免疫系や造血系の異常をともなう新たな遺伝性の疾患を同定~新たな治療法の開発に期待~

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2023-07-10 国立長寿医療研究センター

国立長寿医療研究センター(理事長:荒井秀典)研究所の錦見昭彦博士(バイオセーフティ管理室長)のチームが参加した国際共同研究グループ(代表:オーストリア 聖アンナ小児がん研究所 Kaan Boztag教授)は、全身性の炎症、免疫不全、貧血を伴う新規の遺伝性疾患を同定しました。研究グループは、この疾患が、DOCK11という遺伝子の変異により、リンパ球や赤血球が正常に機能しないことが原因になっていることを突き止めました。この発見は、これまで発症機構の分からなかった同様の症状を呈する免疫疾患や血液性疾患の原因解明や、新たな治療法開発につながると期待されます。研究成果は、2023年6月21日に米国医学雑誌「The New England Journal of Medicine」のオンライン速報版に掲載されました。

研究成果のポイント

  • 全身性の炎症、免疫不全、貧血を伴う4人の独立した家系由来の患者において、いずれもDOCK11遺伝子に変異があることが明らかになった。
  • 遺伝子変異によりDOCK11タンパク質が機能しなくなり、T細胞から炎症を誘導するサイトカインが過剰に分泌されることが示された。
  • DOCK11は造血においても重要な役割をしており、機能不全により赤血球が正常につくられなくなることが明らかになった。

研究の背景

病原体から体を守る免疫系の異常により、様々な組織で長期間にわたって炎症が続く疾患の中には、原因が分からないため、有効な治療方法が確立されていないものがあります。また、特定の遺伝子の変異により、慢性的な炎症が引き起こされる症例が数多く知られています。共同研究グループは、このような複合的な免疫疾患を呈する4人の患者の遺伝子を解析し、いずれもDOCK11遺伝子に変異が認められることを明らかにしました。DOCK11は、錦見博士らが2005年に単離したX染色体(※1)にコードされた遺伝子で、この遺伝子産物であるDOCK11タンパクは、リンパ球などの免疫細胞の運動やシグナル伝達に重要な役割を担うタンパクであることを報告していました。

研究成果の内容

研究グループは、成長の早い段階から原因不明の全身性炎症、免疫不全、貧血、発育不全などの重篤な症状を呈する独立した家系の4人の患者について、全ゲノムシークエンス解析(※2)を行いました。その結果、いずれの患者においてもDOCK11のエクソン(※3)領域に変異を有しており、4人のうち2人はそれぞれ異なる配列の変異によりDOCK11タンパクが作られないこと、残りの2人は、それぞれ異なる部位のアミノ酸が別のアミノ酸に置き換わっていたことで、DOCK11が正常に機能していないことを突き止めました。

T細胞では、細胞が組織の隙間を縫って移動するための突起が形成されますが、4人の患者由来のT細胞ではその突起が形成されませんでした。そのため、T細胞の運動能が損なわれ、血管から感染部位に移動できなくなっていることが示唆されました。さらに、患者あるいはDOCK11欠損マウス由来のCD8+ T細胞(主にキラーT細胞)は、インターロイキン2(IL-2)、インターフェロンγ(IFNg)、TNFαといった、炎症を誘導するサイトカイン(※4)を多量に分泌することを明らかにしました。錦見博士らは、DOCK11欠損マウス由来のT細胞の解析を担当し、CD8+ T細胞における炎症性サイトカインの分泌量が増加していることを確認しただけでなく、CD4+ T細胞(主にヘルパーT細胞)では、炎症を抑える働きのあるIL-4の産生が減少していることを突き止めました(図1)。DOCK11欠損マウスのT細胞の詳細な解析では、JNKというシグナル伝達因子の活性化が損なわれているため、IL-2などの発現を促す転写因子NFATc1(※5)が過剰に細胞核に移行していることも分かりました。

Role of DOCK11 in the antigen-induced cytokine production of murine T cells.

図1 野生型およびDOCK11欠損マウスT細胞を抗原刺激した際のサイトカイン産生

さらに、研究グループは造血機能を観察することに適したモデル動物であるゼブラフィッシュを用い、赤血球形成過程におけるDOCK11の役割を解析しました。その結果、DOCK11を欠損したゼブラフィッシュ(※6)は、発育期における循環器系の形成が正常に進まず、赤血球数が減少するとともに、異常な形態を呈していることを明らかにしました。同様に、ヒト由来の細胞の培養実験においても、DOCK11を欠損すると赤血球への分化や増殖が正常に行われないことを明らかにしました。

これまでに、免疫不全やアトピー性の症状を呈する疾患の原因遺伝子がDOCK8(DOCK11の近縁遺伝子)であることが2009年に報告され、その後の解析から新規の高IgE症候群(DOCK8欠損症)に分類され、診断、治療法の開発が進められてきた例があります。DOCK11に関しても、欠損症の発症機構や性質やを明らかにし、その成果を治療や診断に応用できるよう、症例の解析や基礎研究を進めていきたいと考えています。

研究成果の意義

DOCK11が正常に機能しないと複合的な免疫疾患が引き起こされることが明らかになった。DOCK11の詳細な役割が分子レベルで解明されることで、免疫系や造血系における疾患の病態解明や新たな治療法の開発につながる可能性がある。

論文情報

題名
Systemic inflammation and normocytic anemia in DOCK11 deficiency

著者名
Block J, Rashkova R,Castanon I, Zogh S, Platon J, Ardy RC, Fujiwara M, Chaves B, Schoppmeyer R, van der Made CI, Heredia RJ, Harms FL, Alavi S, Alsina L, Moreno PS, Polo RÁ, Cabrera-Pérez R, Bal SK, Pfajfer L, Ransmayr B, Mautner A-K, Kondo R, Tinnacher A, Caldera M, Schuster M, Conde CD, Platzer R, Salzer E, Boyer T, Brunner HG, Judith E. Nooitgedagt-Frons JE, Jiménez EI, Deyà-Martinez A, Lovillo MC, Menche J, Bock C, Huppa JB, Pickl WF, Distel M, Yoder JA, Traver D,Engelhardt KR, Linden T, Kager L, Hannich JT, Hoischen A, Hambleton S, Illsinger S, Da Costa L, Kutsche K, Chavoshzadeh Z, van Buul JD, Anton J, Calzada-Hernández J, Neth O, Viaud J, Nishikimi A, Dupré L, Boztug K

掲載誌
New England Journal of Medicine, June 21, 2023
論文リンク:DOI: 10.1056/NEJMoa2210054このリンクは別ウィンドウで開きます

補足説明

1.X染色体
性染色体とよばれる染色体のひとつで、ヒトやマウスなどのほ乳類では、それぞれ男性(雄性)は1本、女性(雌性)は2本有している。このため、女性の場合は片方のX染色体のDOCK11遺伝子に変異があったとしても、もう片方の遺伝子が正常に機能するが、男性の場合は、母親からDOCK11遺伝子が変異したX染色体を母親から受け継ぐと、DOCK11の機能を完全に失ってしまい、疾患を発症する。

2.  全ゲノムシークエンス解析
次世代型DNAシークエンサーを用い、約30億塩基あるヒトゲノム配列の全領域を網羅的かつ高速に解読する手法。数万人に一人しか保有していないような低頻度な遺伝子変異であっても検出することが可能である。

3. エクソン
遺伝子のうち、タンパクのアミノ酸配列などの遺伝情報がコードされている領域。エクソンに変異があることにより、タンパクを構成するアミノ酸の一部が別のアミノ酸に置き換わったり、タンパクが作られなくなったりする。

4. サイトカイン
免疫細胞などから分泌され、他の細胞に作用することにより情報を伝達する物質。IL-2、IFNγ、TNFαといったサイトカインは、ウイルスや細菌などの病原体の侵入により分泌され、マクロファージ、NK細胞、キラーT細胞など、病原体の除去に働く細胞を活性化させるとともに、発熱や血流の増加を促して炎症を誘導する。一連の現象は、感染を防御するために不可欠であるが、過剰な反応により自身の正常な組織を傷害したり、逆に病原体に対する防御能を低下させたりすることがある。

5. NFATc1
遺伝子発現を制御する転写因子のひとつであり、T細胞においてIL-2の発現を促すことが知られている。定常時には細胞質に存在するが、T細胞が抗原などの刺激を受けると、核内に移行してIL-2などの発現を促進する。関節リウマチなどの炎症性疾患に関与しており、NFATc1を含むNFATファミリー転写因子の核移行を阻害する薬剤が、これらの疾患の治療薬として用いられている。

6. ゼブラフィッシュ
体長5 cmほどの小型の熱帯魚。飼育や遺伝子の改変が容易なこと、世代間隔が2〜3ヶ月と短いことから、遺伝学のモデル動物としてよく用いられる。

リリースの内容に関するお問い合わせ

この研究に関すること
国立長寿医療研究センター研究所 研究推進基盤センター
バイオセーフティ管理室 錦見

報道に関すること
国立長寿医療研究センター総務部総務課 総務係長(広報担当)

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