2022-10-13 大阪大学
掲載誌 Nature
図1. ゲノム解析により説明される身長の遺伝的背景
研究成果のポイント
- 国際共同研究を通じて身長のゲノムワイド関連解析※1を540万人という世界最大規模で実施した。
- 身長の個人差を説明する感受性遺伝子領域を約12,000か所以上同定。
- 感受性遺伝子領域の組み合わせにより、身長の遺伝的背景のほとんどが説明可能となった。
概要
大阪大学大学院医学系研究科の坂上沙央里助教(研究当時、現ハーバード大学医学部博士研究員)、岡田随象教授(遺伝統計学/理化学研究所生命医科学研究センター システム遺伝学チーム チームリーダー)らの研究グループは、世界最大規模となるゲノムワイド関連解析を通じて、身長の個人差における遺伝的背景を明らかにしました。
身長の個人差は、遺伝的背景に由来することが知られていますが、これまでのゲノム研究ではその一部しか解明されていませんでした。今回、研究グループは、国際共同研究グループであるGIANTコンソーシアム※2を通じて、過去最大規模となる、複数人種集団の約540万人を対象とした、身長のゲノムワイド関連解析を実施しました。その結果、身長の個人差に関連する約12,000か所の感受性遺伝子領域を同定することに成功しました。また、異なる人種集団間においても身長の遺伝的背景が共有されていることが明らかとなりました。
さらに、身長の個人差に占める遺伝的背景のほとんどが、同定された感受性遺伝子領域の組み合わせで説明可能であることが明らかになりました。ゲノムワイド関連解析の対象サンプル数が約300万人を超えたあたりから説明される遺伝的背景の割合の増加幅が小さくなることが観測されました(図1)。これまでのゲノム研究では、対象サンプル数を増加させることの重要性が強調されてきましたが、本研究は、サンプル数を増加させることにより得られる効果にも、一定の上限があることを示したと考えられます。
今回の研究により、身長の遺伝的背景の解明や、幅広い表現型を対象としたさらなる大規模ゲノム研究への応用が期待されます。
研究の背景
身長の個人差の約半分は、個人の遺伝的背景の違いに由来することが知られています。これまで、ゲノムワイド関連解析を通じて身長の個人差に関連する感受性遺伝子領域が複数同定されていました(Akiyama M et al. Nat Commun 2019)。それらの感受性遺伝子領域を組み合わせても、身長の遺伝的背景のうち、ごく一部しか説明することができませんでした。身長の遺伝的背景の全容を解明するには、ゲノムワイド関連解析の対象となるサンプル数を増加させていくことが必要と考えられていました(Yang J et al. Nat Genet 2010)。一方で、どの程度までサンプル数を増加させれば、遺伝的背景の全容の解明に至るのかは、明らかになっていませんでした。
研究の内容
今回、研究グループは、身長や肥満などの身体測定値の個人差に影響する遺伝的背景の解明を目的とした国際共同研究グループであるGIANTコンソーシアムを通じて、世界中から集められた複数人種集団約540万人を対象とした、身長のゲノムワイド関連解析を実施しました。GIANTコンソーシアムには、本邦のバイオバンク・ジャパン※3や英国のUKバイオバンクなど※4、世界各地のゲノムコホートが参画しています。本研究は、これまで実施されたゲノムワイド関連解析として最大の規模となります。その結果、身長の個人差に関連する約12,000か所の感受性遺伝子領域を同定することに成功しました。
これら540万人のサンプルは、欧米人集団、東アジア人集団、南アジア人集団、ヒスパニック系集団、アフリカ系集団など、多彩な人種集団で構成されていました。異なる人種集団間でゲノムワイド関連解析の結果を比較したところ、身長の遺伝的背景が人種集団間で共有されていることが明らかとなりました。これは、ゲノム情報に基づく身長の予測など、個別化医療の社会実装において有用な知見と考えられました。
本研究で同定された身長の感受性遺伝子領域を統合する解析を実施したところ、身長の個人差の40%程度が説明可能となることが判明しました。これは、身長の個人差に占める遺伝的背景(40-50%)のほとんどが、同定された感受性遺伝子領域の組み合わせで説明可能となったことを示唆する結果となりました。さらに、ゲノムワイド関連解析の対象となるサンプル数を変化させて検討したところ、300万人を超えたあたりから、説明される身長の遺伝的背景の割合の増加の幅が小さくなっていることがわかりました(図1)。これらの結果は、ゲノムワイド関連解析により説明可能な身長の個人差の割合が飽和しつつあることを示していると考えられました。これまでのゲノム解析研究では、対象サンプル数を増加させることの効果を重要性が強調されてきました。しかし本研究は、サンプル数を増加させることによる効果にも上限があり、その上限に近づきつつあることを初めて示したと考えられます。
本研究が社会に与える影響(本研究成果の意義)
本研究成果により、身長の遺伝的背景の解明が進んだと共に、どの程度までサンプル数を増やすことが効率的なのか、というゲノム研究の長年の謎に、一定の答えを示すことができました。一方で、本研究の対象サンプルの大部分は欧米人集団であることや、遺伝的背景の影響は表現型の種類によっても程度が異なることから、より広い表現型を対象に、世界中の人種集団を対象としたゲノム研究を展開していくことが期待されます。
用語説明
※1 ゲノムワイド関連解析
ヒトゲノム配列の全領域に分布する多数の遺伝子変異を対象に、表現型との関連を網羅的に探索する疾患ゲノム解析手法の一つ。
※2 GIANTコンソーシアム
The Genetic Investigation of ANthropometric Traitsの頭文字をとったもの。身長や肥満など身体計測値の個人差の遺伝的背景の解明を目的に結成された国際共同研究コンソーシアム(https://portals.broadinstitute.org/collaboration/giant/index.php/Main_Page)。
※3 バイオバンク・ジャパン
日本人集団27万人を対象とした生体試料バイオバンクでありオーダーメイド医療の実現プログラム(実施機関:東京大学医科学研究所)を通じて運営されている。ゲノムDNAや血清サンプルを臨床情報と共に収集し、データ提供や分譲を行っている(https://biobankjp.org/index.html)。
※4 UKバイオバンク;英国全域から集められたボランティア約50万人を対象に、ゲノムデータと表現型情報を収集した、世界最大規模の生体試料バイオバンク。世界中の研究者に広くリソースを提供しており、様々な疾患の遺伝的・環境的要因の解明に貢献を果たしている(https://www.ukbiobank.ac.uk/)。
特記事項
本研究成果は、2022年10月13日(木)0時(日本時間)に国際科学誌「Nature」(オンライン)に掲載されました。
【タイトル】
“A saturated map of common genetic variants associated with human height”
【著者名】
Loic Yengo1,17,*, Sailaja Vedantam2,3,17, Eirini Marouli4,17, Julia Sidorenko1, Eric Bartell2,3,5, Saori Sakaue3,6-8, Masato Akiyama8,9, Masahiro Kanai3,6,7, Yoichiro Kamatani3,10, Yukinori Okada6,7,11-13,*, Andrew R. Wood14,*, Peter M. Visscher1,*, Joel N. Hirschhorn2,15,16,*(*責任著者), GIANTコンソーシアム
【所属】
- クイーンズランド大学 Institute for Molecular Bioscience
- ボストン小児病院 Division of Endocrinology
- ブロード研究所 Program in Medical and Population Genetics
- クイーン・メアリー(ロンドン大学)
- ハーバード大学医学部 Department of Biomedical Informatics
- 理化学研究所生命医科学研究センター ゲノム解析応用研究チーム
- 大阪大学大学院医学系研究科 遺伝統計学
- ブリガム&ウィメンズ病院 Divisions of Genetics and Rheumatology
- 九州大学大学院医学研究院 眼科学
- 東京大学大学院新領域創成科学研究科 メディカル情報生命専攻 複雑形質ゲノム解析分野
- 理化学研究所生命医科学研究センター システム遺伝学チーム
- 大阪大学免疫学フロンティア研究センター(IFReC) 免疫統計学
- 大阪大学先導的学際研究機構 生命医科学融合フロンティア研究部門
- エクセター大学 College of Medicine and Health
- ブロード研究所 Programs in Metabolism and Medical and Population Genetics
- ハーバード大学医学部 Departments of Pediatrics and Genetics
- 共同筆頭著者
(GIANTコンソーシアムに所属する全共著者の氏名および所属の詳細は論文をご参照ください)
【DOI番号】10.1038/s41586-022-05275-y
本研究は、日本医療研究開発機構(AMED)ゲノム医療実現バイオバンク利活用プログラム:B-cureのうち、ゲノム研究バイオバンク(旧:疾患克服に向けたゲノム医療実現プロジェクト(オーダーメイド医療の実現プログラム))、ゲノム医療実現推進プラットフォーム事業・先端ゲノム研究開発:GRIFIN「遺伝統計学に基づく日本人集団のゲノム個別化医療の実装」の一環として行われ、大阪大学大学院医学系研究科バイオインフォマティクスイニシアティブの協力を得て行われました。