転写活性化の「反応場」の形成を介した新たな遺伝子発現制御機構を発見

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2023-05-19 東京大学定量生命科学研究所

川崎 洸司(日本学術振興会特別研究員PD)
深谷 雄志(遺伝子発現ダイナミクス研究分野・准教授)

発表概要

【ポイント】

  • 転写因子の動的な集合と離散が、転写バーストと呼ばれる遺伝子発現のゆらぎを制御していることを明らかにしました。
  • 転写因子が局所的に濃縮された場を共有することで、2つの異なる遺伝子が協調的に制御されることを解明しました。
  • 疾患発症メカニズムの解明や、遺伝子発現プログラムを人為的に操作するための新たなゲノム技術の開発に貢献することが期待されます。

東京大学定量生命科学研究所遺伝子発現ダイナミクス研究分野の川崎 洸司 特別研究員(日本学術振興会特別研究員PD)と深谷 雄志 准教授による研究グループは、生きた細胞内において、転写因子と呼ばれるタンパク質の核内動態と、遺伝子発現を同時に可視化する超解像ライブイメージング技術を新たに構築することに成功しました。

遺伝子発現制御において中心的な役割を担うのはエンハンサー(注1)と呼ばれるゲノム中の調節配列です。本研究では本解析技術を駆使することで、「エンハンサー活性」と「転写因子の局所濃度変化」の生細胞内での同時計測を実現しました。詳細な解析の結果、エンハンサーが転写因子の局所濃度の動的変化を介して、遺伝子発現の時空間動態を緻密に制御していることを解明しました。さらに興味深いことに、ゲノム上に離れて存在する2つの異なる遺伝子が、転写因子が局所的に濃縮された場を共有することで、協調的に制御されるという全く新たな遺伝子発現制御機構の存在を世界に先駆けて明らかにすることに成功しました。加えて、ショウジョウバエ個体を用いたゲノム編集解析により、転写因子の局所濃度の制御に異常が生じることによって、遺伝子発現の時空間的なパターンが乱れ、結果として形態形成に著しい破綻が生じることも実験的に示されました。以上の成果は、生物の持つゲノム情報がどのように正確に読み出されているのか、というセントラルドグマにおける基本原理の謎の解明につながる画期的成果です。また、転写因子の異常凝集は癌をはじめとするさまざまな疾患との関連が報告されていることから、本成果はこうした疾患メカニズムの解明や新規治療法の開発へ向けた基盤的知見となるものと期待されます。

本研究成果は、米国Cell Press社の発行するMolecular Cell誌に掲載されました。

発表内容
【研究の背景】

ゲノム中の調節領域であるエンハンサーは、標的遺伝子の転写活性を時空間的に緻密に制御することで、発生や分化といった細胞の運命決定において極めて重要な役割を担います。これまで、エンハンサーは標的とする遺伝子のプロモーター領域と安定的なループ構造を形成することで、転写活性化に働いていると長年信じられてきました。しかし近年、定量イメージング解析技術の発展により、エンハンサーはループ形成ではなく、転写因子をはじめとする遺伝子発現を活性化するためのタンパク質群を局所的に濃縮するための足場として機能しているという新たなモデルが提唱されてきました。しかし、実際にエンハンサーが形成すると考えられる「反応場」と「遺伝子の転写活性」との間に存在する機能的な因果関係や、その形成動態については未解明のままでした。こうした問題は、両者の時間的・空間的な振る舞いを生きた細胞内で同時に計測することの技術的な困難さに起因していました。

【研究内容】

本研究では、ショウジョウバエ初期胚における転写ライブイメージング技術(MS2、PP7システム、注2)を用いることで、エンハンサーを介した転写活性化の過程を一細胞解像度かつリアルタイムに測定することを実現しました。さらに本手法に加え今回新たに、任意の転写因子をゲノムの特定領域に人為係留することでエンハンサーの働きを生体内で再構築する独自のレポーターシステムを確立しました。これらを組み合わせることにより、着目した転写因子の核内動態と、それに起因する転写状態の変化の間に存在する因果関係を高精度かつ一細胞解像度で検出することが初めて可能となりました。

この独自の実験系に加え、超解像顕微鏡観察や定量画像解析技術を駆使することで、実際にエンハンサー上において転写因子が動的に集合と離散を繰り返しながら、遺伝子発現を誘導するための「反応場」を形成していることが分かりました。さらに、エンハンサーがこうした「反応場」を形成したまさにその瞬間に、標的遺伝子から新たにRNAを合成する転写がバースト状に起こることが明らかになりました。すなわち、エンハンサー上における転写因子の局所濃度の動的な変化が、「転写バースト」(注3)と呼ばれる遺伝子発現の揺らぎを生み出す原動力として働くことが強く示唆されました(図1)。以上の結果から、エンハンサーは安定的なループを形成するのではなく、こうした転写活性化の「反応場」を柔軟に形成するための足場として機能することで、個体発生における緻密な遺伝子発現に寄与していると考えられます。実際に、エンハンサーによる転写因子の局所濃度の制御に異常が生じると、転写バーストの発生パターンが乱れ、結果としてショウジョウバエ個体の発生不全に至ることも実験的に示されました。

転写活性化の「反応場」の形成を介した新たな遺伝子発現制御機構を発見

図1:転写因子の動的なふるまいと転写バースト
ショウジョウバエ初期胚において、転写因子の核内動態と、標的遺伝子の転写活性を同時可視化する超解像ライブイメージング解析技術を新たに構築した。エンハンサー上で一過的に起こる転写因子の局所濃縮によって、転写バーストの強度が制御されていた。


さらに特筆すべきことに今回、エンハンサー上に形成された「反応場」が、ゲノム上に離れて存在する2つの遺伝子によって共有されることにより、これらの遺伝子から同調的な転写バーストが誘導されるという全く新たな遺伝子発現制御機構の存在を明らかにすることに成功しました(図2)。本結果から、実際の生体内においても、複数の遺伝子が1つのエンハンサーを共有することで、機能的に関連した遺伝子群の発現が一細胞レベルで同調的に制御されている新たな可能性が考えられます。本研究の結果は、エンハンサーが形成する「反応場」が転写を活性化するためのハブとして働くことで、個体発生における動的かつ柔軟な転写制御に働いていることを強く示唆しています。

図2:転写活性化「ハブ」を介した同調的な転写調節
エンハンサー上に局所濃縮された転写因子を共有することで、ゲノム上に離れて存在する複数遺伝子が時空間的に協調した発現パターンを生み出す。

【今後の展望】

1980年代初頭に初めてエンハンサーが発見されて以来、「エンハンサーがどのように標的遺伝子に作用し転写を誘導するのか?」という基本的な分子機構は、ほとんど理解されてきませんでした。本研究は、この40年来の未解決問題の解明に向けた重要な第一歩となる画期的な成果です。本研究によって得られた知見は、ゲノム情報の正確な発現調節機構における基本原理の解明のみならず、遺伝子発現プログラムを人為的に操作するための新たなゲノム技術の開発や、癌をはじめとする疾患発症メカニズムの解明に貢献することが期待されます。

【関連するプレスリリース】

「非コードRNAの転写を介した新たな遺伝子発現制御機構を発見」(2023/2/22)

研究助成

本研究は、JST創発的研究支援事業「ハブの形成を介した転写制御機構の統合理解(JPMJFR214W)」、文部科学省科学研究費・    基盤研究(B)「enhancer RNAを介した転写動態制御機構の解明(22H02544)」、新学術領域研究(研究領域提案型)「全能性消失時における新規エンハンサー作用機序の統合的理解(22H04665)」、学術変革領域研究(A)「ゲノム構造と転写のクロストークを生み出す動的制御基盤の解明(23H04276)」、   研究活動スタート支援「転写反応の「場」の超解像イメージングによる新規エンハンサー作用機序の解明(21K20627)」、JSPS特別研究員奨励費「転写反応場の形成を介したエンハンサー作用動態の超解像ライブイメージング(22J01468)」、武田科学財団助成、住友財団基礎科学研究助成、の支援により実施されました。

用語解説

(注1)エンハンサー
標的遺伝子の転写活性を制御するゲノム上の調節領域。エンハンサー配列特異的な転写因子との結合を介して、遺伝子の転写に必要なタンパク質群を呼び込む足場として機能する。

(注2)MS2およびPP7システム
RNA結合性タンパク質を利用した遺伝子発現解析技術。MS2、PP7配列に由来する新生RNAを蛍光顕微鏡下で可視化することができる。転写バーストをはじめとした生細胞における遺伝子の動的な転写状態をリアルタイムかつ経時的に観察できる利点がある。

(注3)転写バースト
転写は連続的な反応ではなく、数分おきにON/OFFを繰り返しながら揺らいでいる。こうした転写活性の不連続性の揺らぎのことを転写バーストと呼ぶ。転写バーストはショウジョウバエだけではなく、マウスやヒトなどの高等真核生物においても広く観察されている。

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雑誌名等

雑誌名:Molecular Cell
論文タイトル:Functional coordination between transcription factor clustering and gene activity
著者:Koji Kawasaki, Takashi Fukaya*
DOI番号:10.1016/j.molcel.2023.04.018
URL:https://doi.org/10.1016/j.molcel.2023.04.018

問い合わせ先

深谷 雄志(ふかや たかし)
東京大学定量生命科学研究所 遺伝子発現ダイナミクス研究分野 准教授

細胞遺伝子工学
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