さまざまな種類のがんの発症に関わる遺伝子を明らかに ~乳がんと前立腺がんの間で「遺伝的素因」に共通部分があることが判明~

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2023-06-20 大阪大学

掲載誌 Nature Communications

さまざまな種類のがんの発症に関わる遺伝子を明らかに ~乳がんと前立腺がんの間で「遺伝的素因」に共通部分があることが判明~
図1: 本研究の概要

研究成果のポイント
  • 計118万人のゲノムデータを用いて、13種類のがんを対象に大規模ゲノム解析を実施した。
  • 特定の一つのがんの発症に関わる遺伝子多型※1を5か所、さまざまな種類の複数のがんの発症に関わる遺伝子多型を5か所同定した。
  • 乳がんと前立腺がんの「遺伝的素因」に共通部分があることを明らかにした。
  • さまざまな種類のがんをターゲットとした治療標的の同定や創薬につながることが期待される。
概要

大阪大学大学院医学系研究科の佐藤豪さん(博士課程)(遺伝統計学/消化器外科学)、岡田随象 教授(遺伝統計学/東京大学医学系研究科 遺伝情報学/理化学研究所生命医科学研究センター システム遺伝学チーム チームリーダー)らの研究グループは、バイオバンク・ジャパン(日本)※2やUKバイオバンク(英国)※3などで収集された計118万人のヒトゲノム情報を用いて、大規模なゲノム解析を実施しました。今回の研究では、胆道がん、乳がん、子宮頚がん、大腸がん、子宮体がん、食道がん、胃がん、肝臓がん、肺がん、非ホジキンリンパ腫、卵巣がん、膵臓がん、前立腺がんの13種類を対象にがん種横断的な解析を行いました(図1)

がんの発症には各個人の「遺伝的素因(生まれ持ったがんへのかかりやすさ)」が関与していることが知られています。今回、研究グループは、日本人および欧米人集団のゲノムデータを用いて、13種類のがんをまとめて解析対象とするゲノムワイド関連解析(GWAS)※4を行い、がんにおける「遺伝的素因」に影響を与える遺伝子多型を新たに10か所同定しました。この中には、さまざまな種類の複数のがんの発症に影響を与える遺伝子多型が含まれていました。また、がん同士の遺伝的相関※5を評価することで、乳がんと前立腺がんの間で「遺伝的素因」に共通部分があることが判明し、この関係は、日本人だけではなく欧米人においても認められることが分かりました。さらに、この乳がんと前立腺がんの関連に注目したゲノム解析を行うことで、この関連の背景となっている生物学的なパスウェイや細胞組織を明らかにしました。

本研究で同定されたさまざまな種類のがんの発症に関わる遺伝子に関する研究が今後加速することで、複数のがんをターゲットにした新規治療法の開発につながることが期待されます。また、がんにおける「遺伝的素因」の理解が進むことで、がんの予防や個別化医療※6の推進に資することが期待されます。

本研究の背景

がんの発症には各個人の「遺伝的素因」が関与していることが知られています。これまで各がん種において、GWASという手法を用いて、「遺伝的素因」に影響を与える遺伝子多型が数多く同定されてきました。近年では、複数のがんを対象に同手法を用いてがん種横断的な解析を行うことで、複数のがんの発症に影響を与える遺伝子多型も報告されています。また、複数のがんに対してゲノム解析を行った研究から、「遺伝的素因」が共通しているがんのペアがいくつか報告されています。しかしながら、このような研究はほとんどが欧米人のゲノムデータを解析したものです。がんの中には、胃がんや肝臓がんなど日本を含む東アジアに多くみられるものがあり、「遺伝的素因」が人種間で異なっていると考えられるものも存在します。今回、日本人集団と欧米人集団のゲノムデータを活用して、大規模ながん種横断的な研究を実施しました。

本研究の成果

今回、研究グループは、バイオバンク・ジャパン(日本)やUKバイオバンク(英国)などで収集された計118万人のヒトゲノム情報を用いて、13種類のがんを統合した大規模なゲノム解析を実施しました。まず、1つ1つのがんを対象としたGWASを実施することで、特定のがんの発症に関わる遺伝子多型を5か所同定しました。続いて、13種類のがんすべてを対象としたがん種横断的なGWASを行うことで、さまざまながんの発症に関わる遺伝子多型を5か所同定しました。その中には、日本人と欧米人に共通した効果を示すTRIM4領域の遺伝子多型などがありました。

次に、研究グループはがん同士の遺伝的相関を評価しました。その結果、乳がんと前立腺がんの間で「遺伝的素因」に共通部分があり、この関係は日本人と欧米人に共通して認められることが分かりました。この関連に注目した研究グループは、バイオバンク・ジャパンやUKバイオバンク以外のデータも利用することで、乳がんと前立腺がんを統合した大規模なGWASを実施し、これら2種類のがんの発症に関わる91の遺伝子多型を同定しました。さらに、その結果を用いて、乳がんと前立腺がんの相関関係の背景となる因子について解析を行った結果、アポトーシス※7と性ホルモンに関わる遺伝子や上皮細胞が2種類のがんの発症に共通して関わっていることが明らかになりました(図2)。


図2: 乳がんと前立腺がんの関連に注目した解析

本研究が社会に与える影響(本研究成果の意義)

本研究で同定された遺伝子多型やその標的となる遺伝子に関する研究が今後さらに進んでいくことで、さまざまな種類のがんをターゲットとした治療標的の同定や創薬につながることが期待されます。また、本研究成果により、さまざまな種類のがんを対象とした大規模な研究や、「遺伝的素因」が共通しているがんのペア・グループに注目した解析が複雑な発がんメカニズムの解明につながる可能性が示唆されました。

研究者のコメント

<佐藤 豪 大学院生>
ゲノムワイド関連解析研究を実施するためには、十分な検出力を得るためにたくさんの症例数が必要となります。本研究で得られた知見が、がんの遺伝的素因の理解を大きく進め、新しい治療法や個別化医療の開発に貢献し、患者さんの役に立つ日が来ることを期待しております。すべての共同研究者や研究支援機構とともに、検体をご提供していただいた方々に深く感謝を申し上げます。

用語説明

※1 遺伝子多型
遺伝情報を担うヒトゲノム配列上に存在する個人差。集団中に1%以上の頻度で存在するものと定義されることが多い。

※2 バイオバンク・ジャパン(日本)
日本人集団27万人を対象としたアジア最大規模の生体資料バイオバンクであり、ゲノムDNAや血清サンプルを臨床情報とともに収集・管理しており、研究者や企業へのデータ提供や分譲を行っている(https://biobankjp.org/index.html)。

※3  UKバイオバンク(英国)
英国の40~69歳の50万人を対象とした世界最大規模の生体資料バイオバンク。世界中の研究者にリソースを提供しており、がん、心血管疾患、糖尿病、認知症などさまざまな疾患の遺伝的・環境的要因の解明に貢献している(https://www.ukbiobank.ac.uk/)。

※4 ゲノムワイド関連解析(GWAS)
Genome Wide Association Study、ヒトゲノム配列上に存在する数百〜数千万カ所の遺伝子多型とヒト疾患の発症リスクや個人差(形質)との関連を網羅的に検討する、遺伝統計解析手法。数千人~数百万人を対象に大規模に実施され、これまでに多様なヒト疾患や形質と関連する遺伝子多型が同定されている。

※5  遺伝的相関
2つの疾患・形質に影響を与える「遺伝的素因」が、どの程度共通しているかを定量したもの。それぞれの疾患・形質に対するGWASの結果を用いて推定することが出来る。

※6  個別化医療
疾患ごとに決まった医療を行うのではなく、患者ひとりひとりに対して最適化された治療を行うこと。

※7  アポトーシス
細胞死の一種で、管理・調節された(プログラムされた)細胞死。個体をより良い状態に保つために積極的に引き起こされる。

特記事項

本研究成果は、2023年6月20日(火)(日本時間)に英国科学誌「Nature Communications」(オンライン)に掲載されました。

【タイトル】
“Pan-cancer and cross-population genome-wide association studies dissect shared genetic backgrounds underlying carcinogenesis”

【著者名】
Go Sato1,2, Yuya Shirai1,3,4, Shinichi Namba1, Ryuya Edahiro1,3, Kyuto Sonehara11,5,6, Tsuyoshi Hata2, Mamoru Uemura2, the Biobank Japan Project, Koichi Matsuda7, Yuichiro Doki2, Hidetoshi Eguchi2, Yukinori Okada1,4,5,6,*(*責任著者)

  1. 大阪大学大学院医学系研究科 遺伝統計学
  2. 大阪大学大学院医学系研究科 消化器外科学
  3. 大阪大学大学院医学系研究科 呼吸器・免疫内科学
  4. 大阪大学 免疫学フロンティア研究センター(IFReC) 免疫統計学
  5. 理化学研究所 生命医科学研究センター システム遺伝学チーム
  6. 東京大学大学院医学系研究科 遺伝情報学
  7. 東京大学大学院新領域創成科学研究科 メディカル情報生命専攻 クリニカルシークエンス分野

【DOI番号】10.1038/s41467-023-39136-7

本研究は、国立研究開発法人日本医療研究開発機構(AMED)ムーンショット型研究開発事業「細胞運命転換を用いた若返りによるがんリスク0の世界」、ゲノム医療実現推進プラットフォーム事業「遺伝統計学に基づく日本人集団のゲノム個別化医療の実装」、JSPS科研費「統合シークエンス解析による免疫アレルギー疾患ダイナミクスの解明」、大阪大学免疫学フロンティア研究センター(IFReC)、大阪大学感染症総合教育研究拠点(CiDER)、大阪大学先導的学際研究機構(OTRI)、大阪大学ワクチン拠点先端モダリティ・DDS研究センター(CAMaD)、大阪大学大学院医学系研究科バイオインフォマティクスイニシアティブ、武田科学振興財団の協力を得て行われました。

医療・健康
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