メダカを彩る多様な色素細胞が生まれるしくみを解明 ~細胞の進化から生物の体色の起源をさぐる~

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2023-10-12 名古屋大学,基礎生物学研究所

【本研究のポイント】
・魚類は黒色素胞や黄色素胞など、体色を決める多様な色素細胞注1)を持っている。
・今回メダカを用いて、黒色素胞をつくる遺伝子のセットに別の遺伝子の作用が加わって、黄色素胞が発生することを明らかにした。
・魚類では黒色素胞をつくるしくみを使いまわして黄色素胞をつくれるように進化したと推定され、また私たち哺乳類は、一度獲得した黄色素胞をつくる遺伝子のはたらきを失うように進化したと推定される。

【研究概要】
国立大学法人東海国立大学機構 名古屋大学大学院理学研究科の橋本 寿史 講師を中心とする研究グループは、基礎生物学研究所および英国・バース大学の研究グループと共同で、メダカとゼブラフィッシュを用いて、魚類の黄色素胞が発生するしくみを解明しました。

私たちヒトはメラニンという色素の産生を担う細胞(メラノサイト)を持っており、メラニンの量や種類が体色にかかわります。一方、魚類はメラノサイトにあたる黒色素胞のほか、黄色の黄色素胞や虹色の虹色素胞といった多様な色素細胞も持っています。しかし、メラノサイト・黒色素胞以外の色素細胞が発生するしくみはよく分かっていませんでした。

研究グループはメダカとゼブラフィッシュを用いて、黒色素胞の発生に必要な遺伝子のセットに、別の遺伝子Pax7のはたらきが加わることで黄色素胞が発生する、というしくみを明らかにしました。この結果から、進化の過程で、魚類は脊椎動物の祖先が持っていた黒色素胞をつくるしくみを流用して黄色素胞をつくるようになったこと、また哺乳類は一度獲得したPax7のはたらきを失って黄色素胞を作らなくなったことが推定されます。今回の成果は、生物が持つ多様な体色の起源について、細胞の進化という視点からの解明に役立つことが期待されます。本研究成果は2023年10月12日17時(日本時間)付でイギリス専門誌「Development」オンライン版に掲載されます。

【研究背景と内容】
動物はさまざまな体色や紋様を持っています。その美しさは古代から生物学者をはじめ多くの人たちを魅了してきました。動物の色彩や紋様は進化の過程で作られてきたものです。生息地の物理的環境や他者との生存競争を通して生み出され、世代を超えて受け継がれてきました。例えば、多くの動物が、それぞれの生息環境でカムフラージュすることを可能にする体色(隠蔽色)を持っていたり、異性に自分を売り込むために目立つ体色(婚姻色)を持っていたりします。
このような体色を作るため、脊椎動物は色素細胞というからだに「色」をつけることに特化した細胞を持っています。ただ、色素細胞の種類は動物によって異なります(図1)。たとえば、私たちヒトを含む哺乳類と鳥類はメラニンを産生するメラノサイト1種類しか持ちませんが、魚類を含む他の脊椎動物は、メラノサイトに相同な黒色素胞(メラニンを産生する黒い色素細胞)のほか、黄色の黄色素胞や虹色の虹色素胞といった多様な色素細胞を持っています。
メダカを彩る多様な色素細胞が生まれるしくみを解明 ~細胞の進化から生物の体色の起源をさぐる~
図1 脊椎動物における色素細胞の種類
黒:メラノサイト・黒色素胞、 虹:虹色素胞、 黄:黄色素胞。
メダカ、ゼブラフィッシュは真骨魚類に含まれる。


脊椎動物の色素細胞は色素幹細胞とよばれる幹細胞から分化注2)します。哺乳類の研究によって、メラノサイトが色素幹細胞から分化する過程を制御するしくみは知られていました。その一方、魚類に複数種類存在する色素細胞も共通の色素幹細胞から分化すると考えられてきましたが、そのしくみは分かっていませんでした。
本研究では、まず、哺乳類のメラノサイトの分化に関わる遺伝子群に着目し、そこで鍵となっている遺伝子のセット(Sox10, Pax3, Mitf)が魚類の黒色素胞の分化においても同様に働いていることを確認しました(図2)。その上で、その遺伝子セットにもう1つ遺伝子(Pax7)を追加することによって、黄色素胞の分化を制御することが可能になることを示しました。
つまり、黒色素胞と黄色素胞はその分化の過程で途中まで同じ鍵遺伝子セットの制御を受けますが、もう1つ別の遺伝子が働くか否かで、最終的に黒色素胞になるか黄色素胞になるかが決まります。

fig2.jpg
図2 魚類の黒色素胞と黄色素胞の分化を制御する遺伝子群
太線:遺伝子、矢印:遺伝子間の関係を示しており、黒はメラノサイト・黒色素胞の分化に関わるものを、黄色は魚類で黄色素胞の分化に関わるものを示す。遺伝子Pax7はGch(黄色色素の合成酵素)の発現を活性化し、MitfによるDct(メラニン合成酵素)の発現活性化を抑制することで、黄色素胞への分化を促す。


また、鍵遺伝子セットに含まれるMitfを欠損したメダカ変異体では、黒色素胞も黄色素胞も分化しません(図3)。このことは、メダカにおいてMitfが黒色素胞の分化にも黄色素胞の分化にも必要であることを意味します。ヒトにおいても、鍵遺伝子セットSox10およびPax3、Mitfのいずれかに変異が起こると、メラノサイトの形成不全がみられます。この病気は、ワールデンブルグ症候群として知られています。
今回の成果は、Sox10とPax3によるMitfの発現制御が魚類(メダカ)では黒色素胞だけでなく黄色素胞の形成にも重要な役割を果たすことを示しています。
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図3 色素細胞分化の鍵遺伝子を欠損したメダカ変異体
野生型メダカ(左)は、皮膚に黒色素胞と黄色素胞(ヒレで特に目立つ)を持つ。Mitf欠損メダカ(右)は黒色素胞も黄色素胞も持たない。
Mitfとこれを活性化するSox10およびPax3に制御される分化過程(図2)は、黒色素胞と黄色素胞で共通であり、これらの鍵遺伝子セットのいずれかを失うと、黒色素胞と黄色素胞の両方の分化が妨げられることを意味する。

【成果の意義】
本研究で明らかになった黄色素胞の発生メカニズムは、脊椎動物の進化において黄色素胞が創出された経緯を考察するのに重要な意味を持ちます。図1から分かるように、脊椎動物の祖先種(図1の一番左、ナメクジウオに近い種)はおそらく黒色素胞の原型のような細胞を持っていたと考えられます。この種は、図2の黒色素胞の分化に関わる鍵遺伝子セットを持っていたのでしょう。魚類の誕生にともなって、この遺伝子セットにPax7が何らかの要因で追加されたことで、魚類は黄色素胞を作ることができるようになったと考えられます。また反対に、鳥類と哺乳類では、色素細胞の分化におけるPax7の作用が失われたことで、黄色素胞を作ることができなくなったと説明できます。
これらの生物は、遺伝子間の相互作用を変化させることによって、共通の幹細胞から分化させる細胞の種類を増やしたり減らしたりする進化を遂げてきたと想像できます。本研究の成果は、進化において新たな細胞種が創出されたり喪失したりする「細胞多様性の進化メカニズム」の理解につながる知見を提供すると考えています。
本研究は、2020年度から始まった日本学術振興会 基盤研究C 20K06757の支援のもとで行われたものです。

【用語説明】
注1)色素細胞:
動物の皮膚(体表)にあって、からだの色をつくることに特化した細胞の総称。ヒトを含む哺乳類と鳥類の色素細胞はメラノサイトとよばれるメラニン産生細胞だけであるが、その他の脊椎動物(魚類を含む)には、メラノサイトと同様にメラニンを産生する黒色素胞や、キラキラ光ったり白色に光ったりする虹色素胞、黄色から赤色までの暖色に発色する黄色素胞などがある。

注2)分化:
発生生物学において、幹細胞が機能的に専門化した細胞に変化していくプロセスのことを指す。

【論文情報】
雑誌名:Development
論文タイトル:A gene regulatory network combining Pax3/7, Sox10 and Mitf generates diverse pigment cell-types in medaka and zebrafish
著者: Motohiro Miyadai1, Hiroyuki Takada1, Akiko Shiraishi1, Tetsuaki Kimura2, Ikuko Watakabe3, Hikaru Kobayashi1, Yusuke Nagao1, Kiyoshi Naruse2, Shin-ichi Higashijima3, Takashi Shimizu1, Robert N. Kelsh4, Masahiko Hibi1, Hisashi Hashimoto1(宮台元裕1、髙田広之1、白石陽子1、木村哲晃2、渡我部育子3、小林 輝1、長尾勇佑1、成瀬 清2、東島眞一3、清水貴史1、ロバートケルシュ4、日比正彦1、橋本寿史1) ※下線は名古屋大学関係者
1:名古屋大学大学院理学研究科、2:基礎生物学研究所バイオリソース研究室、3:基礎生物学研究所・生命創成探求センター、4:バース大学生命科学部
DOI: https://doi.org/10.1242/dev.202114

【研究者連絡先】
東海国立大学機構 名古屋大学大学院理学研究科
講師 橋本 寿史(はしもと ひさし)
【報道連絡先】
東海国立大学機構 名古屋大学広報課

生物化学工学
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