大規模ゲノム情報を活用して治療薬候補を探索するゲノム創薬の枠組みを提案

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2022-10-13 大阪大学

掲載誌 Cell Genomics

大規模ゲノム情報を活用して治療薬候補を探索するゲノム創薬の枠組みを提案

図1. 本研究の概要

研究成果のポイント
  • ゲノムワイド関連解析※1に基づいて疾患への有効性が期待される治療薬候補を探索する手法を提案した
  • 提案手法は3種類のゲノム創薬※2手法を組み合わせることで、網羅的に治療薬候補を探索することができることを実証した
  • 国際バイオバンク連携を通じて複数人種集団に対するゲノムワイド関連解析に適用することで、実際に13疾患に対して網羅的な治療薬候補リストを作成した
概要

薬剤開発を加速させるために、ゲノム解析データをもとに治療薬候補を効率よく探索するゲノム創薬が注目されています。しかし、どのようにゲノム創薬を進めるべきかについての具体的な方法論は確立されておらず、とくに複数人種集団に対するゲノム解析データを用いたゲノム創薬の研究は進んでいませんでした。

大阪大学大学院医学系研究科の難波真一 大学院生(遺伝統計学)、日本たばこ産業株式会社 医薬総合研究所 小沼貴裕 (遺伝統計学)、岡田随象 教授(遺伝統計学/理化学研究所生命医科学研究センター システム遺伝学チーム チームリーダー/東京大学大学院医学系研究科 遺伝情報学 教授)らの研究グループは、国際バイオバンク連携を通じて、ゲノムワイド関連解析に基づいて治療薬候補を探索する手法を提案し、実際に13疾患に対して提案手法を適用しました(図1)。提案手法は、3種類のゲノム創薬手法を組み合わせることで、網羅的に治療薬候補を探索することが可能です。その結果、13疾患に対して合計266個の治療薬候補を含む網羅的な治療薬候補リストを作成しました。本研究成果によって、ゲノム解析データから治療薬候補を探索する方法論が確立され、新たな治療薬の開発が加速することにつながると期待されます。

研究の背景

新しい治療標的を効率的に探索することは、薬剤開発を加速させるために不可欠です。新しい治療薬を開発するために莫大な研究開発が行われているにもかかわらず、創薬にかかる時間やコストは年々増加し、成功率は下がってきています。創薬を加速させる有望な解決策として、ゲノムワイド関連解析に基づいて治療標的を探索するゲノム創薬が注目されていますが、直接的に治療薬候補を見つけ出す遺伝統計※3解析ツールは数少なく、どのようにゲノム創薬を行えばいいかという方法論は確立されていません。

近年、複数人種集団を対象にしたゲノムワイド関連解析が盛んに行われるようになっており、疾患の鍵となる生物学的知見が明らかになってきています。複数人種集団のゲノムワイド関連解析からゲノム創薬を行うことで、より有効な治療薬候補を探索できると考えられますが、これまでのゲノム創薬は欧米人に対するゲノムワイド関連解析に基づいており、複数人種集団のゲノムワイド関連解析に基づくゲノム創薬はほとんど行われた例がありません。人種集団間でアレル頻度※4や連鎖不平衡※5といった遺伝的背景が異なるため、複数人種集団のゲノムワイド関連解析に基づいてゲノム創薬を行うためには単一の人種集団に対するゲノム創薬手法をそのまま適用することはできず、専用のフレームワークが必要です。

本研究の成果

今回、岡田教授らのグループは、世界各国のバイオバンク※6が参加する国際コンソーシアムGlobal Biobank Meta-analysis Initiative (GBMI) ※7(https://www.globalbiobankmeta.org/)の一環として、ゲノム創薬の実践的ガイドラインを提案しました。GBMIでは最大約180万人のゲノムデータを用いて複数人種集団に対するゲノムワイド関連解析が行われ、疾患を対象とした複数人種集団ゲノムワイド関連解析の代表例と考えられます。

研究グループは多人種に対するゲノム創薬のために、①:疾患リスク遺伝子のエンリッチメント解析、②:メンデルランダム化解析※8、③:遺伝子発現量制御の相関解析という3つのゲノム創薬手法からなるフレームワークを提案しました。第一の疾患リスク遺伝子のエンリッチメント解析では、疾患リスク遺伝子を標的とする薬剤を、疾患リスク遺伝子が属する薬剤カテゴリーに基づいて探索します (Sakaue S et al., Bioinformatics 2019)。第二のメンデルランダム化解析では、疾患の原因となるタンパク質を同定し、同定されたタンパク質を標的とする薬剤を探索します。第3の遺伝子発現量制御の相関解析では、疾患ゲノムによる遺伝子発現量制御を推定し、逆向きに遺伝子発現量を制御する化合物を探索します(Konuma T et al., Human Molecular Genetics 2021)。研究グループは提案した創薬フレームワークをGBMI の対象となった13疾患に対して適用しました。GBMI の対象13疾患には罹患率の高い疾患から比較的稀な疾患までが含まれており、具体的には、喘息、原発性開放隅角緑内障、痛風、慢性閉塞性肺疾患(COPD)、静脈血栓塞栓症、甲状腺がん、腹部大動脈瘤、心不全、特発性肺線維症、脳梗塞、子宮体癌、急性虫垂炎、肥大型心筋症が含まれます。3つのゲノム創薬手法によって、13疾患全体でそれぞれ154、83、31の治療薬候補が得られました。

個々のゲノム創薬手法によって得られた治療薬候補や治療標的遺伝子の多くは既存の治療薬と同じ薬剤カテゴリーに属しており、個々のゲノム創薬手法が適切な治療薬候補を探索できていることが確認されました。得られた治療薬候補の中には、疾患の治療に役立つことを支持する実験データなどが報告されている薬剤が数多く存在し、とくに有望な治療薬候補であると考えられました。また、単一人種集団のゲノムワイド関連解析に基づいてゲノム創薬を行った場合と比べたところ、複数人種集団のゲノムワイド関連解析を用いたことで治療薬候補をより多く得られたことがわかりました。

13疾患の中で比較的患者数の多い喘息、痛風、COPD、静脈血栓塞栓症については、複数のゲノム創薬手法によって治療薬候補を探索することで、網羅的に治療薬候補をリストアップすることに成功しました。特に、静脈血栓塞栓症では治療薬候補のほとんどが凝固系※9を標的としており、凝固系を標的とする既存薬剤を静脈血栓塞栓症に転用することが有効であると考えられました。また、治療標的遺伝子がどのようなパスウェイ※10に多く属しているのかを調べたところ、163個のパスウェイが検出されました。中でも20個のパスウェイはゲノム創薬手法を1つだけ用いた場合では検出できず、3つのゲノム創薬手法を統合することではじめて検出されました。代表的な例として、インターロイキン4およびインターロイキン13シグナル伝達経路には痛風の治療標的遺伝子が5つ属していましたが、これらの遺伝子は3つのゲノム創薬手法によって相補的に検出されており、複数のゲノム創薬手法を用いることが網羅的な治療薬候補探索に重要であると示されました(図2)。

図2. 3つのゲノム創薬手法により相補的に同定された痛風の治療標的遺伝子およびパスウェイ
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本研究が社会に与える影響(本研究成果の意義)

本研究成果によって、複数のゲノム創薬手法を用いたフレームワークが提案され、網羅的に治療薬探索を行うことができることが実証されました。また、複数人種集団を対象にしたゲノムワイド関連解析に基づいたゲノム創薬が有効であることが示されました。

本研究で同定された治療薬候補については動物実験などのさらなる検証を進めることで、臨床への応用が可能であると考えられます。また、複数人種集団を対象にしたゲノムワイド関連解析は今後盛んに行われていくと考えられ、幅広い疾患に対してゲノム創薬による治療薬探索が行われていくと期待されます。

研究者のコメント

<難波 真一 大学院生のコメント>
疾患で苦しまれている患者さんにとって治療薬は今すぐにでも欲しいにもかかわらず、創薬はますます難しくなってきています。ゲノム創薬が幅広い疾患に適用されることで、より良い治療薬の開発が加速することに繋がるよう願っています。本研究は世界各国のバイオバンクが参加する国際コンソーシアムの一環として実施されました。共同研究者の方々ならびにバイオバンクに参加された方々に深く感謝を申し上げます。

用語説明

※1 ゲノムワイド関連解析
ヒトゲノム配列上にする数百万カ所の個人差(遺伝子多型と呼ばれる)を網羅的にタイピングし、疾患や形質との関連を網羅的に探索する手法。

※2 ゲノム創薬
ゲノム解析データから、情報科学や統計学などのアルゴリズムを用いて治療薬開発を行う手法。

※3 遺伝統計
生命科学と情報科学の融合分野のひとつであり、情報科学や統計学などのアルゴリズムを用いた方法論やソフトウェアを活用して統計学の観点から遺伝情報と疾患形質情報の結びつきを評価する学問。

※4 アレル頻度
遺伝子多型に含まれるそれぞれの塩基配列(対立遺伝子と呼ばれる)が集団中に存在する頻度。アレル頻度は人種集団によって異なり、特定の人種集団にしか存在しない塩基配列(対立遺伝子)も多く知られている。

※5  連鎖不平衡
複数の遺伝子多型の組み合わせがランダムではなく、特定の組み合わせに偏っていること。人種集団によって連鎖不平衡が見られる遺伝子多型の組や連鎖不平衡の強さが異なることが知られている。

※6 バイオバンク
生体試料や臨床情報を集めて保管し、医学研究に活用する仕組み。

※7 Global Biobank Meta-analysis Initiative (GBMI)
世界各国のバイオバンクが参加する国際コンソーシアムで、バイオバンクが協力しあってゲノム解析を行う枠組みを提供している。

※8 メンデルランダム化解析
遺伝子多型がランダムに遺伝することを利用して、遺伝的要素を持つ2つの形質間の因果関係を推定する手法。

※9 凝固系
出血時に血液を凝固させるための一連の分子の作用系。

※10 パスウェイ
遺伝子やタンパク質の相互作用、細胞内の連鎖的な化学反応など、生体内における様々なネットワークを示す経路。

特記事項

本研究成果は、2022年10月13日(木)0時(日本時間)に米国科学誌「Cell Genomics」(オンライン)に掲載されました。

【タイトル】

“A practical guideline of genomics-driven drug discovery in the era of global biobank meta-analysis”

【著者名】

Shinichi Namba1,11, Takahiro Konuma1,2,11, Kuan-Han Wu3, Wei Zhou4,5, Global Biobank Meta-analysis Initiative, and Yukinori Okada1,6-10

【所属】

  1. 大阪大学大学院医学系研究科 遺伝統計学
  2. 日本たばこ産業株式会社 医薬総合研究所
  3. ミシガン大学 Department of Computational Medicine and Bioinformatics
  4. マサチューセッツ総合病院 Analytic and Translational Genetics Unit
  5. ブロード研究所 Stanley Center for Psychiatric Research
  6. 東京大学大学院医学系研究科 遺伝情報学
  7. 理化学研究所 生命医科学研究センター システム遺伝学チーム
  8. 大阪大学免疫学フロンティア研究センター(IFReC) 免疫統計学
  9. 大阪大学先導的学際研究機構 生命医科学融合フロンティア研究部門
  10. 大阪大学感染症総合教育研究拠点(CiDER)
  11. 共同筆頭著者

【DOI番号】10.1016/j.xgen.2022.100190

本研究は、日本医療研究開発機構(AMED)ゲノム医療実現推進プラットフォーム事業(先端ゲノム研究開発:GRIFIN)における、研究開発課題「次世代ゲノミクス研究による乾癬の疾患病態解明・個別化医療・創薬」の一環として行われ、大阪大学大学院医学系研究科バイオインフォマティクスイニシアティブの協力を得て行われました。

有機化学・薬学
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