蚊が媒介するネゲウイルスの一種タナイウイルスの多様な構造変化をクライオ電子顕微鏡で解明 〜植物から動物へ、ウイルスが進化する過程を示唆〜

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2023-06-13 生理学研究所

概要

自然科学研究機構生命創成探究センター/生理学研究所の村田和義特任教授の研究グループは、ウプサラ大学の岡本健太研究員の研究グループと共同で、ネゲウイルス科ウイルスの一種タナイウイルスの多様な構造変化の様子をクライオ電子顕微鏡※1を用いて明らかにしました。ネゲウイルス科ウイルスは最初蚊から発見されたウイルスですが、その仲間は植物に感染することが知られており、時に農産物に大きな被害を及ぼします。本研究成果は、ネゲウイルス科ウイルスの生活環を明らかにしたとともに、植物が媒介するウイルスがどのように昆虫(動物)へとその感染能力を進化させて行ったのかを紐解く手がかりを与えました。
本研究成果は、日本時間 2023年 6月13日午後8時に、英国の国際学術誌「Journal of general virology」にオンライン先行公開されました。

発表のポイント
・楕円型の外殻に糖タンパク質からなる突起構造が付いたタナイウイルスの詳細な粒子構造を、クライオ電子顕微鏡※1を用いて明らかにした。
・タナイウイルスは、弱酸性(pH5)溶液で処理すると、表面の突起が外れて楕円型の一端が広がり、弾丸型を示す。一方、低濃度の界面活性剤(0.01% NP40)を加えて弱酸性(pH5)で処理するとチューブ型を示した。
・構造解析の結果、楕円型の本体は、外殻を構成する膜タンパク質が渦巻き状に並んで形成されることがわかった。一方、弾丸型では、この一端が開いた構造になっており、チューブ型では、さらに両端が開いて再配列し、らせん状の円筒構造を示した。
・ネゲウイルス科ウイルスのうち、植物を宿主とするものは突起を構成する糖タンパク質遺伝子を持たないことから、表面の突起が蚊の細胞を認識して感染し、細胞内で外れて内部のウイルスRNAが放出されると考えられた。
・一方、他のネゲウイルスでは感染細胞内に多数のチューブ状の構造体が見られることが知られており、今回、発見したチューブ型構造体は、ウイルス粒子形成初期の外殻の構造を表していると考えられた。
・これらの結果は、ネゲウイルスの生活環における構造変化の様子を初めて明らかにするとともに、植物から動物(昆虫)へと広がっていく進化の過程を明らかにした。

・研究の背景
蚊が媒介するウイルスは、時に日本脳炎やデング出血熱、西ナイル熱など人獣に対して大きな被害をもたらすため、世界中で広く調査研究が行われています。その中で、ネゲウイルス科ウイルスは人畜への被害は報告されていないものの、蚊だけでなく植物からも発見され、そのいくつかは農作物に大きな被害をもたらすことが知られています。タナイウイルスは蚊から単離されたネゲウイルス科ウイルスの一つで、その特徴の一つとして植物由来のウイルスにはこれまでみられなかった糖タンパク質遺伝子を持っていることがわかりました。しかし、タナイウイルス自身が蚊のみに感染するのか、植物にも感染するのかはまだわかっていません。
タナイウイルスは他のネゲウイルス科ウイルスと同様に膜タンパク質からなる楕円型の粒子構造をしており、さらにその一端に糖タンパク質からなる突起構造を持つことがこれまでの研究でわかっていますが、その詳細は不明でした。そこで、本研究ではタナイウイルスを蚊の培養細胞を用いて培養し、その詳細な構造をクライオ電子顕微鏡※1を用いた解析により調べました。さらに、タナイウイルスを酸や界面活性剤で処理すると、弾丸型、チューブ型に粒子構造が大きく変化することを突き止め、その詳細な構造もクライオ電子顕微鏡トモグラフィー※2などの手法を用いて明らかにしました。

・研究成果
蚊の培養細胞を用いて精製したタナイウイルスは中性付近の溶液(pH 8)では、ラグビーボールのような楕円型を示し、その一端に突起構造が観察されました(図1上)。これをさらに、弱酸性(pH 5)の溶液で処理すると突起構造が外れて楕円の一端が開いた弾丸型の構造を示すことがわかりました(図1左下)。また、低濃度の界面活性剤(0.01% NP40)を加えた弱酸性の溶液で処理すると、両端が開いたチューブ型の構造に変化することがわかりました(図1右下)。
楕円型ウイルス粒子の試料は、急速凍結により薄い非晶質氷の中に包埋(氷包埋)してこれを低温に保ったままクライオ電子顕微鏡※1で画像を収集し、これを解析することで、その内部構造を含む粒子全体の構造を2.4 nm※3の解像度で明らかにしました(図2上)。得られた構造は、中心付近で1周29個の膜タンパク質からなる(直径37 nm※3)渦巻き状の配列(図3の右上)によって楕円型の外殻が形作られ、ウイルス遺伝子であるRNAはその中心に格納されていることがわかりました。そして、その一端に突起構造が結合していました(図2上)。
弱酸性(pH 5)溶液処理によって得られた弾丸型の粒子は、さらにクライオ電子線トモグラフィー※2という方法を用いてその粒子構造が調べられました(図2左下)。結果、弾丸型では表面の突起構造が外れて楕円の一端が開いたような構造(図3の左)を示しました。中のRNAは飛び出して外殻のみの構造が観察されました(図2左下)。
さらに低濃度の界面活性剤(0.01% NP40)を加えた弱酸性溶液で処理することで得られたチューブ型の構造は、1周14個の膜タンパク質からなる少し細め(直径30 nm※3)のらせん状の円筒構造を示しました(図2右下、図3の右下)。内部のRNAは放出された状態で中空でした。

・成果の意義および今後の展開
本研究では、クライオ電子顕微鏡を用いてタナイウイルスの詳細な粒子構造と、酸および界面活性剤処理により構造変化した弾丸型、チューブ型の詳細な粒子構造を明らかにしました。これらの結果から、タナイウイルスに見られるネゲウイルス科ウイルスの生活環を推定しました(図3)。植物を宿主とするネゲウイルス科ウイルスは、糖タンパク質遺伝子を持たないことから、タナイウイルスはその楕円型の一端についた糖タンパク質からなる突起構造によって、蚊の細胞を識別して感染すると考えられます。そして、感染したウイルスは、細胞内の取り込み小胞の酸性条件下で突起構造が外れて外殻が開き、内部のウイルスRNAが細胞内に放出されます。次に、このウイルスRNAをもとに、ウイルスタンパク質が蚊の細胞内のウイルス工場で合成されてチューブ型の構造体を形成します。そして、その中に同時に複製されたウイルスRNAを取り込むことで、楕円型の完全なウイルス粒子となります。さらに、これに突起構造が付加されて完全なウイルス粒子となり、最終的に細胞の外に放出されると考えられました。
ネゲウイルスは、植物が媒介するウイルスから、蚊が媒介するウイルスに進化したことによって、よりその生息域を広めていくことができたと考えられます。
本結果から、初めてネゲウイルス科ウイルスの生活環が明らかになりました。そしてさらに、その繁殖戦略の一端を垣間見ることができました。この成果により、今後、蚊媒介ウイルスの新たな性状が明らかになるとともに、ネゲウイルス科ウイルスによる農作物被害にも新たな戦略が立てられるようになると期待されます。
蚊が媒介するネゲウイルスの一種タナイウイルスの多様な構造変化をクライオ電子顕微鏡で解明 〜植物から動物へ、ウイルスが進化する過程を示唆〜
図1
タナイウイルスの構造変化。中性付近(pH8)では楕円型の構造を示すが、弱酸性(pH 5)溶液で処理すると、楕円の一端の突起構造が外れて広がり弾丸型に変化する。RNAはこの時に放出される。また、低濃度の界面活性剤(0.01% NP40)を加えた弱酸性溶液で処理するとチューブ型の構造に変化することがわかった。
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図2
タナイウイルスの楕円型、弾丸型、チューブ型の構造が、それぞれクライオ電子顕微鏡単粒子解析※1、クライオ電子顕微鏡トモグラフィー※2の手法を用いて解析された。
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図3
タナイウイルスで明らかになったネゲウイルス科ウイルスの生活環。

・研究サポート
本研究は、科学研究費補助金(25251009)、生理学研究所一般共同研究(16-038)、スウェーデン王立科学アカデミー等の支援を受けて行われました。

・掲載論文
雑誌名:Journal of general virology
論文タイトル:Structure and its transformation of elliptical nege-like virus Tanay virus
著者: Kenta Okamoto*, Chihong Song, Han Wang, Miako Sakaguchi, Christina Chalkiadaki, Naoyuki MIyazaki, Takeshi Nabeshima, Kouichi Morita*, Shingo Inoue, and Kazuyoshi Murata
(*責任著者)
掲載日:日本時間2023年6月13日午後8時
DOI: 10.1099/jgv.0.001863
論文URL:https://www.microbiologyresearch.org/content/journal/jgv/10.1099/jgv.0.001863

・発表者
岡本 健太, Han Wang, Christina Chalkiadaki(ウプサラ大学)
坂口 美亜子、鍋島 武, 井上 真吾, 森田 公一(長崎大学熱帯医学研究所)
宮崎 直幸、Chihong Song,村田 和義(生命創成探究センター/生理学研究所)

・用語解説
※1:クライオ電子顕微鏡
生物試料を低温(約-170℃)で観察することができる電子顕微鏡。生物試料を水溶液環境中で凍結させて、そのまま観察することができる。
※2:クライオ電子顕微鏡トモグラフィー
クライオ電子顕微鏡において、試料を連続傾斜させて記録し、これらを計算機の中で逆投影することで、もとの三次元構造を復元する方法。
※3:nm(ナノメートル)
長さの単位。1nm = 1 / 1,000,000 mm。10 Å = 1 nm。

本研究に関するお問い合わせ先

(研究全般に関するお問い合わせ先)
自然科学研究機構 生命創成探究センター/生理学研究所
特任教授 村田 和義
(報道に関するお問い合わせ先)
自然科学研究機構 生命創成探究センター 研究戦略室
自然科学研究機構 生理学研究所 研究力強化戦略室

生物化学工学
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