マイクロRNAがウイルス感染細胞の細胞死を誘導する仕組みを発見

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2019-12-09 東京大学

高橋 朋子(生物科学専攻 客員共同研究員、研究当時:同 助教)
中野 悠子(研究当時:生物科学専攻 博士課程3年)
尾野本 浩司(千葉大学真菌医学研究センター 助教)
米山 光俊(千葉大学真菌医学研究センター 教授)
程 久美子(生物科学専攻 准教授)

発表のポイント

  • ウイルス感染により、発現量の増加した細胞内ウイルスセンサータンパク質LGP2が、RNAサイレンシングの促進因子であるTRBPと相互作用することで、TRBPが結合していた特定のマイクロRNAの成熟過程を阻害することを見出した。
  • LGP2とTRBPの相互作用を介して制御されるマイクロRNAは、カスパーゼを含むアポトーシス関連遺伝子群を標的としており、これらのマイクロRNA量が減少することで標的遺伝子群の発現が上昇し、ウイルス感染細胞の細胞死が促進された。
  • 本研究によるマイクロRNAを介した細胞死の制御は、ウイルス感染細胞における新しい生体防御機構として機能していると考えられ、抗ウイルス治療や核酸医薬開発への応用が期待される。

発表概要

ウイルスが細胞に感染すると、ウイルスセンサータンパク質(注1)がウイルスを感知し、生体を防御するための免疫応答が誘導されます。東京大学大学院理学系研究科の高橋朋子客員共同研究員(研究当時:助教)、中野悠子大学院生(研究当時)、程久美子准教授らの研究グループは、細胞内ウイルスセンサータンパク質のひとつであるとされながらも機能が不明であった「LGP2」がウイルス感染により大幅に発現増加すること、また発現増加したLGP2がRNAサイレンシング(注2)の促進因子である「TRBP」と相互作用することで、TRBPが結合する特定のマイクロRNAの成熟過程を阻害することを明らかにしました。さらに、LGP2とTRBPの相互作用を介して制御されるマイクロRNAは、アポトーシス(注3)関連遺伝子群を標的としており、これらのマイクロRNA量が減少することで標的遺伝子群の発現が上昇し、ウイルス感染細胞の細胞死が促進されました(図1)。LGP2とTRBPによるマイクロRNAを介した細胞死の制御は、ウイルス感染細胞における新しい生体防御機構として機能していると考えられ、抗ウイルス治療や核酸医薬開発への応用が期待されます。

図1:ウイルスセンサータンパク質によるマイクロRNAを介したウイルス感染細胞の細胞死
ウイルスが①ヒト細胞に感染すると、②TLR3や、RIG-I、MDA5、LGP2などのウイルスセンサータンパク質がウイルスを感知し、③下流にシグナルを伝達することで、I型インターフェロン(IFN)の発現が誘導される。④細胞外に分泌されたIFNは細胞表面にあるIFN受容体に結合し、⑤IFN誘導遺伝子群の発現増加を誘導する。細胞内ウイルスセンサータンパク質であるLGP2もIFN誘導遺伝子群の一つであり、IFNにより発現量が増加すると、⑥RNAサイレンシングの促進因子であるTRBPと相互作用し、その機能を阻害する。その結果、TRBPが結合するマイクロRNAの⑦Dicer(RNAサイレンシングで機能するRNA切断酵素)による成熟化と、⑧AGO(RNAサイレンシングで中心的な役割をもつタンパク質)によるRNAサイレンシングが抑制され、⑨アポトーシス関連遺伝子群が発現増加し、⑩ウイルス感染細胞の細胞死が誘導される。

発表内容

細菌やウイルスが感染すると、生体は免疫応答という防御機構を引き起こします。免疫応答には、自然免疫応答と獲得免疫応答がありますが、自然免疫は免疫応答の初動で重要な役割を果たす即時対応型のシステムであり、サイトカイン(注4)の誘導を伴います。ヒトの細胞にウイルスが感染すると、細胞外または細胞内でそれぞれのウイルスセンサータンパク質がウイルス特有の構成成分を認識し、抗ウイルス性サイトカインの一種であるI型インターフェロン(IFN)の発現を誘導します。IFNは数百のIFN誘導遺伝子群(IFN-stimulated gene, ISG)と呼ばれるタンパク質の発現を誘導し、ウイルスから生体を防御します。細胞内ウイルスセンサータンパク質の中でLGP2は、その他のウイルスセンサータンパク質が持つIFNの誘導に必要なシグナル伝達に関わるタンパク質領域を持たないことから、これまで機能が不明でした。

一方、ヒトの細胞内には、長さ20数塩基のタンパク質をコードしない小さなRNA(マイクロRNA)が存在し、RNAサイレンシングと呼ばれる遺伝子発現制御機構によって多様な遺伝子機能を制御しています。ヒトでは約2000種類のマイクロRNAが存在しており、ひとつのマイクロRNAの欠損が癌などの重篤な疾患に繋がるなど、その機能の重要性は近年非常に注目されています。

本研究は、まずセンダイウイルス(注5)を感染させたヒト培養細胞において、細胞内ウイルスセンサータンパク質であるLGP2が約900倍発現増加すること、また、発現増加したLGP2がRNAサイレンシングの促進因子であるTRBPと相互作用することで、TRBPが結合する特定のマイクロRNAの成熟化を抑制することを見出しました。その結果、センダイウイルス感染細胞では、TRBPが結合する特定の成熟型マイクロRNA量(注6)の減少が引き起こされました。

次にCRISPR/Casシステム(注7)により樹立したヒトLGP2ノックアウト細胞またはTRBPノックアウト細胞を用いて、マイクロアレイ(注8)によりウイルス感染細胞における遺伝子発現プロファイルを解析しました。その結果、LGP2とTRBPの相互作用を介して、アポトーシスに関与する遺伝子群が発現増加することを見出しました。さらにTRBPが制御するマイクロRNAの一つであるmiR-106bは、イニシエーターカスパーゼ(注9)を含む複数のカスパーゼを直接的または間接的に制御しており、TRBP結合マイクロRNAの機能制御を介して、ウイルス感染細胞の細胞死が誘導されることが明らかとなりました。

本研究により明らかとなったウイルスセンサータンパク質がマイクロRNAを介して細胞死を誘導する仕組みは、ウイルス感染細胞における新しい生体防御機構として機能していると考えられます。本研究の成果は、抗ウイルス治療や、近年臨床応用への期待が非常に高い核酸医薬開発への応用が期待されます。

本研究は、日本学術振興会 若手研究(B)「哺乳類特異的な、RNAサイレンシングと抗ウイルス反応のクロストーク機構の解析」(研究代表者:高橋朋子、課題番号:15K19124)、若手研究「マイクロRNAによる遺伝子発現ネットワークの制御を介したヒトの生体防御機構の解明」(研究代表者:高橋朋子、課題番号:18K15178)、基盤研究(B)「次世代型CRISPRシステムの構築によるヒト遺伝子機能解明のための基盤技術開発」(研究代表者:程久美子、課題番号:15H04319)、千葉大学共同利用・共同研究(研究代表者:程久美子)などの支援を受けておこなわれました。

発表雑誌

雑誌名
Nucleic Acids Research論文タイトル
LGP2 virus sensor enhances apoptosis by upregulating apoptosis regulatory genes through TRBP-bound miRNAs during viral infection著者
Tomoko Takahashi, Yuko Nakano, Koji Onomoto, Mitsutoshi Yoneyama, Kumiko Ui-TeiDOI番号
10.1093/nar/gkz1143
用語解説
注1 ウイルスセンサータンパク質

生体に侵入したウイルスを感知するセンサータンパク質。Toll-like receptor (TLR)とRIG-I-like receptor (RLR)などがある。LGP2はRLRに含まれるウイルスセンサータンパク質である。ウイルスが細胞内に侵入した情報を伝えることで、細胞を抗ウイルス状態にする。

注2 RNAサイレンシング

マイクロRNAやsmall interfering RNA (siRNA)という長さ20数塩基の短いRNAが、全長あるいは部分的に相補的な配列をもつ遺伝子のmRNAを切断したり、翻訳抑制して遺伝子発現を阻害する現象。RNAサイレンシングには、TRBPだけでなく、Argonaute, Dicer, TNRC6などのタンパク質が重要な役割を担うことがわかっている。

注3 アポトーシス

多細胞生物の細胞において能動的に起こる、プログラムされた細胞死で、システインプロテアーゼであるカスパーゼの活性化により誘導される。

注4 サイトカイン

細胞から分泌されるタンパク質であり、細胞間相互作用に関与する生理活性物質の総称。

注5 センダイウイルス

パラミクソウイルス科レスピロウイルス属のウイルスの一種で、マイナス鎖の一本鎖RNAウイルス。マウスやラットに感染し肺炎を誘発する。

注6 成熟型マイクロRNA

マイクロRNAはゲノムにコードされており、1本鎖で転写された後ヘアピン構造をとり、2本鎖RNA分解酵素により両末端がプロセシングを受け、2本鎖マイクロRNAになり、その片方が成熟型マイクロRNAとして機能を発揮する。

注7 CRISPR/Casシステム

近年開発されたゲノム編集技術であり、Casタンパク質とガイドRNAを用いて、特定の遺伝子の機能を欠損させることが可能。

注8 マイクロアレイ解析

多数のDNA断片を基盤上に高密度に配置し、それらに相補的に結合する遺伝子量を定量することで、細胞内の遺伝子発現量を定量的に比較解析することができる解析技術。

注9 イニシエーターカスパーゼ

カスパーゼは細胞にアポトーシスを誘導するシグナル経路で働く、システインプロテアーゼである。カスパーゼはイニシエーターとエフェクターに分類されるが、イニシエーターカスパーゼはアポトーシスの初期段階で機能するカスパーゼである。

―東京大学大学院理学系研究科・理学部 広報室―

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