エキスパートパネルに対する教育プログラムの実施によりがん遺伝子パネル検査後の推奨治療の精度が向上

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2023-12-01 国立がん研究センター,日本臨床腫瘍学会

発表のポイント

  • がんゲノム医療拠点病院のエキスパートパネル(注1)に対して教育プログラムを実施することで、エキスパートパネルの推奨治療の精度が向上することを、模擬症例を用いた臨床試験で明らかにしました。
  • 探索的に実施した人工知能(AI)を用いた診断支援プログラムにおいてはエキスパートパネルよりも推奨治療の精度が高いことが示されました。
  • 実臨床においても、治験情報共有の体制を構築することでエキスパートパネルにおける推奨治療の精度が向上し、患者さんの遺伝子異常に合致した治療到達割合の向上にも寄与できることが期待されます。

概要

国立研究開発法人国立がん研究センター(理事長:中釜 斉、東京都中央区)中央病院(病院長:島田和明、東京都中央区)および東病院(病院長:大津敦、千葉県柏市)と公益社団法人日本臨床腫瘍学会(理事長:石岡千加史、東京都港区)は、がんゲノム医療拠点病院27施設のエキスパートパネルに対し、最新情報の把握が難しくエビデンスレベル(注2)が低い、治験などの研究段階の治療に関して情報共有する教育プログラムを実施し、その前後で模擬症例に対するエキスパートパネルによる推奨治療を評価する臨床試験を行いました。その結果、教育プログラムによってエキスパートパネルの推奨治療の精度が向上することを明らかにしました。また、探索的に実施したAIによる推奨治療の精度検証では、AIは特にエビデンスレベルの低い、治験などの研究段階の治療に関する情報において、AIはエキスパートパネルよりも精度が高いことも示されました。

今回の研究結果はエキスパートパネルに対する教育プログラムが治療到達性の向上に寄与する可能性を示すと共に、将来的にAIがエキスパートパネルの代替となり得ることも示唆されます。

本研究成果は、米国科学誌「JAMA oncology」に2023年11月30日(東部米国時間)付で掲載されました。

背景

2019年にがん遺伝子パネル検査(注3)が保険適用され、2023年8月時点で6万人を超える患者さんがこの検査を受けています。しかし、検査結果に基づいた遺伝子異常に合致した治療を受けられた患者さんは10%未満で、この割合を上げることが日本のがんゲノム医療における最大の課題とされています。また、日本においては標準治療終了後の固形がんの患者さんに対してのみ保険適用されていることもあり、遺伝子異常に合致した治療の内訳をみると、治験などの研究段階の治療が約3分の2を占めています。

一方で、この研究段階の治療の最新情報を把握することは難しく、エキスパートパネルでも十分に把握できないことに起因して、各エキスパートパネルの推奨治療にばらつきがあることが先行研究で明らかになっています (Naito Y, et al. JAMA Network Open, 2023†)。そこで、国立がん研究センターでは治験など研究段階の治療に関する情報をエキスパートパネル間で共有する教育プログラムやAIの導入について研究を進めていました。

†参考プレスリリース:2023年3月8日 日本のがんゲノム医療の新たな研究成果を世界に発信 がんゲノム医療中核拠点病院の現状分析に基づくエキスパートパネルの課題解決への提言

研究方法

本研究では、日本臨床腫瘍学会と共に教育プログラムを作成し、全国27施設のがんゲノム医療拠点病院のエキスパートパネル構成員に対し実施しました。教育プログラムでは、模擬症例を用いてエビデンスレベルの低い、研究段階の治療の探し方を示すと共に、頻度の高い遺伝子変異を中心に最新の治験情報の共有を行いました。推奨治療の精度検証については、教育プログラム実施前後での模擬症例に対する推奨治療の模範解答との一致率で評価しました(図1)。

先行研究で作成した、模擬症例50例をA群25例とB群25例に分け、1参加者による教育プログラム実施前にA群25例に対する推奨治療を作成、2教育プログラム参加、3参加者による教育プログラム実施後にB群25例に対する推奨治療を作成という流れで研究を行い、3において予め定めた模範解答との一致率が合格ラインを超える施設の割合を評価しました(図2)。模擬症例に対する模範解答となる推奨治療は、がんゲノム医療中核拠点病院12施設のエキスパートパネルの代表者が4カ月毎に作成・更新を行いました。

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図1 本試験の評価方法

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図2 本試験の流れ

研究結果

27施設のがんゲノム医療拠点病院における教育プログラム実施前後での、模擬症例に対する推奨治療の模範解答との一致率を調査しました。その結果、教育プログラム実施後の推奨治療では55.6% (95%信頼区間: 35.3-74.5%) の施設が合格ラインを超えました。また、教育プログラム実施前後のエキスパートパネル推奨治療と模範解答の一致率も58.7%から67.9%と有意に向上しました(図3)。

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図3 教育プログラム実施前後のエキスパートパネル推奨治療と模範解答の一致率

AIを用いた診断支援プログラムにおいては、教育プログラム実施前後で評価可能であった1社について、教育プログラム実施前、後の一致率がそれぞれ80%、88%と高い結果でした。特に、エビデンスレベルが低い、治験などの研究段階である推奨治療については拠点病院のエキスパートパネルが49.1%の正解率に対して、AIは81.3%と有意に高い結果でした(図4)。

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図4  AIを用いた診断支援プログラムの推奨治療精度

展望

本研究の結果、実臨床においても、この教育プログラムを実施することで、各エキスパートパネルがより適切な推奨治療を挙げることができるようになり、遺伝子異常に合致した推奨治療への到達割合向上につながることが期待されます。なお、教育プログラムは日本臨床腫瘍学会の事業「エキパネ道場」として引き継がれ、2023年11月26日に第3回が予定されました。

また本取り組みは、厚生労働科学研究費 (研究代表 大津 敦) 「がんゲノム医療推進に向けたがん遺伝子パネル検査の実態把握とがんゲノム医療提供体制構築に資する研究(23EA1010)」に引き継がれ、治験情報や臨床試験情報の共有を継続的に行っていくアカデミア施設の系統的・持続的な連携体制(アカデミア・アッセンブリ:注5) 構築が進められています。

研究者からのコメント

  • 研究小班代表者 国立研究開発法人国立がん研究センター東病院副院長 吉野 孝之 先生からのコメント

本研究では、がん遺伝子パネル検査結果を有効活用する、つまり患者さんに最適な治療を届けるためには、目まぐるしく変わる治験情報を全国のエキスパートパネル間でタイムリーに共有する必要性を証明しました。今後、アカデミア・アッセンブリとして連携体制が維持されることをうれしく思います。世界に類をみない試みです。合わせて、近未来は人工知能(AI)エキスパートパネルに置き換わり、担当医が最適なタイミングで最適な治療を患者さんに届ける未来予想図を示せたと思っています。日本から世界の患者さんを元気にする、そんな日本であってほしいです。

  • 公益社団法人日本臨床腫瘍学会理事長 石岡 千加史 先生からのコメント

ゲノム医療は将来、すべての疾患に応用されていくと考えられます。がんはその先駆けで、世界中に急速に普及すると考えられます。我が国では3年以上前から既に保険診療下でがん遺伝子パネル検査が日常診療で実施され、がんゲノム医療が定着しつつあります。しかしその普及には課題が多く、その1つとして、膨大な遺伝子異常の情報から個々の患者のがんに有効な薬剤を探し出すこと、有効性が期待できる開発途上の治験情報を探し出すことが挙げられます。この作業はがんゲノム医療中核拠点または拠点病院のエキスパートパネル(専門家による遺伝子異常の解釈と治療推奨に決定)で実施されていますが、検査数の増加と治験薬を含む新薬の増加に伴い、適切な検索に時間がかかり、エキスパートパネルでの決定の質の担保や迅速化・効率化のためのAIの導入が期待されていました。この研究はエキスパートパネルの新しい方向性を示すもので、世界的にも注目される良い結果が得られました。今後、がんゲノム医療は全ゲノム解析やエピゲノムを含むその他の様々な網羅的分子情報を活用していく時代を迎えます。AIの診断への活用は不可欠で、医療の形を大きく変えていくものと思います。

論文情報

雑誌名
JAMA oncology

タイトル
Impact of a Learning Program on Treatment Recommendations by Molecular Tumor Boards and Artificial Intelligence

著者
Kuniko Sunami*, Yoichi Naito*, Yusuke Saigusa, Toraji Amano, Daisuke Ennishi, Mitsuho Imai, Hidenori Kage, Masashi Kanai, Hirotsugu Kenmotsu, Keigo Komine, Takafumi Koyama, Takahiro Maeda, Sachi Morita, Daisuke Sakai, Makoto Hirata, Mamoru Ito, Toshiyuki Kozuki, Hiroyuki Sakashita, Hidehito Horinouchi, Yusuke Okuma, Atsuo Takashima, Toshio Kubo, Shuichi Hironaka, Yoshihiko Segawa, Yoshihiro Yakushijin, Hideaki Bando, Akitaka Makiyama, Tatsuya Suzuki, Ichiro Kinoshita, Shinji Kohsaka, Yuichiro Ohe, Chikashi Ishioka, Kouji Yamamoto, Katsuya Tsuchihara, Takayuki Yoshino**(*共同筆頭著者, **責任著者)

掲載日
2023年11月30日(米国東部時間)

URL
https://jamanetwork.com/journals/jamaoncology/fullarticle/2812533

研究費

厚生労働科学研究費(がん対策推進総合研究事業)
がんゲノム医療に携わる医師等の育成に資する研究 大江班 吉野小班 (19EA1007)

用語解説

注1 エキスパートパネル
がん遺伝子パネル検査で一度にたくさんの遺伝子を調べ、その結果は多くの研究結果をもとに、特定の薬剤がどの程度効果があるか協議され、検出された遺伝子異常に効果が期待できる薬剤があるかを検討します。このようながん遺伝子パネル検査の結果を、医学的に解釈するための多職種による検討会を「エキスパートパネル」と言います。厚生労働省に指定された全国13カ所のがんゲノム医療中核拠点病院と、32カ所のがんゲノム医療拠点病院で定期的に開催されています(病院数は2023年9月1日現在)。

注2 エビデンスレベル
研究方法をわかりやすいように類型化して作成した信頼度の目安。日本臨床腫瘍学会・日本癌治療学会・日本癌学会により作成された次世代シークエンサー等を用いたがん遺伝子パネル検査に基づくがん診療ガイダンス改訂第2版では、下記のエビデンスレベルを作成しています。

注3 がん遺伝子パネル検査
数十から数百の遺伝子の変化を一度に調べることで、がん細胞におきている遺伝子の変化を調べる検査。患者さんのがんに適した治療法を検討します。2019年から、全国252か所(2023年9月時点)のがんゲノム医療病院 (がんゲノム医療中核拠点病院、がんゲノム医療拠点病院、がんゲノム医療連携病院)では、保険診療としてがん遺伝子パネル検査を受けることができます。がんゲノムプロファイリング検査とも言います。

注4 C-CAT調査結果
国立がん研究センターがんゲノム情報管理センター(Center for Cancer Genomics and Advanced Therapeutics: C-CAT)が、各患者さんのがん遺伝子パネル検査結果に対して作成するレポート。C-CATが構築するがんゲノム知識データベースに基づいて作成され、各遺伝子異常に合致した治療薬候補やエビデンスレベルが記載されており、エキスパートパネルの補助資料として使われます。

注5 アカデミア・アッセンブリ
国立がん研究センター東病院を中心として構築中のアカデミア施設の連携体制。アカデミア施設間で治験情報や臨床試験情報をよりタイムリーに共有することで、エキスパートパネルが最新の情報を把握し、適切な推奨治療につなげることを目的としています。

お問い合わせ先

研究に関するお問い合わせ
国立研究開発法人国立がん研究センター中央病院
臨床検査科 角南 久仁子

広報窓口
国立研究開発法人国立がん研究センター
企画戦略局 広報企画室

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