2022-11-21 京都大学iPS細胞研究所
ポイント
- ヒト心筋線維芽細胞において、p38阻害剤単独または免疫抑制剤タクロリムスやシロリムスとの併用により、線維化を抑えることが可能であった。
- iPS細胞由来の心臓オルガノイドでは、タクロリムスやシロリムスによってp38阻害剤の抗線維化効果を打ち消された。
- この結果は、心臓線維芽細胞以外の細胞との相互作用により薬剤に対する反応が調節されることを反映している可能性を示している。
- iPS細胞由来心臓オルガノイドは、心疾患の治療評価における重要なツールとなると考えられた。
1. 要旨
Yu Tian大学院生(CiRA増殖分化機構研究部門、医学研究科)、Antonio Lucena-Cacace特命助教(CiRA同部門)および吉田善紀准教授(CiRA同部門)らのグループは、心臓オルガノイドを用いた薬剤心毒性評価のための前臨床モデルについて報告しました。
研究グループはiPS細胞由来の心臓オルガノイドを作製し、心臓の線維化を再現し、一般的に使用される免疫抑制剤と併用した心筋線維化治療薬の評価を行いました。ヒト心筋線維芽細胞を使って線維化を再現した細胞モデルにおいては、p38阻害剤単独または免疫抑制剤タクロリムスやシロリムスとの併用により、線維化を抑えることが可能でした。
iPS細胞由来の心臓オルガノイドで心筋線維化の状態を再現し、p38阻害薬が心筋損傷後の瘢痕化に主に関与するタンパク質COL1A1(1型コラーゲンα1鎖)の産生を効果的に低下させることを見出しました。また、併用した免疫抑制剤(Tacrolimus、Sirolimus)はその効果を阻害し得ることを明らかにしました。この結果は、心臓内の心臓線維芽細胞以外の細胞との相互作用により薬剤に対する反応が調節されることを反映している可能性を示唆しています。
このように、iPS細胞由来心臓オルガノイドは、心臓の細胞間の分子コミュニケーションを研究するための多細胞プラットフォームであり、心疾患の治療評価における重要な前臨床ツールとなると考えられます。
この研究成果は2022年11月11日15時 (日本時間)に「Frontiers in Cell and Developmental Biology」で公開されました。
2. 研究の背景
心臓の線維芽細胞は心臓が傷害を受けた際に線維化を生じさせ、創傷治癒を担う重要な存在です。しかし、同時に線維化は、心臓の機能の十分な回復を妨げることにもつながります。傷害を受けた心臓の機能を適切に回復させるためには、線維化を改善する治療が必要となります。
これまで線維化を改善させるための新しい治療法を発見するために、線維芽細胞のみを考慮した実験が行われてきました。しかし、細胞間のクロストークが薬剤の効果に重要な影響を与える可能性があることが知られています。そこで研究グループはiPS細胞由来の複数の種類の細胞からなる心臓オルガノイドを用いて実際の臓器に近い細胞環境を再現することにより薬剤の効果を評価しました。
3. 研究結果
1) ヒト心臓線維芽細胞におけるTGFβ1に対する線維化反応の薬剤による抑制
研究グループはTGFβ1による線維化反応を抑える薬剤としてmTOR阻害剤であるシロリムス(Sirolimus)、カルシニューリン阻害薬であるタクロリムス(Tacrolimus)という二種類の免疫抑制薬とp38阻害薬であるSB202190の3つの薬剤に着目し、培養したヒト心臓線維芽細胞においてTGFβ1刺激による線維化の指標としてCOL1A1の発現の評価を行いました。
その結果、SB202190とシロリムスがそれぞれ単剤でTGFβ1刺激によるCOL1A1の発現を抑制しました。さらに、SB202190とタクロリムスまたはシロリムスの併用によってCOL1A1の抑制効果が確認されました。
図1. COL1A1(赤色)の免疫染色による発現解析
培養心臓線維芽細胞にSB202190(10 μM), タクロリムス(Tacrolimus) (10 μM)、シロリムス(Sirolimus) (200 nM)による刺激を行った。
2) ヒトiPS細胞を用いた心臓オルガノイドの作製
ヒトiPS細胞から3ステップによる分化誘導プロトコールにより心筋細胞(TNNT2陽性)、心外膜細胞(WT1陽性)、心内膜細胞(NFATC1陽性)、心臓線維芽細胞(VIM, THY1陽性)を含むオルガノイドを作製しました。
図2.複数の心臓の細胞から構成されるiPS細胞由来心臓オルガノイド
上から心外膜細胞、内皮細胞/心筋細胞、心内膜細胞/心筋細胞、心臓線維芽細胞/心筋細胞。
3) ヒトiPS細胞を用いた心臓オルガノイドにおける薬剤の反応性
作製した心臓オルガノイドにおいて、前述のp38阻害薬SB202190と2種類の免疫抑制剤(シロリムスとタクロリムス)の効果の評価を行いました。TGFβ1によるCOL1A1の発現はSB202190によってのみ抑えられました。一方、SB202190とタクロリムスまたはシロリムスの併用においてはCOL1A1の発現は抑えられず、SB202190による抗線維化効果はこれらの薬剤により失われてしまうことが確認されました。
図3. ヒト心臓オルガノイドの免疫染色によるCOL1A1の発現解析(COL1A1赤、VIM緑)
ヒト心臓オルガノイドに対してSB202190、タクロリムス、シロリムス、SB202190とタクロリムス又はシロリムスの併用によるTGFβ1刺激によるCOL1A1の発現を評価した。
4) まとめ
心臓線維芽細胞単独のモデルにおいてはp38阻害薬単独あるいはp38阻害薬と免疫抑制剤(タクロリムス、シロリムス)の併用は線維化を抑制する効果が認められました。一方、複数の細胞種からなる心臓オルガノイドにおいてはp38阻害薬による心臓線維化抑制作用は、タクロリムス、シロリムスの併用により打ち消される結果となりました。
このように心臓線維芽細胞単独のモデルと心臓オルガノイドにおいて異なった結果が得られたことは、線維芽細胞以外の細胞を介した反応がp38阻害薬による抗線維化効果を変化させることによるものと考えられます。
4. 本研究の意義と今後の展望
本研究では、心臓を含む多くの臓器に影響を与える線維化に対して治療効果を示すp38阻害薬と免疫抑制剤の併用による影響を検討しました。複数の種類の細胞からなるiPS細胞由来心臓オルガノイドを用いることにより、p38阻害薬は線維化の抑制において抗線維化作用を示しましたが、心臓オルガノイドでp38阻害薬と免疫抑制剤を併用すると抗線維化作用は打ち消される結果になりました。この結果は心臓組織(オルガノイド)において線維芽細胞以外の細胞が薬剤に対する反応を調節していることを反映していると考えられます。
この3次元オルガノイドを用いた心疾患モデルは、患者由来iPS細胞を用いた創薬研究や個別化医療への応用が期待できます。
5. 論文名と著者
- 論文名
Immunosuppressants Tacrolimus and Sirolimus revert the cardiac antifibrotic properties of p38-MAPK inhibition in 3D-multicellular human iPSC-heart organoids. - ジャーナル名
Frontiers in Cell and Developmental Biology - 著者
Yu Tian1,2, Yuta Tsujisaka1,3, Vanessa Y Li1,4, Kanae Tani1,2, Antonio Lucena-Cacace1*, and Yoshinori Yoshida1*
*責任著者 - 著者の所属機関
- 京都大学iPS細胞研究所(CiRA)
- 京都大学大学院医学研究科
- 京都大学医学部医学研究科循環器内科学
- Wellesley College, Wellesley, MA, USA
6. 本研究への支援
本研究は、下記機関より支援を受けて実施されました。
- 日本学術振興会 科研費
- AMED再生医療実現拠点ネットワークプログラム
- AMED 医薬品等規制調和・評価研究事業
- Leducq Foundation
- iPS細胞研究基金