2022-11-14 埼玉大学,基礎生物学研究所
埼玉大学大学院理工学研究科の萩原拓真大学院生、豊田正嗣教授(サントリー生命科学財団・SunRiSE Fellow、米国ウィスコンシン大学マディソン校・Honorary Fellow)の研究グループは、基礎生物学研究所の長谷部光泰教授の研究グループと共同で、オジギソウの運動を引き起こす長距離・高速シグナルを可視化し、この葉の動きが草食性昆虫から身を守る役割があることを明らかにしました。
本研究グループは、カルシウム(Ca2+)1のバイオセンサー2遺伝子を組み込んだ「光る」オジギソウ3を作出して、オジギソウが傷つけられた時に発生させるCa2+シグナル1の可視化に成功しました(図1)。オジギソウが傷つけられると、傷つけられた部位からCa2+・電気シグナル4が発生し、このシグナルが運動器官である葉枕(ようちん)5に到達すると、そのわずか約0.1秒後に葉の運動が起こることがわかりました(図3)。また、薬理学的手法やゲノム編集技術(CRISPR/Cas9)6を用いて「おじぎをしない」オジギソウを作出して、バッタなどの草食性昆虫を用いた食害実験を行った結果、昆虫は葉を動かさないオジギソウをより多く食べることが明らかになりました(図5)。
オジギソウは、昆虫などに傷つけられると、危険信号としてCa2+・電気シグナルを全身に伝達させ、葉を高速に動かすことで昆虫から身を守っていると考えられます。
本成果は、2022年11月14日(ロンドン現地時間)に、英国科学雑誌『Nature Communications』に公開されます。
図1 オジギソウを傷つけた時に発生する長距離・高速Ca2+シグナルの可視化
細胞内Ca2+濃度が高くなると、Ca2+バイオセンサー(GCaMP)が明るく光ります。葉をハサミで傷つけると(2秒、白矢印)、葉枕でCa2+シグナルが発生し(黄矢尻)、次々に葉の運動が起こります(赤矢尻)。
【ポイント】
●オジギソウは動く植物として有名ですが、「どのようにして、葉を次々に閉じるのか」、「何のために葉を動かす(おじぎをする)のか?」については、不明でした。
●この生物学における長年の謎を解き明かすために、ゲノム編集技術などを用いてCa2+シグナルを可視化するための「光る」オジギソウや「おじぎをしない」オジギソウを作出しました。
●独自のイメージング・電気生理学的技術を駆使して、これらのオジギソウを解析した結果、
① オジギソウは触れられたり、傷つけられたりすると、全身にCa2+・電気シグナルを高速に伝達させ、葉を次々と動かすこと
② この運動が、虫害防御高速運動として昆虫からの食害を防ぎ、自分の身を守っていること
が明らかになりました。
【研究内容】
研究背景
植物には神経や筋肉はありません。しかし、オジギソウは、接触や傷害といった刺激を感じて、葉枕(ようちん)と呼ばれる運動器官を屈曲させることで、次々と葉を動かします(図2)。オジギソウの研究の歴史は古く、チャールズ・ダーウィンの時代にまで遡りますが、この高速運動を引き起こす長距離シグナル分子の正体や、高速運動の生理学的役割は、長らく明らかになっていませんでした。
図2 オジギソウの高速運動と葉枕
オジギソウを刺激すると、運動器官である葉枕(赤矢印、上図)が屈曲し、葉が動きます。オジギソウには3種類の葉枕があり、葉の高速運動に関わっているのは主葉枕と小葉枕で、副葉枕はあまり動きません(赤丸、下図)。本研究では、主に小葉枕に着目して研究しています。
研究結果
オジギソウの高速運動を引き起こす長距離シグナルを特定するために、カルシウム(Ca2+)の蛍光バイオセンサー(GCaMP)を発現させた「光る」オジギソウを作出し、接触や傷害時に発生するCa2+シグナルを可視化しました(図1,3,4)。葉をハサミで傷つけると、運動器官である葉枕で次々とCa2+シグナルが発生し、葉が閉じました(図1)。Ca2+シグナルと運動の高速イメージングを行った結果、Ca2+シグナルが葉枕に到達して、わずか約0.1秒後に葉が運動することが明らかになりました(図3)。
図3 葉枕のCa2+シグナルと運動の高速イメージング
葉をハサミで傷つけると、葉枕でCa2+シグナル(黄矢尻)が発生し(傷害後2.5秒)、そのわずか約0.1秒後に葉の運動が観察されました(赤線、傷害後2.6秒)。
古くから、オジギソウの運動には活動電位のような電気シグナルが関与していることが示唆されていました。我々が発見したCa2+シグナルと電気シグナルとの関係を調べるために、Ca2+および電気シグナルを同時測定できる蛍光イメージング・電気生理学的技術を開発し、2つのシグナルの時空間的な解析を行いました(図4)。オジギソウが傷つけられると、傷つけられた部位からCa2+シグナルと電気シグナルが発生し、葉脈などを介して全身に伝播しました。この時、Ca2+と電気シグナルが通過するタイミングや伝達速度などの時空間情報が一致していることがわかりました。
図4 オジギソウを傷つけた時(0秒、白矢印)に発生するCa2+・電気シグナルの同時測定
Ca2+シグナル(黄矢尻、左図)はGCaMPを用いて可視化し、電気シグナルは2つの電極(白破線、左図)を葉に当てて記録しました。Ca2+シグナル(赤線、右図)と電気シグナル(青線、右図)は、同じ速度で、同じ地点を通過し、葉の運動(赤矢尻、左図)を引き起こしました。
このCa2+・電気シグナルおよび葉の高速運動は、Ca2+チャネル7を阻害する薬剤(La3+やverapamil)やCa2+をキレート8する薬剤(EGTA)を処理すると起こらなくなりました。よって、Ca2+がオジギソウの運動を引き起こすスイッチ(長距離・高速シグナル)として働いていると考えられます。
高速運動の生理学的役割を明らかにするために、薬理学的にLa3+を処理した動かないオジギソウに加えて、ゲノム編集技術(CRISPR/Cas9)を用いて、葉枕を欠損した「おじぎをしない」オジギソウ(elp1b変異体)を作出しました(図5)。これらの「おじぎをしない」オジギソウを用いて、葉の運動能力の有無が昆虫の行動に与える影響を調べました。動く葉と動かない葉を隣り合わせに並べ、バッタに食べさせると、バッタは動かない葉をより多く食べることがわかりました(図5)。この結果は、葉の高速運動が草食性昆虫に対する防御機構として働いているということを示しています。
図5 「おじぎをしない」オジギソウを用いた食害実験
葉を傷つけると(0秒、矢印)、野生型の葉は運動しますが(15秒)、La3+を処理した葉や、葉枕が無いelp1b変異体の葉は動きません(上図)。バッタは、動く葉よりも動かない葉を好んで食べたため(赤矢印、左下図)、実験後の葉の重量は、動かない葉の方が低くなりました(右下図)。
オジギソウの運動が虫害防御反応である、という我々の仮説を検証するために、オジギソウが昆虫に攻撃された時のCa2+シグナルと葉の運動、さらに昆虫の挙動をリアルタイムイメージングしました。バッタがオジギソウの葉を摂食すると、Ca2+シグナルの伝達と連動して葉が次々と閉じ、その後、バッタは摂食を止め、他の場所に移動していきました(図6)。
図6 バッタの食害(0秒・60秒、白矢印)によって起こるCa2+シグナルと葉の高速運動
バッタが葉をかじると、葉枕でCa2+シグナルが発生し(黄矢尻)、葉の運動が起こりました(赤矢尻)。この葉の高速運動によって、バッタは摂食を止め、別の場所へと移動していきました。
モデル
これらの結果に基づき、オジギソウの虫害防御高速運動モデルを提唱しました(図7)。オジギソウが昆虫による食害を受けると、Ca2+・電気シグナルを全身に伝達させます。Ca2+・電気シグナルが葉枕に到達すると、葉が次々と運動し、この高速運動が昆虫の摂食行動を妨げます。オジギソウはこの虫害防御高速運動を有することで、動かない他の植物よりも食べられにくいと考えられます。
図7 オジギソウの虫害防御高速運動モデル
用語解説
1. 細胞内カルシウムイオン(Ca2+)、Ca2+シグナル
細胞内で遊離しているカルシウムイオンのことで、筋肉の収縮や神経伝達など、様々な生理学的役割を果たしています。一般的に、細胞内のカルシウムイオン濃度は、細胞外に比べて10000倍程度低く保たれており、細胞内のカルシウムイオンの濃度変化が、次の生体反応を引き起こすスイッチ(シグナル)として働いています。
2. バイオセンサー(GCaMP)
緑色蛍光タンパク質(GFP)に、カルシウムイオンを結合するドメイン(領域)を融合したタンパク質 (Nakai et al., Nature Biotechnology 2001; Chen et al., Nature 2013)。細胞内のカルシウムイオンを結合すると明るく緑色に光ります(下図)。
3. オジギソウ
熱帯など、暖かい地域で広くみられるマメ科の植物。葉を触ったり傷つけたりすると、素早く葉を折りたたむ(おじぎをする)ことが特徴で、古くから研究が行われてきました。
4. 電気シグナル
植物細胞は、細胞膜を隔てて、その内外で電位差(静止膜電位)を形成しています。何らかの刺激を受けると、細胞膜の電位が一過的に変化して、活動電位などの電気シグナルが伝播します。電気シグナルは、刺激を受けた情報を刺激を受けていない部位に伝達する役割を果たしていると考えられています。
5. 葉枕(ようちん)
葉を動かすために必要な器官。葉枕が屈曲することで、葉が動きます。オジギソウにおいては、葉枕を形成するのに必要な遺伝子(ELP1B1およびELP1B2)を欠損した変異体(elp1b変異体)では、葉枕が作られなくなり、葉は動きません。
6. CRISPR/Cas9
ゲノム上の特定の配列を狙って編集することができるゲノム編集技術。本研究では、葉枕の形成に必要なELP1B1およびELP1B2遺伝子を改変し、葉枕をもたないelp1b変異体を作出しました。
7. Ca2+チャネル
生体膜に発現しているタンパク質で、刺激が与えられると、カルシウムイオンを透過させる小孔が開き、カルシウムイオンが流れます。
8. キレート
金属イオンを、別の分子が挟み込むようにしてできた錯体のことをキレートと呼びます。本研究で使用したEGTAは、カルシウムイオンと選択的に結合し、除去することができます。
【論文情報】
掲載誌: Nature Communications
論文名: Calcium-mediated rapid movements defend against herbivorous insects in Mimosa pudica (カルシウムによって介在される高速運動は、草食性昆虫からオジギソウを守る)
著者名: Takuma Hagihara, Hiroaki Mano, Tomohiro Miura, Mitsuyasu Hasebe, Masatsugu Toyota
DOI: https://doi.org/10.1038/s41467-022-34106-x
【研究支援】
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