられているのか全く不明でした。

本研究ではジャガイモの毒α-ソラニンがスピロソランから生合成されることを明らかにし、その変換の鍵となる酸化酵素DPSを世界に先駆けて発見しました。

研究の内容

ジャガイモは有毒ソラニダンであるα-ソラニンとα-チャコニンを蓄積します。本研究グループでは、ジャガイモにおけるα-ソラニン生合成経路について調べました。生合成酵素遺伝子をゲノム編集により破壊してα-ソラニンを作らなくしたジャガイモにトマトのスピロソランであるα-トマチンを投与した結果、α-トマチンはソラニダンへ代謝変換されました。さらに、2-オキソグルタル酸依存性ジオキシゲナーゼ※6 の阻害剤処理によりこの代謝変換は阻害されたことから、ジオキシゲナーゼによる酸化反応によりスピロソランからソラニダンが合成されることを見出しました。

そこで、ジャガイモにおいてα-ソラニン合成と同調して発現する2-オキソグルタル酸依存性ジオキシゲナーゼ遺伝子「DPS」を選抜しました。次に、RNA干渉法 ※7 でDPS遺伝子の発現を抑制した組換え植物体を作出したところ、非組換え体ジャガイモよりもソラニダン含量が極めて低く、かわりにスピロソランを蓄積していることがわかりました。また、大腸菌を用いた異種タンパク質発現系を用いてDPSの酵素活性を測定した結果、DPSはスピロソランをソラニダンへと変換するユニークな触媒活性を有することが明らかとなりました(図2)。以上のことから、DPSがスピロソランをソラニダンに変換する鍵酵素であることが証明されました。

図2 コレステロールからソラニダンに至る生合成の概略図

本研究により【図中の赤色矢印】で示す反応を触媒する酵素であるDPSが発見された。

本研究から、ジャガイモが有する毒性成分α-ソラニンを作る能力は、トマトのα-トマチンに代表されるスピロソランをソラニダンへ代謝変換するDPSが進化したことにより生じたことが明らかとなりました。このようなスピロソランを代謝する酵素はトマトでも知られています。トマト未熟果実中の苦味成分α-トマチンは果実の登熟にともない無味無毒なエスクレオシドAへと代謝変換されますが、この代謝反応は同様のジオキシゲナーゼである23DOX※8 が触媒します。染色体上の位置関係および進化系統解析の結果から、α-ソラニン生成酵素であるDPSとトマトのα-トマチン無毒化代謝酵である23DOXは同一の祖先遺伝子から進化して発生したことが示されました。つまり、スピロソランを代謝するジオキシゲナーゼ遺伝子の進化がSGAの構造と生理活性の多様性を生み出す原動力の一つであると考えられます。

図3 トマトとジャガイモにおけるスピロソラン代謝反応

今後の展開

ジャガイモの毒性成分α-ソラニンの高蓄積は食中毒を引き起こします。つまり、ジャガイモは潜在的に危険な食品であると言えます。本研究の成果をもとに、将来、DPS遺伝子を標的として毒性成分の合成能をコントロールしたジャガイモの育種が可能となると期待できます。

また、本研究により得られたSGA構造多様性の進化的起源を手掛かりに、まだ見ぬ多様な生理活性を担っているSGA合成酵素を解明することで、様々なストレス環境に適応するポテンシャルを発揮できるよう植物を分子育種する道が開かれます。

用語解説
※1 ステロイドグリコアルカロイド(SGA)
ステロイド骨格に窒素原子を含むアルカロイドであり、ステロイドの3位水酸基にオリゴ糖が結合した有毒アルカロイド配糖体。ナス属植物が生成蓄積する二次代謝産物であり、ジャガイモではα-ソラニンとα-チャコニンがSGAとして知られ、ジャガイモ食中毒の原因物質とされている。英語 Steroidal Glycoalkaloid の略がSGA。
※2 ソラニダン
ステロイドアルカロイドのうち、ジャガイモのα-ソラニンに代表されるSGA化合物のステロイド骨格の総称。
※3 スピロソラン
ステロイドアルカロイドのうち、トマトのα-トマチンに代表されるSGA化合物のステロイド骨格の総称。
※4 DPS
ジャガイモのα-ソラニンの生合成の鍵酵素であり、スピロソランを16位水酸化してソラニダンへの代謝変換を触媒する酵素。英語 Dioxygenase for Potato Solanidane synthesis の略がDPS。
※5 塊茎
地下茎の一部が養分を蓄積して「いも」状に肥大化した組織。ジャガイモやコンニャクイモなど食用になるものが多くある。
※6 2-オキソグルタル酸依存性ジオキシゲナーゼ
2-オキソグルタル酸(α-ケトグルタル酸)と分子状酸素(O2)を利用して基質を水酸化する酸素添加酵素であり、二価鉄を含む水溶性のジオキシゲナーゼスーパーファミリー酵素。
※7 RNA干渉法
RNA干渉(英語:RNA interference)とは、ある遺伝子のmRNAに対して相補的な配列をもつ一本鎖RNA(アンチセンス鎖)と逆鎖である一本鎖RNA(センス鎖)からなる二本鎖RNAによってその遺伝子の発現が抑制される現象であり、この原理を利用して標的遺伝子の発現を抑制する実験手法。
※8 23DOX
スピロソランの23位を水酸化する酵素であり、2-オキソグルタル酸依存性ジオキシゲナーゼスーパーファミリーに属する酵素。トマトの苦味成分であるα-トマチンの23位水酸化を触媒する。
謝辞

本研究の一部は、JSPS科研費・特別研究員奨励費JP19J10750「ナス科植物ステロイドグリコアルカロイドの化学進化」(秋山遼太)、農林水産省の研究推進事業「ゲノム編集技術を活用した農作物品種・育種素材の開発」、SIP(戦略的イノベーション創造プログラム)「次世代農林水産業創造技術」などの支援を受けて実施されました。

論文情報
タイトル
The biosynthetic pathway of potato solanidanes diverged from that of spirosolanes due to evolution of a dioxygenase
DOI:10.1038/s41467-021-21546-0
著者
Ryota Akiyama1, Bunta Watanabe2, Masaru Nakayasu1†, Hyoung Jae Lee1, Junpei Kato1, Naoyuki Umemoto3, Toshiya Muranaka4, Kazuki Saito3,5, Yukihiro Sugimoto1, Masaharu Mizutani1
1 神戸大学大学院農学研究科
2 京都大学化学研究所
3 理化学研究所(RIKEN)
4 大阪大学大学院工学研究科生物工学専攻
5 千葉大学大学院薬学研究院
現: 京都大学生存圏研究所
掲載誌
Nature Communications
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