日本周辺海域のアカサンゴの遺伝的な集団構造の一部が明らかに~アカサンゴの保全に貢献~

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2023-04-27 産業技術総合研究所

ポイント

  • 日本周辺海域に生息するアカサンゴの一塩基多型情報を用いた集団遺伝解析および幼生分散シミュレーションを実施
  • 遺伝的多様性が低い集団は見られず、広域で遺伝的交流が維持されていることが判明
  • 幼生分散シミュレーションと組み合わせた解析により、他の集団と交流が制限されている集団の存在が明らかに

概要図

左:幼生分散のシミュレーションの一例。右:一塩基多型情報を用いた主成分分析(それぞれの点の距離は遺伝学的な違いを反映している)。
※Frontiers in Marine Science誌に掲載された図を改変

概要

国立研究開発法人 産業技術総合研究所(以下「産総研」という)地質調査総合センター地質情報研究部門の喜瀬浩輝産総研特別研究員(研究当時)、井口亮主任研究員、齋藤直輝研究員、鈴木淳研究グループ長と立正大学地球環境科学部の岩崎望教授らは、準絶滅危惧種(NT)に指定されているアカサンゴについて、日本周辺の5海域で採集したサンプルを用いて集団遺伝解析を実施しました。さらに、海水流動モデルを用いて幼生分散のシミュレーションを行うことで、それぞれの集団間における交流関係を評価しました。その結果、各集団間、特に黒潮の流路に位置する集団間では、遺伝的な分化は検出されず、遺伝的交流が広く維持されていることが明らかになりました。一方、黒潮の流路から外れたことによって、他の地域からの交流が制限された集団も存在することが明らかとなりました。本研究によって得られた成果は、アカサンゴの保全を図るために、重要な知見となります。この成果は令和5年4月27日(日本時間)にFrontiers in Marine Science誌(電子版)に掲載されます。

研究の背景

アカサンゴは、八放サンゴ綱サンゴ科に属する固着性の刺胞動物(図1)で、国内では相模湾以南の水深75-300 mの海底に生息しています。本種は、宝石珊瑚とも呼ばれ、国内では古くから装身具として用いられており、重要な経済的・文化的価値を持っています。しかし長年にわたって過剰に漁獲されてきたことから、資源量の減少が危惧されてきました。そのため現在、環境省が選定するレッドリストで「準絶滅危惧(NT)」に分類されています。また中国産のアカサンゴがワシントン条約の附属書IIIに掲載され、国際的な取引が規制されています。

遺伝的多様性は、生物の健全度を捉える指標であり、変動する環境に適応するための原動力となります。一般に、ある集団において生物の個体数が激減すると、近親交配などの影響によって遺伝的多様性も低下し、環境変化に対応しにくくなることが知られています。また遺伝的多様性は、さまざまな遺伝子を持った個体の交流(遺伝的交流)によって維持されています。従って、遺伝的多様性および遺伝的交流の程度を把握することは、生物の適切な保全のために有益な情報となります。しかし日本周辺海域のアカサンゴについて、遺伝的多様性や遺伝的交流に関する研究は、日本周辺海域ではほとんど行われてきませんでした。

図1

図1.宝石珊瑚して知られるアカサンゴの群体

研究の内容

本研究では、日本周辺海域におけるアカサンゴの遺伝的多様性や遺伝的交流を明らかにすることを目的として、先島・沖縄諸島、奄美大島、鹿児島、高知、小笠原からアカサンゴの一部を採集し(図2)、RAD-seqという手法を用いて、核ゲノム内にある一塩基多型情報を抽出し、遺伝的集団構造を調べました。さらに、2019-2021年の黒潮の流れをメインとした海水流動モデルJCOPE2M(海洋研究開発機構)を用いた幼生分散のシミュレーションを実施し、遺伝子解析の結果と比較することで、集団間の交流関係を評価しました。

図2

図2.研究で使用したアカサンゴを採集した地点
※Frontiers in Marine Science誌に掲載された図を改変

RAD-seqを用いた集団遺伝解析の結果、鹿児島と奄美大島の集団で遺伝的構成に違いが見られ、両集団の間に流れている黒潮の影響によって鹿児島の一部の集団が遺伝的に孤立した可能性があることが考えられました(図3)。

図3

図3.各集団間の遺伝的差異を遺伝的分化尺度であるFSTで示したヒートマップ図。FST値が低いところ(水色)、すなわち、集団間で遺伝的差異が小さいところが多く、遺伝的交流が広範囲で維持されていることを示す。一方、鹿児島と奄美大島で最も高いFST値(赤色)が検出され、この2つの集団間に比較的大きな遺伝的な差異が見られることを示す。
※Frontiers in Marine Science誌に掲載された図を改変

その一方で、遺伝的多様性を表す尺度であるヘテロ接合度は、全ての集団において0.08-0.1程度あり、今回調べたアカサンゴ集団の中では、遺伝的多様性が特に低い集団は見つかりませんでした。また遺伝子流動の量や方向性を解析した結果、集団間(特に黒潮の流路に位置する集団)の遺伝的交流は広く維持されていることが明らかになりました。さらに幼生散のシミュレーションにおいて、幼生に見立てた粒子が集団間を移動しており、集団遺伝解析の結果を支持する結果となりました。小笠原の集団は地理的に他集団と離れていますが、遺伝子解析では他の集団と交流している可能性が示唆されました。しかし今回解析した小笠原の集団の個体数が少なかったことから、今後さらなる追加解析が必要です。本研究の成果は、アカサンゴの保全を考えていく上で、重要な基礎的知見となることが期待されます。

図4

図4.幼生分散のシミュレーションの一例。幼生に見立てた粒子の移動を示している。赤色の星が粒子の放出点、オレンジ色の星がサンプリング地点をそれぞれ表す。水色の線は、幼生の分散の軌跡を表している
※Frontiers in Marine Science誌に掲載された図を改変

本研究は、(独)日本学術振興会の科学研究費助成事業(17K07274:代表・岩崎望)、農林水産省の新たな農林水産政策を推進する実用技術開発事業(22032)、平成26年度水産庁事業(小笠原周辺海域宝石サンゴ緊急対策事業)、産総研・環境調和型産業技術研究ラボ(E-code)の支援を受けて実施しました。

論文情報

掲載誌:Frontiers in Marine Science
論文タイトル:Genetic population structure of the precious coral Corallium japonicum in the Northwest Pacific
著者:Hiroki Kise, Akira Iguchi, Naoki Saito, Yuki Yoshioka, Koji Uda, Tomohiko Suzuki, Atsushi J. Nagano, Atsushi Suzuki, Nozomu Iwasaki
DOI:10.3389/fmars.2023.1052033

用語解説
ワシントン条約
絶滅が危惧されている野生動植物の種の国際取引に関する条約で、保護が必要と考えられる野生動植物を附属書Ⅰ、Ⅱ、Ⅲに区分している。
RAD-seq
次世代シーケンシング技術を用いてゲノムの特定の領域を高速かつ低コストで解析する手法の一つ。
一塩基多型
同種の個体間のゲノムDNAの塩基配列を比較した際に、一つの塩基が他の塩基に置き換わっているものを一塩基多型と呼ぶ。集団遺伝学的解析や分子系統学的解析で広く利用される。一塩基多型情報を調べることで、各個体が互いにどの程度近縁かを簡単に調べられる。
ヘテロ接合度
ある集団において、相同な遺伝子座を調べた時に、対立遺伝子(異なる遺伝情報を有する遺伝子)が異なっている個体の割合。
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