2021-06-22 生理学研究所
内容
脳の深部にある大脳基底核は、身体の運動コントロールに重要な役割を果たしています。大脳基底核に異常が起こると、パーキンソン病などの神経難病を発症することから、大脳基底核の運動に関わる神経メカニズムの詳細を明らかにすることは、重要ですが、大脳基底核の詳細な役割については分かっていませんでした。
今回、自然科学研究機構 生理学研究所の纐纈大輔研究員、知見聡美助教、南部篤教授と、東京大学の久恒辰博准教授と、京都大学の宮地重弘准教授らの共同研究グループは、光を応用した特殊な技術を使って、大脳基底核内の“ハイパー直接路”だけを除去し、ハイパー直接路が適切な運動コントロールに重要であることを明らかにしました。本研究成果は、Journal of Neuroscience誌(紙面版:2021年6月23日号掲載)に掲載されます。
大脳基底核は脳の内部にある部位で、身体の運動のコントロールや運動学習に関わっていることが知られています(図1参照)。この大脳基底核の機能が異常になると、パーキンソン病などに見られる運動障害(手足のふるえ、運動が緩慢になる、歩行障害など)が発症します。我々の研究室はこれまで大脳基底核の機能について研究を続けており、運動コントロールに関わる仕組みを明らかにして、パーキンソン病などの運動障害が発症するメカニズムを理解し、さらにその治療法の開発に繋がる知見を得てきました。
大脳基底核内には①“ハイパー直接路” ②“直接路” ③“間接路”の3つの神経ネットワークがあり(図1参照)、運動皮質から出力された運動に関わる情報は、これら3つの経路に分かれて処理され、最終的に大脳基底核の出力部位である黒質網様部に伝わり、そこから処理された運動情報が運動皮質に戻ります。
しかし、それぞれの経路がどのような運動情報の処理を行っているのかは明らかになっていません。そこで今回の研究では、マウスの運動皮質から視床下核に繋がる神経細胞を選択的に破壊することで、ハイパー直接路の神経連絡だけを除去し、マウスにどのような変化が起こるのか調べました。
研究グループは、光を応用して特定の神経細胞を選択的に破壊する技術(注)を利用し、ハイパー直接路を選択的に除去することに成功しました。その結果、大脳基底核内の情報伝達に異常が見られました。正常なマウスでは運動皮質を電気刺激して、黒質網様部の神経細胞活動を記録すると、早い興奮-抑制-遅い興奮、と続く三相性の反応が見られます(図2Aの上グラフ)。しかし、ハイパー直接路を選択的に除去すると、早い興奮反応だけが消失していました(図2Aの下グラフ)。これはハイパー直接路が早い興奮性の運動信号を黒質網様部に伝達していることを示しています。黒質網様部は運動皮質の活動を抑える働きがあることから、ハイパー直接路からの情報を除去すると、運動皮質の活動を抑えられなくなり、マウスの運動量が上昇すると予測されます。
そこで実際に、マウスの行動の変化を調べたところ、ハイパー直接路の選択的除去後に、マウスの運動量が上昇していることが分かりました(図2B)。 この結果はハイパー直接路が運動の抑制に関わっていることを示しています。
ハイパー直接路は大脳基底核内で早いタイミングで起こる興奮性の運動信号を伝達すること、さらに黒質網様部は運動皮質の活動を抑える働きがあることから、ハイパー直接路は運動の実行前に不必要な運動皮質の活動を抑える役割があるということが示唆されます。このハイパー直接路の働きによって必要な運動情報が間違いなく脳幹や脊髄などに伝達することができると考えられます。
南部教授は、「今回の研究で、これまで不明であったハイパー直接路の機能について知ることができました。さらに大脳基底核の各経路の機能を調べ、パーキンソン病などの神経難病が症状を示すメカニズムや治療法の開発につなげて行きたい」と話しています。
本研究は文部科学省科学研究費補助金(新学術研究領域「オシロロジー」、基盤研究A、C)、CREST、武田財団の補助を受けて行われました。
今回の発見
- 運動皮質から視床下核に繋がる神経ネットワークを除去すると、大脳基底核内の情報のうち、早いタイミングの興奮性の運動信号が消失しました。
- 運動皮質から視床下核に繋がる神経ネットワークを除去すると、マウスの運動量が上昇しました。
用語説明
注) 光線力学法:極小の(直径50 nm)蛍光ビーズにクロリンという物質を結合させたものを脳内に微量注入すると、この蛍光ビーズは神経細胞の末端から細胞内に取り込まれ、細胞内を移動し、神経細胞の細胞体まで運ばれます。その後、この脳領域に近赤外光を照射すると、クロリン分子が活性化して、一重項酸素という細胞毒性を持つ物質が作られ、細胞死を引き起こします。このようにして、特定の神経情報経路だけを選択的に除去することができます。
図1 大脳基底核の神経ネットワークのうちハイパー直接路を示す
(A)大脳基底核の神経ネットワーク図。
大脳基底核内では、
①“ハイパー直接路” (運動皮質→視床下核→黒質網様部)
②“直接路” (運動皮質→線条体→黒質網様部)
③“間接路” (運動皮質→線条体→淡蒼球外節→視床下核→黒質網様部)
の3つの神経連絡路に分かれて、運動皮質からの運動情報を大脳基底核の出力部位である黒質網様部に伝えています。今回の研究では①ハイパー直接路の選択的除去に成功し、ハイパー直接路の運動コントロールに関わる機能について明らかにしました。
(B)マウスの脳の断面図(脳を前から見た図)。大脳基底核内の部位である、線条体と視床下核の部位を示しています。
図2 ハイパー直接路を除去した後の神経活動と行動変化
(A)運動皮質を電気刺激すると、正常個体では黒質網様部に興奮-抑制-興奮の三相性の反応が見られます(上のブラフ)。ハイパー直接路のみを除去すると、早い興奮反応が消失しました(下のグラフ)。
(B)ハイパー直接路を除去すると、1週間後からコントロール・マウス(正常なマウス)と比べて運動量が上昇しました。
この研究の社会的意義
今回の研究では光を応用した技術を使って、大脳基底核内の1つの神経ネットワークであるハイパー直接路の働きを明らかにしました。この研究をさらに進め、大脳基底核の神経ネットワークが果たす運動コントロールの仕組みの詳細が明らかになれば、パーキンソン病などの運動障害を引き起こす病気に対する効果的な治療方法の確立に繋がると期待されます。実際、ハイパー直接路を除去すると運動を亢進する方向に働くことから、パーキンソン病の治療に役立つ可能性があります。
論文情報
“Elimination of the cortico-subthalamic hyperdirect pathway induces motor hyperactivity in mice”
Daisuke Koketsu, Satomi Chiken, Tatsuhiro Hisatsune, Shigehiro Miyachi & Atsushi Nambu
Journal of Neuroscience. 2021年6月23日号掲載予定(紙面版)
※オンライン版は掲載済
お問い合わせ先
<研究について>
自然科学研究機構 生理学研究所 生体システム部門
研究員 纐纈 大輔 (コウケツ ダイスケ)
教授 南部 篤 (ナンブ アツシ)
<広報に関すること>
自然科学研究機構 生理学研究所 研究力強化戦略室