社会的なつながりの強さと脳波の密な関係を発見~初対面ペア同士の脳波は同期する~

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2024-03-28 早稲田大学

発表のポイント

  • 他者とインタラクション※1(協調動作課題)をしている時、しばしばお互いの脳波※2が同期※3するが、社会的つながりがほとんどない同性の初対面ペアの方が、社会的つながりが既にある同性の知り合いペアより、お互いの脳波が密に同期していることを発見した。
  • 初対面ペアの方が、知り合いペアよりも気を配るようなインタラクションを行う(知らない相手を理解するためにインタラクションにエンゲージする)ため、お互いの脳波がより密に同期した可能性が示唆された。
  • この知見により、自閉スペクトラム症などインタラクションを苦手とする人たちへの新たなアプローチの提案が可能となり、臨床・産業への応用が期待できる。
概要

早稲田大学人間科学学術院の栗原 勇人(くりはら ゆうと)助手、大須 理英子(おおす りえこ)教授および同大人間総合研究センターの髙橋 徹(たかはし とおる)招聘研究員の研究グループ(以下、同研究グループ)は、言葉を介さない協調動作課題をする2者間の脳波の同期性に着目し、初対面ペアの方が知り合いペアより、お互いの脳波が密に同期することを明らかにしました。

これまでの研究では、恋人同士や親子同士など、社会的つながりの強い2者間の脳波同期が着目されてきましたが、今回の研究では、同性の初対面ペアや知り合いペアなど、社会的つながりの弱い(ほとんどない)2者間の脳波同期に着目し、社会的つながりがほとんどない初対面ペアで、協調動作課題をしている時の脳波同期が高いことを発見しました。この結果から、社会的なつながりの強さと脳波同期は線形的な関係ではなく、非線形的な関係である可能性が示唆されました。


図:初対面同士で協調動作課題をすると、お互いの脳波が同期する

(1)これまでの研究で分かっていたこと

私たちは普段何気なく言葉や動作などを用いて他者とインタラクションをしていますが、相手によって接しやすい(あるいは、しにくい)と感じた経験は誰しもあると思います。これまでの研究から、2者間のインタラクション中は、脳活動が同期することが報告されていました。特に、恋人ペアや親子など、社会的つながりの強いペア間で高い脳波同期が観測されることが知られています。しかし、社会神経科学の分野においては、初対面や知り合いペアなど社会的つながりが弱い(あるいは、ほとんどない)ペアについては、これまであまり着目されてきませんでした。一方で、社会学の分野においては、弱いつながり同士の方が強いつながり同士より、伝達される情報が多様であり、新たなアイディアを生むイノベーションにつながることが言われており、これを「弱いつながりの強さ」( Strength of Weak Ties, SWT )理論と呼んでいます。

日常生活では、見知らぬ人や社会的つながりの弱い知人など、親しい社会集団以外と交流する機会の方がより多く、このような人的交流が幸福度(Well-being)に寄与するため、社会的つながりが弱いペアの脳波同期に着目することは重要です。

(2)今回の研究で新たに実現しようとしたこと、明らかになったこと

今回、同研究グループは、協調動作課題(交互タッピング課題:図1)中の2人の脳波を同時計測し、2者間の同期状態について、同性の初対面ペア(実験参加時に初めて知り合ったペア)と、同性の知り合いペア(実験参加前からすでに知り合っているペア)で比較検討をしました。計測した2人の脳波から、個人内および個人間の脳波同期を総当たりで計算しました(図2)。


図1:本研究で実施した交互タッピング課題。2人が交互に指を使ってリズムをきざむ協力課題の一種である。タッピングすると音が鳴るように設定した。はじめにお手本となるリズムをメトロノーム呈示し、呈示直後、参加者2人がお手本通りにリズムを奏でるようにタッピングを行なってもらった。お手本のリズムが「遅い条件(slow; 2Hzのテンポ)」、「速い条件(fast; 4Hzのテンポ)」、「お手本なし条件(free; リズム呈示がなく、お互い交互に自由なテンポでタッピングする)」、「遅いテンポでメトロノームと合わせる条件(pseudo; タッピングしても音が鳴らず、メトロノーム音に合わせるため、インタラクションがない)」の4条件から構成されていた。

次に、擬似的に作成された脳波※4で偶然みられる同期レベルよりも、得られたデータのほうが、有意に高いレベルで同期している電極ペアを抽出し、有意な電極ペア同士で線を結びました(図2)。線で結ばれた2者間脳波同期ネットワークを定量的に分析するために、グラフ理論※5で用いられる指標(本研究では、グローバル効率、ローカル効率、モジュール性)を計算し、初対面ペアと知り合いペアでネットワークの幾何学的特徴について比較しました。


図2:2者間脳波同期を計算する手順。1人あたり29の電極が設置され、頭部内の点が電極を示す。下部の点同士が結ばれたネットワークは、本研究で得られた例である。

その結果、初対面ペアの方が知り合いペアよりお互いのθ帯域※6における脳波同期ネットワークが、密につながっていることが明らかになりました(図3)。この結果は、これまで考えられてきた社会的つながりの強いペアの方が、脳活動が同期する、という知見と一見矛盾します。しかし、社会的つながりと2者間脳波同期との関係を線形的な関係と捉えるのではなく、非線形的な関係であると捉えると、先行研究と矛盾なく今回の結果を説明することができます(図4)。初対面同士ではよりエンゲージして新しい関係性を作ろうとし、その結果、脳活動の同期が観察されたと考えられ、この結果はSWT理論と合致します。


図3:結果の図。左図は、グラフ理論の一種であるローカル効率(θ帯域の脳波)が有意に初対面ペアの方が知り合いペアより有意に大きいことを示している(*: p<.05)。右図では、それぞれ初対面ペアと知り合いペアにおける2者間脳波同期ネットワークの代表例を示している。初対面ペアの方が知り合いペアより密につながっていることがわかる。


図4:社会的なつながりと2者間脳波同期との関係性に関する考察。従来の知見では、社会的つながりが強いほど2者間で脳波が同期する(つまり、線形的な関係)と言われていた。しかし、本研究から、必ずしも線形的な関係ではなく、社会的つながりが弱いとむしろ2者間で脳波が同期することが明らかになった。従来の知見を踏まえると、初対面など最も社会的つながりが弱いペアでは同期が大きく、知り合いなど社会的つながりが中程度のペアでは2者間脳波同期が小さくなり、恋人や親子など社会的つながりが強いペアで再び2者間脳波同期が大きくなる可能性が考えられる。

(3)研究の波及効果や社会的影響

本研究の結果は、初対面ペアの方が知り合いペアよりお互いの2者間脳波が密に同期していることを明らかにしました。この結果は、従来の「社会的なつながりが強いほどお互いの脳活動が同期する」といった線形的な関係である考え方から、協力課題をしている時においては、「社会的つながりが低いとき、あるいは高いときは2者の脳活動が同期し、社会的つながりが中程度のときは、2者の脳活動が低い」といった非線形的な関係である考え方に拡張させた重要な発見です。

社会的つながりがほとんどないペアでは、お互い気を配り合いながら協力する(お互いのエンゲージメントが高い)可能性があるため、エンゲージメントが高いインタラクションを行う時、2者間の脳波が同期する可能性が示唆されます。この知見は、自閉スペクトラム症などインタラクションを苦手とする人たちへの新たなアプローチを提案できる可能性があります。例えば、2者の脳波同期をリアルタイムにフィードバックし、そのフィードバックを参考に2人で適切な同期状態になるように調整する(2者間脳波同期のニューロフィードバック※7)システムを提案することが可能です。

(4)今後の課題

今後は、エンゲージメントが高いほどお互いの脳波が同期するかどうか検証をしていく必要があるため、初対面ペアや知り合いペアから拡張し、様々な社会的つながりをもつペアを対象としたインタラクション実験を通じて検証していきます。先行研究と本研究から、初対面など社会的つながりがほとんどないペアと恋人や親子など社会的つながりが強いペアでは、どちらも2者間脳波同期が高い結果が示されているため、エンゲージメントの高さに着目して、脳波同期の発生機序を検討していきます。さらに、2者間脳波同期のニューロフィードバックなどのインタラクション支援システムが、2人の社会的つながりの向上・改善に有効か検証し、臨床・産業応用に向けた検討を進めていきます。

(5)用語解説

※1 インタラクション
一方が相手側に対して何かしらのアクション(操作や行動など)をしたとき、そのアクションに対し相手側がさらにアクションをするような相互のやりとりのことを指す。ここでは、人同士の交流やコミュニケーションを指す。ただし、インタラクションは必ずしも言語を使うとは限らず、動作やジェスチャーなど非言語な要素も含まれる。実験室実験ではよくタッピングなどの協調動作課題を実施されることが多い。

※2 脳波
神経細胞群における電気的活動の総和を頭皮上に置かれた電極から得られる波形のこと。頭皮上に設置する脳波電極は国際10-20法などの基準に従って設置される。

※3 同期
独立した二つの波形が類似している、あるいはタイミングが合っている状態のこと。

※4 擬似的に作成された脳波
計測した脳波を時間方向にシャッフルした脳波のことであり、このような擬似的に作成されたデータをサロゲートデータと呼ぶ。

※5 グラフ理論
ある物事や現象の関係を点(ノード)と線(エッジ)で表現された構造(グラフ)について扱う数学的理論のことである。グラフ理論では、最短経路や効率的な接続について定量的評価を行い、グラフ構造の幾何学的特徴について明らかにする。本研究ではグローバル効率、ローカル効率、モジュール性に着目した。グローバル効率とは、ネットワーク全体における情報伝達/接続の効率を示す。ローカル効率とは、あるネットワークのすぐ近くにいる隣人同士の情報伝達の効率を示す。モジュール性とは、個人内のネットワークをまとまり(モジュール)と定義し、2人のモジュールの分離の度合いを示す。

※6 θ帯域の脳波
約4-7Hzの成分を主として持つ脳波のこと。今回は、θ帯域において、初対面ペアと知り合いペアで2者間脳波同期ネットワークに違いがみられた。

※7 ニューロフィードバック
脳波などの脳活動を計測し、視覚や聴覚を介して本人に提示することを通じて、目標としている状態に向けて自分自身で脳をコントロールして、健康改善やパフォーマンス向上を目指す介入法のこと。

(6)論文情報

雑誌名:Scientific Reports
論文名:The topology of interpersonal neural network in weak social ties
執筆者名(所属機関名):栗原 勇人(早稲田大学人間科学学術院)、髙橋 徹(早稲田大学人間総合研究センター)、大須 理英子*(早稲田大学人間科学学術院)*責任著者
掲載日時:2024年2月29日(木)
掲載URL:https://doi.org/10.1038/s41598-024-55495-7
DOI:doi.org/10.1038/s41598-024-55495-7

(7)研究助成
  • 研究費名:科学研究費助成事業(① 18H04953、② 20H04586、③ 21H04425)
    研究課題名:
    ①  個体間脳波オシレーションのニューロフィードバックコントロール
    ②  対人インタラクションにおける脳・身体同期への文化差の影響
    ③  身体モジュレーションと神経モジュレーションによる心身機能の改善
    研究代表者名:大須 理英子
  • 研究費名:科学研究費助成事業(22KJ2937)
    研究課題名:円滑な対人インタラクションを実現する神経基盤の解明とその支援技術の提案
    研究代表者名:栗原 勇人
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