ヒトと魚の賢さの共通基盤の発見~魚の進化的に保存された大脳皮質-基底核回路の全貌を解明~

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2024-03-14 理化学研究所

理化学研究所(理研)脳神経科学研究センター 意思決定回路動態研究チームの岡本 仁 チームリーダー、谷本 悠生 研究員、柿沼 久哉 テクニカルスタッフⅠらの共同研究チームは、ヒトの知的行動をつかさどる神経回路が魚にも共通して存在することを発見しました。

本研究成果は、ヒトの知性の解明に向けて、動物の知的行動を支える共通の神経回路の動作原理の解明に貢献すると期待できます。

今回、共同研究チームは、小型魚類であるゼブラフィッシュ[1]の神経回路の接続を網羅的に調査し、ヒトの知的行動をつかさどるとされる大脳皮質-基底核回路[2]が、魚にも存在していることを発見しました。このことは、魚が過去の経験や周囲の状況に応じて適切な行動を選び取る過程が、ヒトの知的行動と共通の神経回路で制御されていることを示唆します。ゼブラフィッシュはコンパクトな脳を持ち、この神経回路を顕微鏡の視野に一度に収めることができるため、神経活動を光によって自由自在に計測・操作することが可能です。これらの成果により、ゼブラフィッシュの脳を使ってヒトと魚に共通の神経回路の動作原理を探ることができるようになりました。

本研究は、科学雑誌『Cell Reports』オンライン版(3月13日付:日本時間3月14日)に掲載されました。

ヒトと魚の賢さの共通基盤の発見~魚の進化的に保存された大脳皮質-基底核回路の全貌を解明~
ゼブラフィッシュの大脳皮質-基底核回路

背景

近年の研究から、魚は知的な行動をとれるということが明らかになってきました。例えば、周囲の状況に応じた適切な行動パターンを新たに学習し、その記憶を長期間保持することなどが分かってきました。しかし、このような魚の知的行動がわれわれヒトと同じような仕組みで実現されているのか、あるいは全く別の仕組みで偶然同じような行動を示すのかは不明でした。

ヒトや哺乳類の知的行動には大脳皮質-基底核回路と呼ばれる神経回路が重要な役割を果たします。この回路は、周囲の状況に対して過去のうれしかった経験や苦痛だった経験をもとに最適な行動が何かを算出すると考えられていますが、その詳細な動作原理は分かっていません。この点が未解明なことの背景には、大脳皮質-基底核回路は多数の脳領域をまたがる複雑な回路であり、ヒトや哺乳類では脳深部に及ぶ巨大なネットワークを形成することが挙げられます。もし魚のコンパクトな脳にも大脳皮質-基底核回路に相当する神経回路があるとしたら、ヒトと魚の知的行動を支える共通基盤の動作原理を解明する大きな足掛かりになります。

研究手法と成果

共同研究チームは魚の神経回路を調べるため、体長約3cm程度の小型の魚類であるゼブラフィッシュを使いました。ゼブラフィッシュはさまざまな遺伝子操作技術が適用しやすく、さらに顕微鏡観察に適したコンパクトな脳を持つため脳機能の研究にも適しているという利点があります。

まず、複数の遺伝子改変ゼブラフィッシュ[3]を作製し、ヒトの大脳皮質-基底核回路と、ゼブラフィッシュの脳で遺伝子発現のパターンに類似性が見られるかどうかを調べました(図1)。その結果、ヒトや哺乳類の大脳皮質-基底核回路に発現している遺伝子群は、魚の脳でも大脳基底核が存在すると予想されていた脳領域のさまざまな部位で発現していることが判明しました。このことから、哺乳類の大脳皮質-基底核回路を構成する各脳部位(大脳皮質、線条体、淡蒼球(たんそうきゅう)など)について、魚にもそれに相当する脳部位が存在していることが分かりました。

遺伝子改変ゼブラフィッシュ系統による大脳皮質-基底核回路の標識の図
図1 遺伝子改変ゼブラフィッシュ系統による大脳皮質-基底核回路の標識
(左)遺伝子改変ゼブラフィッシュ系統を用いて、大脳皮質-基底核回路の各部位を緑色に光らせた魚の脳の断面図。ヒトと共通の遺伝子群が魚の脳でも発現していた。(右)魚の脳の立体的な模式図。


さらに、共同研究チームはこれらの遺伝子改変ゼブラフィッシュを使って、魚の大脳皮質-基底核回路に相当する各脳部位の間の接続パターンを網羅的に追跡し、その全貌を解明しました(図2)。その結果、魚の大脳皮質-基底核回路にはヒトのそれと同じ接続パターンの神経回路一式が備わっていることが判明しました(図3)。それに加えて、魚に特有のショートカット経路が存在することも分かりました。これらの成果は、大脳皮質-基底核回路の基本構造はヒトと魚で進化的に保存されていること、ヒトと魚の知的行動は共通の神経回路で制御されていることを強く示唆しています。

ゼブラフィッシュの大脳皮質-基底核回路の全貌の図
図2 ゼブラフィッシュの大脳皮質-基底核回路の全貌
複数の遺伝子改変ゼブラフィッシュ系統と、さまざまな神経接続の追跡手法を駆使することで、魚の大脳皮質-基底核回路を構成する各脳部位と、その間の接続パターンを網羅的に明らかにした。これにより、哺乳類の大脳皮質-基底核回路を構成する各要素(線条体間接路、淡蒼球外節、線条体直接路など)を、魚の脳の各部位に一対一で対応付けることができた。

哺乳類の脳と魚の脳における大脳皮質-基底核回路の比較の図
図3 哺乳類の脳と魚の脳における大脳皮質-基底核回路の比較
(左)ヒトや哺乳類の大脳皮質-基底核回路の接続パターン。(右)今回明らかになったゼブラフィッシュの脳の大脳皮質-基底核回路の接続パターン。魚の大脳皮質-基底核回路は進化的に保存されたヒトと共通の回路構造(オレンジ色の領域)を持っている。さらに、魚特有のショートカット経路(青色の領域)の存在も明らかになった。

今後の期待

この研究の過程で作られた遺伝子改変ゼブラフィッシュ系統は、狙った細胞群に任意の外来遺伝子を発現させることができる仕掛けになっているため、神経接続の追跡実験だけでなくさまざまな実験に応用することが可能です。この利点によりゼブラフィッシュの大脳皮質-基底核回路を用いて、ヒトと魚に共通の知的行動のための仕組みを探ることができるようになりました。

ゼブラフィッシュの大脳皮質-基底核回路は非常にコンパクトで、その主要な構成要素が1mm立方程度に収まるほどであるため、広範囲を顕微鏡の視野に一度に入れることができます。そのためカルシウムイメージング法[4]やオプトジェネティクス法[5]により、光によって自由自在に神経活動を計測・操作することが可能です。今後の研究により、ゼブラフィッシュの大脳皮質-基底核回路においてこれらの手法を駆使することで、ヒトと魚の知性を支える共通基盤の動作原理を実験的に解明することが期待されます。

補足説明

1.ゼブラフィッシュ
インド原産の硬骨魚類に属する小型淡水熱帯魚。飼育が簡単で、一度に200個程度の卵を産み、数カ月で生殖可能な成魚に成長する。受精卵に特定の遺伝子やDNA断片を微量注入することで遺伝子改変が容易にできる。成魚を使った脳による行動制御の仕組みの研究は、理研意思決定回路動態研究チームが世界のパイオニアである。

2.大脳皮質-基底核回路
大脳皮質、線条体、淡蒼球(たんそうきゅう)などの各脳部位の集まりで構成される神経回路。大脳皮質からの感覚入力と、過去のうれしかった経験や苦痛だった経験をもとに、最適な行動が何かを算出して視床に出力すると考えられているが、その詳細な計算メカニズムは分かっていない。この回路に異常を来たすとヒトにおいては、パーキンソン病、ハンチントン舞踏病などの運動障害が起こることが知られている。

3.遺伝子改変ゼブラフィッシュ
遺伝子工学を用いて外から特定の遺伝子を導入し、恒常的にゲノムに組み込まれるよう改変したゼブラフィッシュ。導入する遺伝子の発現場所を特定することができる。

4.カルシウムイメージング法
神経細胞がその興奮に伴って細胞内のカルシウムイオンの濃度が上昇するという性質を利用して、カルシウムイオンと結合すると蛍光の強度が高くなるタンパク質を神経細胞で発現させた遺伝子改変動物を使って、神経活動を光として計測する手法。

5.オプトジェネティクス法
藻類から発見された光感受性のイオンチャネルを神経細胞で発現させた遺伝子改変動物を使って、神経活動を光によって操作する手法。

共同研究チーム

理化学研究所 脳神経科学研究センター
意思決定回路動態研究チーム
チームリーダー 岡本 仁 (オカモト・ヒトシ)
研究員 谷本 悠生(タニモト・ユウキ)
テクニカルスタッフⅠ 柿沼 久哉(カキヌマ・ヒサヤ)
研究員(研究当時)青木 亮(アオキ・リョウ)
動物資源開発支援ユニット
テクニカルスタッフⅠ 白木 利幸(シラキ・トシユキ)

自然科学研究機構 生命創成探究センター 創成研究領域
(兼任)基礎生物学研究所 神経行動学研究部門
教授 東島 眞一(ヒガシジマ・シンイチ)

研究支援

本研究は、文部科学省学術変革領域研究(A)「階層的脳部位間の予測と予測誤差信号の伝達に基づく意思決定行動の制御機構(研究代表者:岡本仁)」「能動的推論に基づく意思決定の神経回路機構の解明(研究代表者:岡本仁)」、日本学術振興会(JSPS)科学研究費助成事業若手研究「ゼブラフィッシュの予測に基づいた意思決定における大脳皮質-基底核回路の機能の解明(研究代表者:谷本悠生)」、理研・花王連携研究、基礎科学特別研究員制度(理研)による助成を受けて行われました。

原論文情報

Yuki Tanimoto, Hisaya Kakinuma, Ryo Aoki, Toshiyuki Shiraki, Shin-ichi Higashijima, Hitoshi Okamoto, “Transgenic tools targeting the basal ganglia reveal both evolutionary conservation and specialization of neural circuits in zebrafish”, Cell Reports, 10.1016/j.celrep.2024.113916

発表者

理化学研究所
脳神経科学研究センター 意思決定回路動態研究チーム
チームリーダー 岡本 仁(オカモト・ヒトシ)
研究員 谷本 悠生(タニモト・ユウキ)
テクニカルスタッフⅠ 柿沼 久哉(カキヌマ・ヒサヤ)

報道担当

理化学研究所 広報室 報道担当

生物化学工学
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