新型コロナウイルス変異株・ミュー株に対するmRNAワクチンの有効性

ad

2022-05-18 東京大学医科学研究所

発表のポイント

  • 新型コロナウイルス変異株のミュー株は、オミクロン株が出現する前は、変異株の中で従来株から抗原性が最も変化した株であった。
  • mRNAワクチン(ファイザー社もしくはモデルナ社)被接種者あるいは従来株感染から回復したハムスターの血清のミュー株に対する中和活性(注1)は、従来株に対する活性よりも低かった。
  • 従来株感染から回復したハムスターはミュー株の再感染に対する抵抗性が高いことがわかった。オミクロン株の次に、どの程度、抗原性が変化したウイルスが出現するか不明であるが、今回の成績は、従来株感染によって得られた免疫が、ミュー株程度の抗原性が異なる変異株の再感染に対しては有効であることを示唆している。
 発表概要

WHO(世界保健機関)は、2021年1月に南米コロンビアで検出された新型コロナウイルス変異株のミュー株(B.1.621系統;注1)を同年8月に「注目すべき変異株(Variant of Interest;VOI)」(注2)に指定しました。このミュー株は、同年春から夏にかけて、コロンビアを中心に南米諸国で大きな流行を引き起こしました。
ミュー株は、オミクロン株が出現する前は、変異株の中で従来株から抗原性が最も変化した株でした。

東京大学医科学研究所ウイルス感染部門の河岡義裕特任教授らの研究グループは今回、ミュー変異株に対する現行mRNAワクチンの有効性と、同変異株に対する再感染のリスクを調べました。その結果、mRNAワクチン被接種者の血清のミュー株に対する中和抗体価は、従来株に対する中和抗体価と比べて低いことがわかりました。同様に、従来株感染ハムスターの血清のミュー株に対する中和抗体価も低いことがわかりました。

しかし、この感染ハムスターは、ミュー株による再感染に対して高い抵抗性を示すことがわかりました。また、ミュー株感染ハムスターに、感染歴をもつワクチン被接種者の血清を投与したところ、肺におけるウイルス増殖が抑制されることもわかりました。以上の結果は、従来株の感染によって得られる免疫が、ミュー株の再感染に対して有効であることを示唆しています。今後、従来株から抗原性が変化した変異株が出現しても、その抗原変異がミュー株程度であれば、従来株の感染によって獲得した免疫は、その変異株の感染拡大抑制に寄与すると考えられます。本研究成果は、今後の新型コロナウイルス感染症(COVID-19)対策計画を策定、実施する上で、重要な情報となります。

本研究成果は2022年5月17日、米国科学雑誌「Science Translational Medicine」オンライン版で公開されました。

なお、本研究は、東京大学、米国ウィスコンシン大学、米国ロスアラモス国立研究所が共同で行ったものです。また、本研究は、日本医療研究開発機構(AMED)新興・再興感染症に対する革新的医薬品等開発推進研究事業の一環として行われました。

 発表内容

新型コロナウイルスは、ウイルス粒子表面にあるスパイク蛋白質を使って、標的とする細胞に吸着して細胞内に侵入します。一方、実用化されたあるいは開発中の新型コロナウイルス感染症(COVID-19)に対するワクチンのほとんどは、このスパイク蛋白質に対する中和抗体を誘導することで、その効果を発揮します。ミュー株は、そのスパイク蛋白質上に10カ所のアミノ酸変異をもつことから、WHO(世界保健機関)は、2021年8月に同変異株を「注目すべき変異株(Variant of Interest;VOI)」に指定しました。このミュー株は、オミクロン株が出現する前は、変異株の中で従来株から抗原性が最も変化した株でした。

東京大学医科学研究所ウイルス感染部門の河岡義裕特任教授らの研究グループは、COVID-19感染動物モデルのハムスターを用いて、mRNAワクチンによって誘導される中和抗体と従来株の感染によって得られる免疫のミュー株に対する有効性について調べました。

まず、mRNAワクチン(ファイザー社のBNT162b2、またはモデルナ社のmRNA-1273)被接種者(2回接種済み)から採取した血清のミュー株に対する中和抗体価を調べました(図1)。その結果、ワクチン被接種者の血清のミュー株に対する中和抗体価は、従来株に対する中和抗体価よりも低いことがわかりました(図1)。

新型コロナウイルス変異株・ミュー株に対するmRNAワクチンの有効性
図1:mRNAワクチン被接種者の血清の新型コロナウイルスに対する中和抗体価
モデルナ社製あるいはファイザー社製ワクチン2回接種後に採取された血清の従来株とミュー株に対する中和抗体価。


次に、ハムスターモデルを用いて、従来株の感染によって得られた免疫がミュー株の再感染に対して有効であるかどうかを調べました。従来株に感染したハムスターから採取した血清を用いて、ミュー株と従来株に対する中和抗体価を調べました。

その結果、感染ハムスター血清のミュー株に対する中和抗体価は、ワクチン被接種者の血清と同様に、従来株に対するそれよりも低いことがわかりました。次に、従来株の感染から回復したハムスターが、その後のミュー株による再感染に対して抵抗性を示すのかどうかを調べました。初感染から回復したハムスターにミュー株を再感染させた後、呼吸器におけるウイルス量を測定しました。ミュー株を再感染させたハムスターの鼻からはウイルスが検出されましたが、肺からはウイルスは検出されませんでした(図2)。


図2:従来株感染から回復したハムスターのミュー株再感染に対する抵抗性
従来株の初感染から28週間が経過したハムスターの鼻腔内に従来株もしくはミュー株を接種した。従来株またはミュー株を初めて感染させたハムスターの鼻および肺からは大量のウイルスが検出された。一方、再感染させたハムスターでは、ミュー株接種群の全ての個体からウイルスが検出されたのに対して、従来株接種群では全ての個体でウイルスは検出されなかった。また、どちらの接種群においても肺からはウイルスは検出されなかった。


最後に、ワクチン被接種者の血清がミュー株に対して、感染防御効果を有するかどうかを調べました。ミュー株を感染させハムスターに、1)2回のワクチン接種(ファイザー社ワクチン)を受けた人の血清、2)新型コロナウイルス感染から回復後に2回のワクチン接種を受けた人の血清、3)新型コロナウイルスパンデミック前に採取された人の血清(コントロール血清)を投与しました。投与後3日目に、肺を採取して、ウイルス量を測定しました(図3)。


図3:感染歴を持つワクチン被接種者血清のミュー株再感染に対する防御効果
ハムスターの鼻腔内に従来株もしくはミュー株を接種した。感染後1日目に、それぞれのハムスターの腹腔内にグループ(1)-(3)のヒト血清を投与した。血清投与後3日目(感染後4日目)に、肺を採取してウイルス量を測定した。感染歴を持つ被接種者血清のみ、ミュー株の肺での増殖を有意に抑制した。グループ(1)2回のワクチン接種(ファイザー社)を受けた人の血清;グループ(2)コロナウイルス感染から回復後に2回のワクチン接種を受けた人の血清;グループ(3)新型コロナウイルスパンデミック前に採取した人の血清。


その結果、感染歴をもつワクチン被接種者血清投与群におけるウイルス量は、コントロール群よりも有意に低いことがわかりました。一方、ワクチン被接種者血清投与群におけるウイルス量は、コントロール群と同程度でした。

以上の結果は、現行mRNAワクチンのミュー株に対する効果は、従来株に対する効果よりも低いことを示しています。また、従来株の感染から回復した人がミュー株に再び感染する可能性があることを示唆しています。しかし、ウイルス感染によって中和抗体が体内で産生されていれば、同変異株が体内に入ってきても重症化しないことを示しています。また、今後従来株から抗原性が変化した変異株が出現しても、その抗原変異がミュー株程度であれば、従来株の感染によって獲得した免疫は、その変異株の感染拡大抑制に寄与すると考えられます。

本研究を通して得られた成果は、変異株のリスク評価など行政機関が今後のCOVID-19対策計画を策定、実施する上で、重要な情報となります。

 発表雑誌

雑誌名:「Science Translational Medicine」(5月17日オンライン版)
論文タイトル:Characterization of the emerging SARS-CoV-2 B.1.621 (Mu) variant
著者:
Peter J. Halfmann*, Makoto Kuroda, Tammy Armbrust, James Theiler, Ariane Balaram, Gage K. Moreno, Molly A. Accola, Kiyoko Iwatsuki-Horimoto, Riccardo Valdez, Emily Stoneman, Katrina Braun, Seiya Yamayoshi, Elizabeth Somsen, John J. Baczenas, Keiko Mitamura, Masao Hagihara, Eisuke Adachi, Michiko Koga, Matthew McLaughlin, William Rehrauer, Masaki Imai, Shinya Yamamoto, Takeya Tsutsumi, Makoto Saito, Thomas C. Friedrich, Shelby L. O’Connor, David H. O’Conner, Aubree Gordon, Bette Korber, and Yoshihiro Kawaoka¶
*:筆頭著者
¶:責任著者
DOI:10.1126/scitranslmed.abm4908
URL:http://www.science.org/doi/10.1126/scitranslmed.abm4908

 問い合わせ先

<研究に関するお問い合わせ>
東京大学医科学研究所 ウイルス感染部門
特任教授 河岡 義裕(かわおか よしひろ)

<報道に関するお問い合わせ>
東京大学医科学研究所 国際学術連携室(広報)

 用語解説

(注1)中和活性:
新型コロナウイルス感染症(COVID-19)回復者やワクチン被接種者の血液中には、ウイルスの細胞への感染を阻害(中和)する抗体が含まれる。

(注2)注目すべき変異株(Variant of Interest;VOI):
WHOは、新型コロナウイルスに生じるアミノ酸変異を分析・評価し、病原性・感染性・伝播性を高める変異やワクチン・治療薬の効果を低下させる変異を持つウイルスを、そのリスクに応じて「懸念される変異ウイルス (Variants of Concern; VOC)」と「注目すべき変異株(Variants of Interest ; VOI)」に分類している。2022年4月現在、VOCには、デルタ株とオミクロン株が指定されている。一方、ミュー株やラムダ株など8種類の変異株が過去VOIに指定されていたが、現在はVOIに指定されている株はない。

医療・健康
ad
ad
Follow
ad
タイトルとURLをコピーしました