単独で鉄を酸化も還元もできる微生物の発見~微生物による鉄代謝の新たな一面~

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2021-09-02 理化学研究所

理化学研究所(理研)バイオリソース研究センター微生物材料開発室の加藤真悟開発研究員と大熊盛也室長の研究チームは、地球表層環境の大部分を占める中性pH条件下において、単独で鉄(Fe)を酸化も還元もできる微生物を発見しました。

本研究成果は、微生物の鉄代謝機能に対するこれまでの常識を覆すものであり、自然界の元素循環における微生物の役割の理解への貢献だけでなく、微生物を用いた環境浄化や資源回収への応用利用も期待できます。

地球表層環境の鉄の酸化還元サイクルは、主に微生物によって駆動されています。これまでに報告されている単独で鉄を酸化も還元もできる微生物は、pHの低い酸性条件で生育する好酸性の種に限られていました。

今回、研究チームは、国内の湿地帯の泥の中から、新種レベルで新しい微生物MIZ03株を分離培養することに成功しました。培養実験の結果、本株は中性pHかつ微好気条件下において、二価鉄Fe(II)をエネルギー源として酸化して増殖できることが分かりました。さらに、嫌気条件下において、三価鉄Fe(III)を還元しながら増殖できることも分かりました。

本研究は、米国の科学雑誌『Microbiology Spectrum』のオンライン版(8月25日付)に掲載されました。

単独で鉄を酸化も還元もできる微生物の発見~微生物による鉄代謝の新たな一面~

緑色の蛍光試薬で染めたMIZ03株細胞の顕微鏡観察像(スケールバー、10um)

背景

人類が快適に生活する上で、鉄(Fe)は重要な材料であり、また、ほぼ全ての地球上生物が生命活動を営む上で、鉄は生体反応に必須の因子です。

地球表層環境において、鉄は主に二価「Fe(II)」と三価「Fe(III)」の状態で存在し、酸化還元反応を繰り返しながら環境中を巡っています。鉄の酸化還元サイクルと、それに伴う溶解・沈殿・吸着・共沈・脱離反応は、鉄以外のさまざまな元素(例えば、硫黄やリン、ヒ素、レアメタルを含む重金属)の挙動にも影響するため、生物地球化学や鉱物資源学、さらには生態学といったさまざまな研究分野において重要な研究対象となっています。

地球表層環境の鉄の酸化還元サイクルは、主に微生物によって駆動されています。これまでに、多様な鉄酸化微生物および鉄還元微生物が報告されていますが、単独で鉄を酸化も還元もできる微生物は、pHの低い酸性条件で生育する好酸性の種に限られていました。地球表層環境の大部分を占める中性pH条件下で鉄を酸化も還元もできる微生物が生息していても不思議ではありませんが、その存在は実証されていませんでした。

研究手法と成果

研究チームはまず、どのような鉄酸化微生物が自然環境中に生息しているのかを調べるために、茨城県つくば市の湿地帯で見つけた「鉄マット」と呼ばれる酸化鉄沈殿物(18℃、pH 6.5)を採取して(図1左)、培養実験を行いました。鉄マットは、湿地帯のほかにも、田んぼや下水口、湧水域などで見つけることができ、鉄酸化微生物の活動によって形成されることが知られています。

鉄酸化微生物を標的にした培養実験の結果、いくつかの試験管において、微生物の増殖を確認しました(図1右)。それらの培養物をDNA解析したところ、既知の鉄酸化微生物に加えて、これまで鉄酸化をするとは予想されていなかった系統の微生物の増殖が見られました。研究チームはこの予想外の鉄酸化微生物を「MIZ03株」と呼び、生理性状やゲノムなどをさらに詳しく調べました。

鉄マット(左)と鉄酸化微生物の培養(右)の様子の図

図1 鉄マット(左)と鉄酸化微生物の培養(右)の様子

(左)湿地帯で見つかった鉄マット(オレンジ色の酸化鉄沈殿物)。

(右)鉄マットを植菌源として、鉄酸化微生物用の培養を行った後の試験管。オレンジ色の層状に見える部分が酸化鉄沈殿物で、この部分で鉄酸化微生物が増殖している。本研究ではMIZ03株について詳しく調べた。


まず、MIZ03株の全ゲノム配列を解読し、その配列を基にして系統解析を行ったところ、MIZ03株はRhodoferax属に属する新種レベルで新しい微生物であることが判明しました。これは、本属においては初めての鉄酸化微生物の報告です。また、MIZ03株は(微)好気条件下において、鉄のほかにも、水素やチオ硫酸を酸化してエネルギーを獲得し、炭素固定をして独立栄養的に増殖できることも明らかになりました(図2左)。一方で、Rhodoferax属にはR. ferrireducensという鉄還元微生物が含まれることが知られていました。そこで、MIZ03株の鉄還元能を調べたところ、MIZ03株は嫌気条件下において、溶存Fe(III)に加え、フェリハイドライドという不溶性Fe(III)鉱物も還元できることが分かりました(図2右)。以上の培養実験により、MIZ03株は、中性pH条件下において、単独で鉄を酸化も還元もできる微生物であることが示されました。

鉄の酸化(左)と還元(右)によるMIZ03株の増殖の図

図2 鉄の酸化(左)と還元(右)によるMIZ03株の増殖

(左)1%酸素(O2)もしくは大気下で、MIZ03株が鉄(Fe2+)、水素(H2)、もしくはチオ硫酸(S2O32-)をエネルギー源として酸化して増殖していることを示す。

(右)嫌気条件下で、MIZ03株が有機物をエネルギー源として、Fe(III)鉱物であるフェリハイドライトを還元しながら増殖していることを示す。MIZ03株がFe3+を還元することによって、培地中のFe2+濃度が上昇していることが分かる。


次に、MIZ03株がどのような機構で鉄を酸化・還元しているのかを知るために、鉄の酸化・還元に関わる遺伝子がゲノム中にあるかどうかを調べたところ、鉄酸化に関わると推定されるfoxEY遺伝子と、鉄還元に関わると推定されるmtrABC遺伝子が見つかりました(図3)。

続いて、Rhodoferax属の中で、同遺伝子を両方持ち合わせている微生物がいるのかを調べたところ、R. ferrireducensを含む既知の培養種では、どちらか片方を持っている種は確認できましたが、両方を持つ種は見つかりませんでした。しかし、培養に依存しないメタゲノム解析[1]によって解読された未培養種のゲノム中では、両方の遺伝子を持つものがいくつか確認できました(図3)。この結果は、MIZ03株のほかに、まだ培養されてない鉄酸化還元微生物が存在することを示唆しています。

MIZ03株のゲノムから推定される代謝(左)とRhodoferax属内の系統関係(右)の図

図3 MIZ03株のゲノムから推定される代謝(左)とRhodoferax属内の系統関係(右)

(左)MIZ03株のゲノムから推定した代謝経路。鉄酸化・還元に関わると推定される遺伝子(foxEY、mtrABC)のほかに、水素酸化やチオ硫酸酸化、炭素固定に関わると推定される遺伝子も見つかった。

(右)Rhodoferax属に含まれる培養種(MIZ03株およびR. ferrireducensを含む)と未培養種(名前は省略した)の系統樹。それぞれの系統についてfoxEYとmtrABCの有無を示した。


以上の培養実験とゲノム解析の結果を踏まえて、MIZ03株に対して「Rhodoferax lithotrophicus」という名前を暫定的に提唱しました。本株は、微生物リソースとして同開発室(JCM)に保存されており(JCM No. 34246)、各研究機関で利用できるように整備されています。

今後の期待

本研究により、中性pH条件下で、単独で鉄を酸化も還元もできる微生物が存在することが実証されました。この類の微生物は、鉄を電子供与体としても電子受容体としても利用できるため、この両機能性が生態学的なアドバンテージになっていると推察されます。今後さらに調査を行うことで、より多様な鉄酸化還元微生物の存在が明らかになると考えられます。

鉄酸化微生物および鉄還元微生物は、難分解性有害汚染物質の分解、有害重金属の除去、レアメタルの回収、微生物燃料電池、バイオリーチングなど、さまざまな応用分野において、その利用価値が注目されており、実用化に向けた研究も進められています。MIZ03株は培養が容易で、一般の研究者も利用可能なリソースとして同開発室で整備済みであるため、鉄を酸化も還元もできる微生物のモデルとして、これらの応用研究への展開が期待できます。

補足説明

1.メタゲノム解析
環境試料から直接DNAを抽出し、その塩基配列をまるごと決定する手法。決定した塩基配列をコンピューター計算により連結し、もともとその環境に存在していた微生物のゲノムを再構築することが可能である。再構築したゲノムを調べることで、「培養をしなくても」その微生物の系統や代謝機能を推定できる。

研究支援

本研究は、日本学術振興会(JSPS)科学研究費補助金新学術領域研究(研究領域提案型)「超地球生命体を解き明かすポストコッホ生態学(領域代表者:高谷直樹)」、「ポストコッホ微生物資源の基盤整備(研究代表者:大熊盛也)」、および同基盤研究(B)「ナノ地球微生物学:酸化鉄ナノ鉱物の生成・溶解を駆動する微生物から紐解く元素循環(研究代表者:加藤真悟)」による助成を受けて行われました。

原論文情報

Shingo Kato, Moriya Ohkuma, “A Single Bacterium Capable of Oxidation and Reduction of Iron at Circumneutral pH”, Microbiology Spectrum, 10.1128/Spectrum.00161-21

発表者

理化学研究所
バイオリソース研究センター 微生物材料開発室
開発研究員 加藤 真悟(かとう しんご)
室長 大熊 盛也(おおくま もりや)

報道担当

理化学研究所 広報室 報道担当

生物工学一般
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