2023-11-14 東京農業大学
本研究成果のポイント
- シロイヌナズナ野生系統間に見られる長期的な高温耐性の違いを制御するLHT1遺伝子を同定
- 長期高温耐性を欠損したシロイヌナズナsloh3, sloh63変異株を単離し、原因遺伝子を同定
- MOS4関連複合体の正確なmRNAスプライシング維持が長期高温耐性に不可欠なことを発見
概要
近年の気温上昇によって作物収量が減少しており、植物の高温耐性メカニズムの解明と耐性作物の作出が植物科学の重要な課題となっています。東京農業大学大学院 生命科学研究科の太治輝昭教授を中心とする九州工業大学大学院情報工学研究院・東京大学大学院理学系研究科・理化学研究所バイオリソース研究センターの共同研究グループ(※)は、1)シロイヌナズナ野生系統のうち、長期的な高温ストレスに耐性を示す系統と高感受性を示す系統を用いて長期高温ストレス耐性に寄与するLHT1遺伝子を発見、さらに、2)長期高温耐性を欠損したシロイヌナズナsloh3, sloh63変異株を単離し、原因遺伝子を同定しました。これらの遺伝子は、mRNAスプライシングに関与するRNAヘリカーゼをコードするMOS4関連複合体の遺伝子でした。シロイヌナズナの長期高温に対して高感受性を示す野生系統や、sloh3, sloh63変異株では、長期的な高温ストレス下で有害なスプライシング現象が広く見られました。これらのことから、MOS4関連複合体の正確なmRNAスプライシング維持が長期高温耐性に不可欠なことを明らかにしました。今回の成果は、何日も続く高温に適応する作物育種へつながる成果です。
*本研究はJSPS科研費(学術変革領域A(不均一環境と植物: JP23H04206)、基盤A: JP23H00334)の助成を受けたものです。
本成果1)、2)は、国際科学誌「PNAS Nexus」(電子版)に2報同時掲載されます。
※研究体制
東京農業大学大学院 生命科学研究科
太治輝昭 教授、坂田洋一 教授、四井いずみ 助教
東京農業大学大学院 農学研究科および生命科学研究科
礒野一帆(当時)、遠藤直弥(当時)、中村浩太朗(当時)、植木真生(当時)、月本亮(当時)、山口亮
東京農業大学 生物資源ゲノム解析センター
田中啓介 助教、細井昂人 研究員
九州工業大学 大学院情報工学研究院 生命化学情報工学研究系
花田耕介 教授、白井一正 研究員
東京大学 大学院理学系研究科
土松隆志 教授
理化学研究所 バイオリソース研究センター
小林正智 室長、井内聖 専任研究員
研究背景
高温は作物の生長や収量に影響を及ぼす重大なストレスです。近年の温度上昇による主要作物の収量減少が報告されており、植物の高温耐性メカニズムの解明、耐性植物の作出が重要な課題とされています。植物の高温ストレス応答については、これまでにシロイヌナズナ (Arabidopsis thaliana) を含むモデル植物を中心に研究が進められ、細胞レベルにおける数分から1時間の素早くダイナミックな転写ネットワーク応答や、個体レベルにおける数時間で茎の伸長や下偏成長(葉を立ち上げる)を誘導する熱形態形成が知られています。従来の植物高温応答研究のほとんどは短期的な高温に対するものであり、長期的な高温に対するメカニズムはほとんど分かっていないのが現状でした。
一方、自然界には劣悪環境でも生育可能な植物が存在します。その耐性メカニズムは将来の耐性作物育種に向けて興味深いものの、その鍵遺伝子の同定には未だほとんど至っていません。シロイヌナズナには2000種を超える野生系統*1が世界中に存在し、さまざまな表現型に多様性を示すことから、多様性を遺伝子レベルで紐解く良い実験材料となっています。これまでに研究グループでは、シロイヌナズナ野生系統間に見られる水不足耐性の多様性を決定する遺伝子を同定しました(Ariga et al., 2017 Nature Plants_doi: 10.1038/nplants.2017.72.)。しかしながら、シロイヌナズナ野生系統間における高温ストレスに多様性については不明でした。
研究成果
174種のシロイヌナズナ野生系統について、「長期間続く高温ストレス(37°C_7 日間)」と「短期間の極端な高温ストレス(42°C_50 分間)」に対する耐性(以後、前者を長期高温耐性、後者を短期高温耐性とする)をそれぞれ評価しました(短期高温耐性については174種のうち88種を使用)。どちらのストレス耐性においても大きな種内多様性が認められた一方、長期高温耐性を示す野生系統は必ずしも短期高温耐性を示さなかったことから、長期高温耐性は、より一般に研究されている短期高温耐性とは異なるメカニズムに因って制御されていることが示唆されました。長期高温ストレス耐性系統と感受性系統を交配したF2集団*2を用いた遺伝学的解析により、長期高温ストレス耐性に寄与する遺伝子座を同定し、これをLHT1 (Long-term Heat Tolerance 1) と命名しました。この遺伝子座は、真核生物に広く保存され、mRNAのスプライシングに関与するRNAヘリカーゼ*3をコードするMOS4関連複合体(MOS4 Associated Complex, MAC)のMAC7と同一でした。長期高温感受性系統では1アミノ酸欠失がLHT1の機能欠損を引き起こし、その結果、スプライシングの異常が広く見られるようになっていました。
他方、長期高温ストレスに高感受性を示すけれども、短期高温耐性は損なわれていないシロイヌナズナsloh3 (sensitive long-term heat 3)およびsloh63変異株を単離しました。sloh3およびsloh63変異株はいずれもLHT1同様、MOS4関連複合体を形成するMAC9、およびMAC17に生じた変異が原因でした。両変異株ともmRNAのスプライシングに異常が見られ、異常タンパク質の蓄積により引き起こされる小胞体(ER)ストレス*4が亢進していました。さらに、スプライシング阻害剤をシロイヌナズナ野生型植物に投与すると、長期高温耐性が濃度依存的に低下し、同様にERストレスが亢進しました。
以上の結果より、MOS4関連複合体の正確なmRNAスプライシング維持が植物の長期高温耐性に不可欠なことが示唆されました。
図1:シロイヌナズナの長期(上)・短期(下)高温耐性
左:シロイヌナズナ野生系統(88系統)における長期高温耐性(上)と短期高温耐性(下)。
下に同じ野生系統を並べているが、長期高温耐性を示す野生系統は必ずしも短期高温耐性を示さず、長期と短期で耐性メカニズムが異なることが示唆された。
右:シロイヌナズナ突然変異株sloh3およびsloh63の長期高温耐性(上)と短期高温耐性(下)。
sloh3およびsloh63変異株は長期高温ストレスに感受性を示すものの、短期高温耐性は野生株と同等なことから、長期高温耐性のみが欠損していることが示唆された。
図2:スプライシング阻害による長期高温耐性への影響
A:スプライシング阻害剤_Pladienolide B (PB)
B:PBによるスプライシング阻害効果
PB濃度依存的にスプライシングが阻害されて、イントロンが切り出されない未成熟mRNAが蓄積する。
C:PBによる長期高温耐性への影響
PB濃度依存的に長期高温耐性が損なわれる。
D:PBによる小胞体(ER)ストレスへの影響
PB濃度依存的にERストレスが亢進する。これはイントロンが残った未成熟mRNAを設計図として誤ったタンパク質が翻訳された結果、小胞体内に異常タンパク質が蓄積したためと考えられた。ERストレスの亢進は長期高温耐性を損なうことが知られている。
図3 今回明らかになった植物の長期高温耐性メカニズム
左:長期高温耐性シロイヌナズナ野生系統(Col-0など)あるいは野生株
右:長期高温感受性シロイヌナズナ野生系統(Ms-0など)あるいはsloh3, sloh63変異株
長期高温感受性シロイヌナズナ野生系統やsloh3, sloh63変異株では、MOS4関連複合体の一員である、LHT1 (MAC7), SLOH3 (MAC9), SLOH63 (MAC19)に欠損が生じたため、特に長期的な高温ストレス下においてイントロンの切れ残りなどのスプライシング異常が生じ、結果、未成熟mRNA由来の異常タンパク質が翻訳(生産)される。これらの一部は小胞体で小胞体(ER)ストレスを誘導する。ERストレスの亢進は細胞死などを引き起こすため、結果として長期高温耐性が損なわれると考えられた。
今後の展望
長期高温耐性を示すシロイヌナズナ野生系統が必ずしも短期高温に耐性を示さない(逆もしかり)ことから、短期・長期高温ストレスで耐性メカニズムが異なることがわかりました。植物は高温ストレスの時間軸に沿った、段階的なステージゲート応答機構を有していると考えられます。本研究成果によって、長期的な高温ストレスに対して正確なスプライシングを維持することが重要であることが明らかになりましたが、植物が時間軸に沿ってどのようにシグナルネットワークを変遷・制御していくのかは多くが不明です。短期・長期高温ストレス応答に寄与する遺伝子群をできるだけ数多く同定し、高温ストレスの時間軸に沿ったシグナルネットワークを解明すれば、植物の高温に対するレジリエンス機構の理解、さらには「短期的で極端な暑さ」のみならず、「何日も連続して高温が続くような暑さ」にも適応する作物育種への応用が期待されます。
【掲載論文情報1】
タイトル:LHT1/MAC7 contributes to proper alternative splicing under long-term heat stress and mediates variation in the heat tolerance of Arabidopsis
著者:Kazuho Isono, Kotaro Nakamura, Kousuke Hanada, Kazumasa Shirai, Mao Ueki, Keisuke Tanaka, Takashi Tsuchimatsu, Satoshi Iuchi, Masatomo Kobayashi, Izumi Yotsui, Yoichi Sakata and Teruaki Taji
掲載誌:PNAS Nexus
doi: 10.1093/pnasnexus/pgad348
【掲載論文情報2】
タイトル:MOS4-associated complex contributes to proper splicing and suppression of ER stress under long-term heat stress in Arabidopsis
著者:Naoya Endo, Ryo Tsukimoto, Kazuho Isono, Akito Hosoi, Ryo Yamaguchi, Keisuke Tanaka, Satoshi Iuchi, Izumi Yotsui, Yoichi Sakata and Teruaki Taji
掲載誌:PNAS Nexus
doi: 10.1093/pnasnexus/pgad329
<補足説明>
*1 シロイヌナズナ野生系統
シロイヌナズナは研究材料として最も広く用いられるモデル植物であり、世界中に2000以上の野生系統が存在する。
*2 F2集団
交配により得られた種子(F1)を自殖して得られた次の世代。メンデルの法則に従い、遺伝形質が現れる。
*3 RNAヘリカーゼvRNAの二次構造をほどくタンパク質の総称。スプライシングを含むさまざまな過程で対合する核酸をほどく必要がある。
*4 小胞体(ER)ストレスv小胞体において正常な高次構造に折りたたまれなかった異常タンパク質が蓄積し、それにより細胞へ悪影響(細胞死など)が生じる現象。この障害を回避するために、小胞体ストレス応答(UPR: unfolded protein response)が誘導される。