COVID-19重症化における自然免疫細胞の関わりを明らかに ~シングルセル情報とゲノム情報の統合解析~

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2023-04-25 大阪大学

研究成果のポイント
  • 日本人148名(新型コロナウイルス感染症:COVID-19患者73名、健常者75名)由来の約90万の末梢血単核細胞(PBMC)を用いたシングルセル解析とともに、宿主ゲノム情報との統合解析を実施した。
  • 単球の中の希少細胞種であるCD14+CD16++単球がCOVID-19重症化に関与していることを見出した。
  • IFNAR2などゲノムワイド関連解析(GWAS)で同定されたCOVID-19重症化関連遺伝子は、主に単球および樹状細胞で特異的に機能していることが判明した。
  • COVID-19を含めた様々な感染症の新しい治療法や診断法の開発につながることが期待される。
概要

大阪大学大学院医学系研究科の枝廣龍哉 さん(博士課程)(遺伝統計学/呼吸器・免疫内科学)、白井雄也さん(博士課程)(遺伝統計学/呼吸器・免疫内科学)、熊ノ郷淳 教授(呼吸器・免疫内科学)、岡田随象 教授(遺伝統計学/東京大学医学系研究科 遺伝情報学/理化学研究所生命医科学研究センター システム遺伝学チーム チームリーダー)らの研究グループは、PBMCのシングルセル情報と宿主ゲノム情報との統合解析を実施することにより、COVID-19重症化における自然免疫細胞の役割を明らかにしました。

COVID-19重症化には血液免疫細胞の応答異常が関与していることが報告されていますが、SARS-CoV-2感染に対する宿主の免疫応答は未だ不明な点が多くあります。また、大規模GWASによりCOVID-19重症化における宿主の遺伝的なリスクの寄与が明らかになっていますが、その病態機序は十分に解明されていませんでした。

今回、研究グループは、大阪大学が収集した日本人集団のCOVID-19患者73名と健常者75名のPBMCのシングルセル解析を実施するとともに、宿主ゲノム情報との統合解析を行いました(図1)。その結果、単球の中の希少細胞種であるCD14+CD16++単球がCOVID-19患者で顕著に減少しており、その一因がCD14+CD16++単球への細胞分化不全であることが分かりました。また、遺伝子発現変動解析と細胞間相互作用解析により、CD14+CD16++単球の機能不全が重症化に関与していることも分かりました。さらに、GWASで同定されたCOVID-19重症化関連遺伝子は、単球および樹状細胞で特異的に発現していること、COVID-19に関連する遺伝子多型がSARS-CoV-2感染状況下かつ細胞種特異的なeQTL(expression quantitative trait loci)効果を有することが分かりました。

本研究成果によって、COVID-19重症化に関与する細胞種を明らかにするとともに、重症化の宿主遺伝的リスクは自然免疫細胞に集約されていることを見出しました。本成果は、今後の感染症研究に資するものと期待されます。

COVID-19重症化における自然免疫細胞の関わりを明らかに ~シングルセル情報とゲノム情報の統合解析~

図1. 本研究の概要

研究の背景

新型コロナウイルス(SARS-CoV-2)感染症(COVID-19)は、世界的流行(パンデミック)の始まりから3年以上経過した現在においても、未だに世界中の公衆衛生上の大きな問題となっています。COVID-19の症状は無症状から急性呼吸窮迫症候群に至る重症まで非常に多彩です。COVID-19の重症化を予測するとともに、新たな治療法を開発するために重症化のメカニズムを解明することが急務となっています。

一細胞ごとの解像度で細胞の挙動を明らかにできるシングルセル解析を用いたCOVID-19研究により、末梢血免疫応答の異常が重症化に関与していることが報告されてきましたが、SARS-CoV-2に対する宿主の免疫応答は未だ不明な点があります。また、大規模GWASにより宿主遺伝的背景がCOVID-19重症化に寄与していることが判明していますが、その病態機序は十分に解明されていませんでした。

研究の成果

今回、研究グループは、大阪大学が収集した日本人のCOVID-19患者73名と健常者75名のPBMC 約90万細胞のシングルセル情報を用いたトランスクリプトーム解析を実施するとともに、宿主ゲノム情報との統合解析を行いました。

単球の中の希少細胞種であるCD14+CD16++単球はCOVID-19患者で減少しており、その一因がCD14+CD16++単球への分化不全である可能性が示されました。遺伝子発現変動解析では、最重症患者のCD14+CD16++単球において、インターフェロンに応答する関連遺伝子の発現が顕著に低下していました。また、細胞間相互作用解析では、最重症患者において特にCD14+CD16++単球の細胞間相互作用が低下していることが分かりました。このことから、CD14+CD16++単球の機能不全が、COVID-19重症化に影響を与えている可能性が示唆されました。

次に、研究グループはシングルセル情報とCOVID-19による病状 (最重症、重症、罹患の3形質)のGWASとの統合解析を実施しました。その結果、重症 (最重症、重症)のGWASで同定された、それぞれの上位100個の関連遺伝子は、遺伝子発現量の平均と分散が一致しているコントロール遺伝子に対して、単球および樹状細胞で特異的に高発現していることが明らかとなりました(図2)。最後に、COVID-19に関連する遺伝子多型のeQTL解析を行いました。その結果、それらの遺伝子多型はSARS-CoV-2感染状況下かつ細胞種特異的なeQTL効果を有しており、特にⅠ型インターフェロンに関わる遺伝子であるIFNAR2遺伝子多型は、SARS-CoV-2感染状況下かつ単球においてのみリスク多型でIFNAR2発現量が上昇するeQTL効果を有していました。

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図2. COVID-19 GWASで同定された関連の強い上位100個のCOVID-19関連遺伝子が、遺伝子発現量の平均と分散が一致しているコントロール遺伝子に対してどれだけ過剰に発現しているのかを、特異的発現スコアとしてシングルセルレベルで算出。形質の重症度が高くなるに従い、各GWASで同定された関連遺伝子は、自然免疫をつかさどる単球および樹状細胞で特異的に高発現していた。赤破線は単球および樹状細胞クラスターを示している。

本研究成果が社会に与える影響(本研究成果の意義)

本研究成果によって、単球のうち希少な細胞種となるCD14+CD16++単球がCOVID-19重症化に関与していることが見出されました。今後、細胞実験などのさらなる検証を進めることで、治療標的同定や創薬につながることが期待されます。また、シングルセル解析データと宿主ゲノム情報の統合解析(GWAS統計量との統合解析、シングルセルeQTL解析)が、病態解明への強力なツールであることがあらためて示されたとともに、遺伝子多型に基づく個別化医療の可能性も示唆されました。

本研究は、COVID-19のみならず感染症の宿主応答研究を行なっていく上で、重要な研究成果と期待されます。

特記事項

本研究成果は、2023年4月25日(火)午前0時(日本時間)に英国科学誌「Nature Genetics」(オンライン)に掲載されました。

【タイトル】 “Single-cell analyses and host genetics highlight the role of innate immune cells in COVID-19 severity”
【著者名】Ryuya Edahiro1,2,#, Yuya Shirai1,2,3,#, Yusuke Takeshima4, Shuhei Sakakibara5, Yuta Yamaguchi2,6, Teruaki Murakami2,6, Takayoshi Morita2,6, Yasuhiro Kato2,6, Yu-Chen Liu7, Daisuke Motooka7-9, Yoko Naito8, Ayako Takuwa7, Fuminori Sugihara10, Kentaro Tanaka8, James B Wing11,12, Kyuto Sonehara1,9,13,14, Yoshihiko Tomofuji1,9,13, Japan COVID-19 Task Force, Ho Namkoong15, Hiromu Tanaka16, Ho Lee16, Koichi Fukunaga16, Haruhiko Hirata2, Yoshito Takeda2, 12,Daisuke Okuzaki7-9,12,17, Atsushi Kumanogoh2,6,9,12,17,18,*, Yukinori Okada1,3,9,12-14,18,*
【所属】

  1. 大阪大学 大学院医学系研究科 遺伝統計学
  2. 大阪大学 大学院医学系研究科 呼吸器・免疫内科学
  3. 大阪大学 免疫学フロンティア研究センター(IFReC) 免疫統計学
  4. 大阪大学 免疫学フロンティア研究センター(IFReC) 実験免疫学
  5. 大阪大学 免疫学フロンティア研究センター(IFReC) 免疫機能制御学
  6. 大阪大学 免疫学フロンティア研究センター(IFReC) 感染病態分野
  7. 大阪大学 微生物病研究所 遺伝情報実験センター
  8. 大阪大学 免疫学フロンティア研究センター(IFReC) 単一細胞ゲノミクス
  9. 大阪大学 先導的学際研究機構(OTRI) 生命医科学融合フロンティア研究部門
  10. 大阪大学 微生物病研究所 遺伝情報実験センター
  11. 大阪大学 免疫学フロンティア研究センター(IFReC) ヒト単一細胞免疫学
  12. 大阪大学 感染症総合教育研究拠点(CiDER)
  13. 理化学研究所 生命医科学研究センター システム遺伝学チーム
  14. 東京大学 大学院医学系研究科 遺伝情報学
  15. 慶應義塾大学 医学部 感染症学教室
  16. 慶應義塾大学 医学部 内科学教室(呼吸器)
  17. 日本医療研究開発機構 戦略的創造研究推進事業(AMED-CREST)
  18. 大阪大学 先端モダリティ・ドラッグデリバリーシステム研究センター(CAMaD)

(*責任著者、#同等貢献)
DOI:https://doi.org/10.1038/s41588-023-01375-1

本研究は、国立研究開発法人科学技術振興機構(JST)戦略的創造研究推進事業CREST「先端ゲノム解析と人工知能によるコロナ制圧研究(JPMJCR20H2)」・ムーンショット型研究開発事業「複雑臓器制御系の数理的包括理解と超早期精密医療への挑戦」、国立研究開発法人日本医療研究開発機構(AMED)ゲノム医療実現推進プラットフォーム事業・先端ゲノム研究開発(GRIFIN)「遺伝統計学に基づく日本人集団のゲノム個別化医療の実装」、革新的先端研究開発支援事業(AMED-CREST)「神経・免疫関連を介したヒト自然免疫記憶制御に関する研究開発」、ワクチン開発のための世界トップレベル研究開発拠点の形成事業「ワクチン開発のための世界トップレベル研究開発拠点群 大阪府シナジーキャンパス(大阪大学ワクチン開発拠点)」、JSPS科研費「統合シークエンス解析による免疫アレルギー疾患ダイナミクスの解明」、「新型コロナウイルス感染症の重症化阻止を目指した医薬品・次世代型ワクチン開発に必要な遺伝学・免疫学・代謝学的基盤研究の推進」「新型コロナウイルス感染症疾患感受性遺伝子DOCK2をターゲットとした新規治療戦略創出」、大阪大学免疫学フロンティア研究センター(IFReC)、大阪大学感染症総合教育研究拠点(CiDER)、日本財団・大阪大学感染症対策プロジェクトにおけるチーム阪大研究プロジェクト、次世代主任研究者支援プログラム、大阪大学先導的学際研究機構、大阪大学大学院医学系研究科 バイオインフォマティクスイニシアティブ、武田科学振興財団、三菱財団の協力を得て行われました。

この研究についてひとこと

シングルセル情報と宿主ゲノム情報を統合解析することにより、日本人集団におけるCOVID-19重症化メカニズムについて新たな知見を得ることができました。本研究の成果が、世界中の多くの研究者たちに利用され、COVID-19のみならず、医学・生物学研究の今後の発展に貢献できることを、心より願っております。本研究は遺伝統計学、呼吸器・免疫内科学が中心となり、免疫学フロンティア研究センターの複数の教室と共同研究を行うことにより達成することができました。全ての共同研究者や研究支援機構とともに、最前線で治療にあたっている医療スタッフ、検体をご提供していただいた方々に深く感謝を申し上げます。(枝廣龍哉さん)


COVID-19
Coronavirus disease 2019(2019年に発生した新型コロナウイルス感染症)を略した言葉で、新型コロナウイルスによる病気のことを表す。2019年の終わり頃に、中国・武漢を中心に発生したのを皮切りに、その後、世界中に感染が拡大した。新型コロナウイルスに感染すると、発熱や咳、息苦しさといった症状が出て、感染が肺に及び肺炎を発症すると呼吸困難に陥る。

末梢血単核細胞(PBMC)
末梢血から分離された単核細胞成分のこと。単球やリンパ球といった免疫細胞から構成される。

シングルセル解析
ひとつひとつの単一細胞から網羅的な手法を用いて、mRNA発現や細胞表面マーカー発現など、さまざまなデータを得ることのできる新規技術。

宿主
ウイルスや細菌類が、寄生または共生する相手の生物。本研究においてはヒト。

単球
末梢血単核細胞の中の一種で、感染に対する防衛の開始に重要な細胞。食作用、抗原提示、およびサイトカイン産生などの役割を担う。

CD14+CD16++単球
ヒト末梢血単球集団は CD14と CD16の発現により3つの異なるサブセットに定義されるが、その中の一つ。Non-classical monocytesとも呼ばれる。

ゲノムワイド関連解析(GWAS)
genome-wide association study、遺伝子多型と形質(疾患の有無などを含む、個々人の性質や特徴)との関連を、ゲノム全域にわたって網羅的に探索する解析。現在の一般的なGWASでは、ゲノム全域で数百~数千万に及ぶ遺伝子多型が解析に用いられる。

樹状細胞
自然免疫細胞の一つで、リンパ球に抗原を提示し抗原特異的なリンパ球を活性化する代表的な抗原提示細胞。

自然免疫
侵入してきた病原体や異常になった自己の細胞をいち早く感知し、それを排除する仕組みであり、免疫反応の初期応答として好中球やマクロファージなどの「微生物などの異物を食べる細胞」が中心的な役割を果たす。

SARS-CoV-2
新型コロナウイルス感染症の原因となるウイルス。2002年に流行したSARSコロナウイルスとウイルスが似ているため、SARS-CoV-2と命名された。

遺伝子多型
ヒトゲノム配列を構成しているDNAの配列の個体差であり、集団中に1%以上の頻度で存在するものと定義されることが多い。

eQTL(expression quantitative trait loci)
遺伝子発現量の個人差と関連するゲノム領域。このような遺伝子発現量に対する遺伝子多型の影響をeQTL効果と呼ぶ。

トランスクリプトーム解析
RNAをシークエンスすることで、遺伝子発現を網羅的に定量する手法。

インターフェロン
ウイルス感染に際して生体内でリンパ球などから産生され、分泌されるサイトカイン。抗ウイルス作用、細胞増殖抑制作用、免疫調整作用などの生物活性を持つ。

 

医療・健康
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