2022-10-18 慶應義塾大学,東京大学,福井県,福井県若狭町
福井県若狭町に所在する鳥浜貝塚から発掘されたニホンジカ下顎歯について、表面に残る微小な摩耗痕の形状分析を行い、縄文時代における同種の採食行動を明らかにしました。縄文時代のシカの採食行動について解明を試みたのは、本研究が初例となります。
研究成果の詳細については、2022年10月10日にオープンアクセスジャーナル「Frontiers in Ecology and Evolution」に掲載されています。
研究内容
1.経緯
福井県鳥浜貝塚(図1)は、三方五湖に近接する低湿地性の遺跡です。1962年から1986年にかけて10回の発掘調査が行われた結果、同貝塚からは縄文時代草創期から前期の約7,800年間におよぶ人間活動の痕跡が確認されました。調査時に出土した遺物には、土器や石器のみならず、漆製品や繊維製品など、低湿地以外の環境では残りにくい有機質の遺物も含まれ、うち1,376点が重要文化財に指定されています。また、縄文人の猟果と考えられる動物遺体も大量に出土しており、その中に含まれるニホンジカの骨や角もおびただしい数にのぼります(図2)。
図1 鳥浜貝塚の位置(赤点)と発掘調査の様子(左上)
(Google Earthに一部加筆・福井県立若狭歴史博物館から写真提供)
図2 鳥浜貝塚から出土した動物遺体
(福井県立若狭歴史博物館蔵)
本研究では鳥浜貝塚人が狩猟対象としたニホンジカの古食性を明らかにしました。慶應義塾大学と東京大学の研究者が共同で調査・研究を進め、縄文時代のニホンジカ(「縄文ジカ」)が当時どのような植物を採食していたのかを明らかにしました。
2.調査・研究成果
現生・絶滅脊椎動物の食性を推定する方法にはさまざまな手法があります。近年は、歯や骨に含まれる炭素と窒素の安定同位体比から、採食していた植物のタイプや植物と動物の利用割合などを明らかにする分析方法がよく用いられています。一方で、安定同位体分析は骨や歯を削ってサンプルを採取する破壊的分析のため、貴重な考古資料への適用が難しい側面もあります。そこで本研究では、歯の表面に残される微小な摩耗痕(マイクロウェア)の形状について共焦点レーザー顕微鏡を用い三次元的に分析し、「縄文ジカ」の食性を推定しました。この手法では、動物の歯の表面の歯型を作成し、それを顕微鏡で観察し定量化するため、標本にダメージを与えず分析することができます(図3)。マイクロウェアは歯と食べ物が接触して形成されるため、食べ物の特性に応じて傷の形状が変わります。餌がわかっている現生動物で参照データを集め、それらと比較することで遺跡から出土した動物の食性を推定することができます。
図3 歯牙マイクロウェア三次元形状分析の流れ
本研究では、鳥浜貝塚から出土した「縄文ジカ」と、食性の明らかな複数地点の現生ニホンジカとの間で下顎第2後臼歯のマイクロウェアを比較しました。その結果、縄文時代前期(約6,000年前)に三方五湖周辺に生息していたニホンジカが、本州の常緑広葉樹林に生息する同種現生個体群と同様、樹木の葉に加え低質なイネ科植物も採食していたこと、また、往時のシカのイネ科植物採食率に0%~100%までの個体差が存在したことが明らかとなりました(図4)。出土植物遺体を分析した先行研究により、縄文時代の鳥浜貝塚周辺には、常緑樹・落葉樹・針葉樹からなる植生が存在したことが指摘されてきました。本研究の成果は、「縄文ジカ」がそうした植生の多様性に適応できる採食行動の柔軟性を備えていたことを示唆します。
図4 歯表面の2次元イメージ(上)と3次元モデルの結果(下)
(餌中のイネ科植物は、A=0%, B=50%, C=90%と推定された。上図の白色バーは10µmを示す。)
縄文時代に生息したニホンジカの古食性に多様性を確認した本研究成果は、同種が更新世末の大型哺乳類の絶滅を乗り越え、現在なお日本列島に広く生息していることを理解する上で重要な手がかりになります。今後、分析対象をさらに他の時代・地域に広げることで、ニホンジカの食性に見られる特性や、人との関わりの中で生じた同種生態の変化も明らかにできると考えています。
3.調査・研究成果の公開
鳥浜貝塚から出土したニホンジカの古食性に関する調査・研究成果は、日本哺乳類学会2021年度大会で口頭発表の後、2022年10月10日に「Frontiers in Ecology and Evolution」へ論文掲載されました。
DOI: https://doi.org/10.3389/fevo.2022.957038
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新領域創成科学研究科 広報室