ホルミシス効果の獲得と継承を担う小分子RNA~ストレスを受けた親が生存能力の高い子を生む仕組み~

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2021-02-17 理化学研究所

理化学研究所(理研)生命機能科学研究センター老化分子生物学研究チームの岡部恵美子リサーチアソシエイト、宇野雅晴研究員、西田栄介チームリーダーらの研究チームは、マイルドな環境ストレスにより誘導される個体のストレス耐性(ホルミシス効果[1])が、小分子RNA(small RNA)[2]による組織間コミュニケーションを介して子孫へ継承されることを発見しました。

本研究成果は、親が経験した環境情報を次世代に伝えることで子孫の生存能力を高める、という生物の生存戦略の一つについての新たな知見となります。

生物は常にさまざまな環境ストレスにさらされています。過度なストレスは生物に悪影響を与えますが、マイルドなストレスを経験した個体はしばしばストレス耐性を獲得することが知られており、これは「ホルミシス効果」と呼ばれます。特に線虫[3]では、ホルミシス効果は世代を超えて継承されることが観察されています。

今回、研究チームは、親の線虫にマイルドな環境ストレス(高浸透圧刺激[4])を与えることで誘導されるストレス耐性の獲得と、その継承に関わる因子として、2種類のsmall RNA経路(microRNA[5]経路とendo-siRNA[5]経路)を同定しました。さらに、それらsmall RNAを介した神経、腸、生殖腺の組織間コミュニケーションが重要な役割を果たしていることを明らかにしました。

本研究は、科学雑誌『Communications Biology』(2月16日付)にオンライン掲載されました。

背景

生物は常に、ウイルス感染や飢餓、温度変化などさまざまな環境ストレスにさらされています。過度なストレスは生物に悪影響を与えますが、マイルドなストレスはストレス耐性を誘導し、結果的に個体に有益な効果(ホルミシス効果)をもたらすことが知られています。

これまでに研究チームは、モデル生物である線虫を用いた実験から、親にマイルドな環境ストレスを与えることで獲得される酸化ストレス[6]耐性の上昇が、数世代にわたり子孫へ継承されること注1)、さらに酸化ストレス耐性の継承にはエピジェネティクス[7]による制御を介した体細胞-生殖細胞の組織間伝達が必要であることを明らかにしていました注2)。しかし、親から子へ獲得したストレス耐性を継承する分子や経路の詳細については明らかになっていません。そこで、研究チームはマイルドな環境ストレス(高浸透圧刺激)により誘導される酸化ストレス耐性が子孫へ受け継がれる分子メカニズムの解明を試みました。

注1)Kishimoto, S., Uno, M., Okabe, E., Nono, M. & Nishida, E. Environmental stresses induce transgenerationally inheritable survival advantages via germline-to-soma communication in Caenorhabditis elegans. Nat. Commun. 8, 14031 (2017).

注2)2020年3月11日プレスリリース「ストレス耐性は親から子へ継承される

研究手法と成果

線虫では、主要なエピジェネティクス制御因子の一つとして、ノンコーディングRNAが知られています。本研究では、ノンコーディングRNAの一種である小分子RNA(small RNA)に注目し、酸化ストレス耐性の継承に関わるsmall RNA経路の同定を試みました。Small RNAには三つのクラスがあり、一つは生殖細胞のみで発現しますが、endo-siRNAとmicroRNAの二つのクラスは体細胞でも発現します。ストレス耐性の獲得と継承には、体細胞から生殖細胞へのストレス情報の伝達が重要だと考えられるため、体細胞で発現するendo-siRNAとmicroRNAの役割についてまず検討しました。

親世代で浸透圧刺激を与えて育てた正常個体(野生型)の線虫では、親世代と子世代の両方でストレス耐性の上昇が見られました。一方、endo-siRNA経路が機能しない変異体においては、親世代ではストレス耐性の上昇が見られましたが、子世代では見られませんでした。また、microRNA経路が機能しない変異体では、親世代と子世代の両方でストレス耐性の上昇が見られませんでした。このことから、endo-siRNA経路はストレス耐性の継承に関与し、microRNA経路はストレス耐性の獲得および継承に関与することが分かりました(図1)。

元素周期表の図

図1 ストレス耐性の獲得とその継承に関わるSmall RNA

左:正常な個体にマイルドな環境ストレス(浸透圧刺激)を与えると、酸化ストレス耐性が上昇し、その効果は子世代にも伝わる。

中:endo-siRNA経路が機能しない変異体では、親世代ではストレス耐性が上昇したが、その効果は子世代に継承されなかった。

右:miRNA経路が機能しない変異体では、親世代と子世代の両方でストレス耐性が上昇しなかった。


Small RNAは他のRNAと同様に核内で生成されますが、一部のsmall RNAは細胞外に分泌されることが知られています。Small RNAがストレス耐性情報を親から子へと伝えるシグナル分子であれば、ある組織で放出されたsmall RNAが別の組織に作用している可能性が考えられます。そこで、small RNAを細胞内へ取り込む膜チャネルをコードする遺伝子の変異体を用いて、ストレス耐性の解析を行いました。その結果、endo-siRNAやmicroRNAの発現は正常であるにもかかわらず、膜チャネル変異体では親世代、子世代共にストレス耐性の上昇が見られませんでした。このことから、small RNAの組織間輸送は、ストレス耐性の獲得と継承の両方に必要であることが明らかになりました。さらに、膜チャネルをコードする遺伝子を組織ごとにノックダウンする実験から、ストレス耐性の獲得には腸組織への、ストレス耐性の継承には生殖腺へのsmall RNAの取り込みが必要であることが分かりました。

ストレス耐性の継承には、endo-siRNAの機能と生殖腺へのsmall RNAの取り込みが必要であることが明らかになったので、生殖腺特異的に機能するendo-siRNA経路(germline nuclear RNAi経路[8])がストレス耐性の継承に関与するかを調べました。その結果、germline nuclear RNAi経路の因子とその下流で働くヒストン[7]修飾因子がストレス耐性の継承に関わることが分かりました。

最後に、シグナル因子として働くsmall RNAがどの組織で生成されることがストレス耐性の獲得と継承において重要であるかを調べました。その結果、ストレス耐性の獲得には神経で、ストレス耐性の継承には腸組織でmicroRNAが生成されることが必要であることが分かりました(図2)。

以上の結果より、高浸透圧により神経、腸で生成されたmiRNAが、生殖腺で機能するendo-siRNAとヒストン修飾因子を介してエピジェネティクス変化を引き起こすことで、親から子孫へとストレス耐性が受け継がれることが明らかになりました。

Small RNAを介した子孫へのストレス耐性の継承メカニズムの図

図2 Small RNAを介した子孫へのストレス耐性の継承メカニズム

ストレス耐性の「獲得」には、small RNAが神経で生成され、腸に取り込まれることが必要である。一方、ストレス耐性の「継承」には、small RNAが腸で生成され、生殖腺に取り込まれることが必要である。この結果、生殖腺ではヒストン修飾によるエピジェネティックス変化が生じる。

今後の期待

本研究により、マイルドな環境ストレスにより誘導されるストレス耐性が、複数のsmall RNA経路を介した組織間コミュニケーションにより子孫へ受け継がれることが初めて明らかになりました。この現象は、親が経験した環境情報をsmall RNAへと変換し子孫の適応力を高めるという、ホルミシス効果の継承による生物の生存戦略の一つである可能性が考えられます。

近年、さまざまな生物種において、親が獲得した形質が遺伝する現象が報告されています。Small RNA経路は線虫からマウス、ヒトに至るまで広く保存されていることから、他の生物種に対しても、本現象を理解する上で重要な知見となると期待できます。

補足説明

1.ホルミシス効果
ストレスや有害物質などが、微量では個体にとって有利な効果を示すこと。

2.小分子RNA、small RNA、ノンコーディングRNA
DNAから転写されるRNAには、タンパク質をコードするメッセンジャーRNA(mRNA)とタンパク質をコードしないノンコーディングRNA(ncRNA)がある。ncRNAのうち、長さが20~30塩基程度の短いものをsmall RNAと呼び、細胞分化や発生など様々な生命現象に関与することが知られている。

3.線虫
線形動物門に属する体長1mmほどの土壌動物。学名Caenorhabditis elegans。体が無色透明であることから、生きたまま細胞の中を顕微鏡で観察できることや、動物では初めて全ゲノム配列が解読されたこと、発生時の細胞分裂パターン(細胞系譜)が全て分かっていること、遺伝学的な実験手法、遺伝子機能の操作が容易であることなどから、モデル生物として広く利用されている。

4.高浸透圧刺激
本研究では、飼育培地の塩化ナトリウム濃度を通常時の3倍にすることで、マイルドな環境ストレスを与えた。

5.microRNA、endo-siRNA
Small RNAは生成機構や作用機序の違いからいくつかのクラスに分けられる。異なった機構で生成されるmicroRNAとendo-siRNAは、ともに遺伝子発現を調節することが知られている。endo-siRNA はendogenous small interfering RNAの略。

6.酸化ストレス
酸化ストレスは活性酸素によって引き起こされ、脂質やタンパク質が酸化されることによる分子機能の低下、DNAの損傷による遺伝子変異などを招く。本研究では、過酸化水素に晒した線虫の生存率を酸化ストレス耐性の指標とした。

7.エピジェネティクス、ヒストン
DNA塩基配列の変化に依らない遺伝子の調節機構をエピジェネティクスと呼ぶ。ヒストンは、DNAを巻き付け長大なDNAを核内に納める役割を担うタンパク質。エピジェネティックを制御する仕組みの一つは、ヒストンに生じる可逆的な化学修飾であることが分かっている。

8.germline nuclear RNAi経路
endo-siRNA経路のうち、生殖細胞の核内で働く経路をgermline nuclear RNAi経路と呼ぶ。この経路はヒストンH3K9のメチル化を促進することで遺伝子発現を抑制することが知られている。

研究チーム

理化学研究所 生命機能科学研究センター 老化分子生物学研究チーム
研究員 宇野 雅晴(うの まさはる)
リサーチアソシエイト 岡部 恵美子(おかべ えみこ)
研究員 岸本 沙耶(きしもと さや)
チームリーダー 西田 栄介(にしだ えいすけ)

研究支援

本研究は、日本学術振興会(JSPS)科学研究費補助金基盤研究(S)「寿命と発生を制御するシグナル伝達ネットワーク(研究代表者:西田栄介)」、同特別研究員奨励費「獲得形質の次世代の継承におけるsmall RNAの機能解析」(特別研究員:岡部恵美子)、日本医療研究開発機構(AMED)革新的先端研究開発支援事業ユニットタイプおよび科学技術振興機構(JST)戦略的創造研究推進事業(CREST)「組織・個体・次世代の恒常性を制御するシグナル伝達システムの解明(研究代表者:西田栄介)」、「老化速度制御の基本機構(研究代表者:西田栄介)」による支援を受けて行われました。

原論文情報

Emiko Okabe, Masaharu Uno, Saya Kishimoto and Eisuke Nishida, “Intertissue small RNA communication mediates the acquisition and inheritance of hormesis in Caenorhabditis elegans”, Communications biology, 10.1038/s42003-021-01692-3

発表者

理化学研究所
生命機能科学研究センター 老化分子生物学研究チーム
研究員 宇野 雅晴(うの まさはる)
リサーチアソシエイト 岡部 恵美子(おかべ えみこ)
チームリーダー 西田 栄介(にしだ えいすけ)

報道担当

理化学研究所 広報室 報道担当

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