2022-10-12 生理学研究所
内容
光を感じることは、あらゆる生物において重要です。光の情報はどのように細胞内で伝えられるのか、何十年も研究されてきましたが、いまだ、情報伝達の鍵となる脂質分子については明らかではありませんでした。今回、自然科学研究機構 生理学研究所/生命創成探究センターの曽我部隆彰准教授とカリフォルニア大学サンタバーバラ校のCraig Montell教授らの研究グループは、光刺激で作られる新しい脂質分子とその作用メカニズムを発見しました。本研究結果は、Science Signaling誌(日本時間2022年10月12日午前3時解禁)にオンライン掲載されました。
光受容はあらゆる生物において、ものを見ることや、光の感知、体内時計の調節などに重要な感覚機能です。光を感じるのは視細胞と呼ばれる細胞で、ショウジョウバエは複眼という視細胞が集まった組織を持ち、光に対する応答を容易に測定できることから、光情報伝達の研究に長らく用いられてきました。これまでの研究で、光刺激は、まずロドプシンと呼ばれる受容体で受け取られ、その後、様々なたんぱく質や脂質の作用を経て、TRPチャネルを活性化させることで、視細胞が活動することが分かっています(図1)。しかし、TRPチャネルを直接制御する脂質分子についてはこれまではっきり分かっていませんでした。
図1 ショウジョウバエ視細胞の光刺激の伝達経路
光刺激がロドプシンで受け取られると、ロドプシンに結合したGタンパク質GqがホスホリパーゼC(PLC)という脂質代謝酵素を活性化します。PLCはPIP2(注1)という脂質を分解し、ジアシルグリセロール(DAG)などの脂質代謝物を作ります。DAGを代謝するDAGリパーゼ(DAGL)の関与も報告されています。その結果としてTRPとTRPLチャネル(注2)が活性化して視細胞が応答します。しかし、これらのTRPチャネルを直接制御する脂質分子は分かっていませんでした。
研究グループは「光刺激をしたときに視細胞で増えてくる脂質分子が重要だろう」と考え、視細胞に光刺激を与えたときの脂質成分を分析しました。具体的には、生きたハエに光を浴びせて、すぐに液体窒素で急速冷凍することで視細胞の反応を止め、頭部に含まれる脂質成分を分析しました(図2左)。ハエの頭は小さいので、一回の刺激で200匹分の頭を集める必要があります。また、視細胞はほんの僅かな光にも反応してしまうので、実験は全て薄暗い赤色灯下で行うなど、サンプル集めに多大な工夫と労力を要しました。
図2 光刺激をしたハエの頭部では2-LGが増加する
光刺激をしたハエの頭部の脂質分析を行うと、PLCに依存して内因性カンナビノイドである2-LGが増加していました。
実験の結果、光刺激を与えると、内因性カンナビノイド(注3)に分類される2-リノレオイルグリセロール(2-LG)という脂質が光刺激で増加することが分かりました(図2右)。そこで、2-LGがどのように生成されるかを調べるため、光情報伝達(図1)に重要なホスホリパーゼC(PLC)が働かないハエを用いて、同様の脂質分析を行いました。その結果、PLCが働かないハエでは、光刺激を与えても2-LGは増加しませんでした(図2右)。これらの結果から、2-LGが増加するためにはPLCが必要であることが分かります。さらに、2-LGはPLCが産生するDAGを基質として、DAGリパーゼ(DAGL)という脂質分解酵素によって生じることがわかりました(図4)。
次に研究グループは、実際に2-LGが視細胞のTRPチャネルを活性化できるかどうかを調べるために、ハエの複眼を解剖して視細胞を集めました。数百ミクロンの複眼から手作業で視細胞を傷つけることなく分離するのは、世界でもほとんど実践されていない高度な技術です。 その結果、2-LGは正常な視細胞を活性化しましたが、TRPチャネルが欠損している視細胞はほとんど活性化しませんでした(図3)。この結果から、TRPチャネルの活性化には2-LGが重要であることが分かります。
図3 2-LGは視細胞のTRPチャネルを活性化する
単離した視細胞を2-LGで刺激すると、TRPチャネル/TRPLチャネルを持つ視細胞では強く応答しましたが、それらが機能欠損した視細胞では、弱い反応しか得られませんでした。画像内の点線はTRPチャネルが存在する部位を示します。
さらに、2-LGはショウジョウバエだけでなく、哺乳類のTRPチャネル(TRPC5、TRPC6)を活性化することも分かりました。ショウジョウバエと同じ情報伝達経路は、哺乳類の一部の視細胞にも存在することが知られており、今回発見した内因性カンナビノイドによる活性化メカニズムが、種を超えて保存されている可能性を示しています。
本研究により、光刺激が視細胞で2-LG を増加させ、TRPチャネルを直接制御していることが明らかになりました(図4)。今回発見したメカニズムは哺乳類でも確認できたことから、今後、幅広い細胞内情報伝達やそれに関わる生理機能・病態の解明に役立つことが期待されます。
図4 本研究のまとめ
光刺激によってロドプシン、Gq、PLCが活性化し、その下流でDAGLが2-LGを産生します。2-LGは2つのTRPチャネルを直接活性化することが分かりました。
用語解説
注1)PIP2:ホスファチジルイノシトールリン脂質の一種で、細胞膜に少量存在し、細胞内情報伝達において中心的な役割を担っている。
注2)TRPチャネル:2021年のノーベル生理学・医学賞を受賞した温度受容体の分子実体で、ショウジョウバエの視細胞から見つかったTRPとTRPLが最初の遺伝子である。
注3)内因性カンナビノイド:マリファナに含まれるカンナビノイドに似た生理活性物質で、ヒトでは神経系や免疫系のカンナビノイド受容体に結合して多彩な生理機能調節に関わる。
助成金など
本研究は文部科学省科学研究費補助金(課題番号17H07337および18K06495)の補助を受けて行われました。
今回の発見
1.ショウジョウバエ視細胞の光応答に働く新たな脂質分子を同定しました。
2.この脂質分子は視細胞の光応答に必要なTRPチャネルを活性化しました。
3.この脂質分子は哺乳類のTRPチャネルも活性化することが分かりました。
この研究の社会的意義
様々な生理機能に重要な内因性カンナビノイドが、視覚においても重要であることが分かりました。この情報伝達経路は哺乳類の一部の視細胞で保存されており、それ以外の多くの細胞にも存在します。今回明らかになった内因性カンナビノイドによるTRPチャネル制御のメカニズムが、幅広い細胞内シグナル伝達やそれに関わる生理機能・病態の解明に役立つことが期待できます。
論文情報
Endocannabinoids produced in photoreceptor cells in response to light activate Drosophila TRP channels.
Takaaki Sokabe*, Heather B. Bradshaw, Makoto Tominaga, Emma Leishman, Avinash Chandel, Craig Montell* *責任著者
Science Signaling 2022年 10月12日午前3時解禁
お問い合わせ先
<研究について>
自然科学研究機構 生理学研究所 細胞生理研究部門
准教授 曽我部 隆彰 (ソカベ タカアキ)
<広報に関すること>
自然科学研究機構 生理学研究所 研究力強化戦略室
自然科学研究機構 生命創成探究センター 研究戦略室