極域でサメ、エイ類の多様性が乏しい理由を解明

ad

2023-04-21 国立極地研究所

国立極地研究所の渡辺佑基准教授(現総合研究大学院大学教授)を中心とする研究グループは、低温環境に生息する軟骨魚類(サメ、エイ類)は硬骨魚類と異なり、代謝速度に関する低温への適応が見られないことを示しました。また、軟骨魚類は硬骨魚類に比べ、極域における種の多様性が乏しいことを見つけました。本成果は、極域に見られる魚類の多様性のパターンの理解とその背後にあるメカニズムの解明につながると期待されます。

研究の背景

魚類は変温動物であるため、環境温度が下がるほど代謝速度を始めとする生命活動の速度が下がります。そのため極域の冷たい海は、魚類にとって生存の厳しい環境だと考えられます。それにもかかわらず、南極や北極の海には多様な硬骨魚類が生息しています。いっぽう、軟骨魚類(サメ、エイ類)は極域にはあまり見られません。こうした事実は、低温への適応の度合いが硬骨魚類と軟骨魚類で異なることを示唆しますが、この点に着目した研究例はこれまでありません。

研究の内容

本研究では、以下の二つの仮説を検証しました。

(1)低温環境に生息する硬骨魚類は代謝速度に関して低温に適応しており、同じ環境に生息する軟骨魚類に比べて高い代謝速度を示す。
(2)そうした違いはグローバルスケールの種の多様性のパターンと繋がっている。

文献に基づき、硬骨魚類100種および軟骨魚類34種から安静時の代謝速度のデータを集めました。種間で比較した際、硬骨魚類と軟骨魚類はともに、温度が下がるほど代謝速度が下がりました。しかし、硬骨魚類は軟骨魚類に比べて温度への依存性が低く、低温において軟骨魚類よりも高い代謝速度を示しました(図1)。次に、種間の温度依存性(異なる種を比較した際の温度依存性)を種内の温度依存性(同一の種を異なる水温で調べた際の温度依存性)と比較しました。硬骨魚類では前者が後者に比べて低くなっていましたが、軟骨魚類では両者に差がありませんでした(図2)。つまり、個々の種の温度依存性は硬骨魚類と軟骨魚類で差がありませんが、多くの種を比較した時、硬骨魚類は温度の影響を和らげる進化を遂げてきたと言えます。言い換えれば、硬骨魚類では代謝速度に関する低温への適応が見られましたが、軟骨魚類では同様の適応は見られませんでした。

極域でサメ、エイ類の多様性が乏しい理由を解明

図1:硬骨魚類(a)と軟骨魚類(b)における安静時の代謝速度(体重1キロに補正した値)と水温の関係。一つの点が一つの種を示す。硬骨魚類は軟骨魚類に比べて温度依存性が低く、低温での代謝速度が高いことがわかる。

図2:硬骨魚類(a)と軟骨魚類(b)の代謝速度における種間の温度依存性と種内の温度依存性の比較。Q10は温度が10度上がるごとに代謝速度が何倍になるのかを示す。硬骨魚類では種間の温度依存性が種内の温度依存性よりも低いが、軟骨魚類では両者に差がない。


さらに、魚類の多様性や分布に関する公開データを分析しました。硬骨魚類と軟骨魚類はともに、緯度が高くなるほど種の多様性が下がりました。しかし、その下がり方に違いが見られました。極域を含む高緯度海域(とりわけ南極付近)において、軟骨魚類の多様性が著しく低く、軟骨魚類に対する硬骨魚類の種数の比が高くなっていました(図3)。

図3:硬骨魚類(a)と軟骨魚類(b)における種の多様性のパターンの違い。軟骨魚類は高緯度海域(とりわけ南極付近)における種の多様性がとりわけ低い。(c, d)別のデータセットに基づく種数と緯度の関係。高緯度海域、とりわけ南半球の高緯度海域において、軟骨魚類に対する硬骨魚類の種数の比が高くなっている。


以上の結果から、上記の二つの仮説が支持されました。硬骨魚類と軟骨魚類では代謝速度に関する低温適応に差があることが示され、それが高緯度海域における種の多様性の差に繋がっていることが示唆されました。

今後の展望

硬骨魚類の中にはサケ科魚類のように、低水温でも高い代謝速度を持ち、活発に泳ぎ回る種がいます。いっぽうで、低水温に生息する軟骨魚類は、ニシオンデンザメに代表されるように代謝速度が低く、動きが緩慢な種がほとんどです。本研究では、こうした硬骨魚類と軟骨魚類の差を初めて定量的に示し、グローバルスケールの種の多様性のパターンとの繋がりを明らかにしました。しかし、なぜ硬骨魚類に低温適応が見られて軟骨魚類では見られないのか、またなぜ南極と北極で種の多様性に差があるのかなど、多くの疑問が残されており、さらなる調査が必要です。

発表論文

掲載誌:Nature Communications
タイトル:Thermal sensitivity of metabolic rate mirrors biogeographic differences between teleosts and elasmobranchs
著者:
渡辺 佑基(国立極地研究所 生物圏研究グループ 准教授、現総合研究大学院大学 統合進化科学研究センター 教授)
Nicholas Payne(Trinity College Dublin)
URL:https://www.nature.com/articles/s41467-023-37637-z
DOI:10.1038/s41467-023-37637-z
論文公表日:2023年4月12日

お問い合わせ先

研究内容について
総合研究大学院大学 統合進化科学研究センター 教授 渡辺佑基(わたなべゆうき)

報道について
国立極地研究所 広報室

生物化学工学
ad
ad
Follow
ad
タイトルとURLをコピーしました