新しく生まれた神経の回路への組み込みがトラウマ記憶の減弱に寄与する~心的外傷後ストレス障害 (PTSD) の新たな治療法開発に期待~

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2024-05-09 九州大学

ポイント

  • 戦争や災害など、忘れられないトラウマ記憶に苦しむPTSD患者が世界中に多く存在する
  • 海馬の神経新生 (※1) の増加および神経回路への組み込みがトラウマ記憶の忘却を促し、PTSDに類似した症状を減弱させることを明らかにした
  • 神経新生をターゲットとした新たなPTSD治療法の開発に期待

概要

PTSDは、トラウマとなるような出来事を経験または目撃した人に発症する可能性のある精神疾患です。世界保健機関(WHO)によると、世界の約3.6%の人が過去1年間にPTSDを経験していると言われるほど、身近な精神疾患です。現状のPTSDの治療には、精神療法や抗うつ剤を使用した薬物療法が用いられています。しかし、治療の効果が現れない患者も存在するため、新たな治療法の確立が望まれています。
University of Toronto / Hospital for Sick ChildrenのPaul W. Frankland教授と、九州大学大学院薬学研究院 / Hospital for Sick Childrenの藤川理沙子助教らの研究グループは、神経新生 (※1) による海馬神経回路のリモデリング (※2) が、トラウマ記憶の忘却を促しPTSDに類似した症状を減弱させることを明らかにしました。まず、マウスでPTSDをモデル化するため、二重トラウマPTSDパラダイムを用いました。マウスに二度の強いショック (二重トラウマ) を異なる状況下で与えると、恐怖記憶消去の障害・不安の増大・安全な環境でも恐怖を感じてしまう汎化 (※3) など、PTSD患者で観察される症状に似た一連の行動が出現しました。ショックを与えた後、ランニングホイールを用いた自発運動により神経新生を増加させると、トラウマ記憶とPTSD症状が減弱しました。次に、神経新生の効果であるか調べるため、遺伝学的手法 (※4) を用いて新生神経だけにアプローチしました。新生神経の突起を伸長させ、神経回路への組み込みを促すことで、トラウマ記憶とPTSD症状が減弱しました。今回の成果により、海馬神経新生がトラウマ記憶とPTSD症状を減弱させる新たなメカニズムが明らかになりました。
世界では戦争が起こり、日本でも地震などの自然災害が続いています。PTSDに苦しむ患者は後を絶ちません。運動や薬物など、神経新生を標的とした療法が新たなPTSD治療として活用されることで、より多くの患者の治療に役立つことが期待されます。
本研究成果は英国の雑誌「Molecular Psychiatry」に2024年5月8日(水)午後8時(日本時間)に掲載されました。

用語解説

(※1) 神経新生
神経細胞のもととなる神経幹細胞が、神経細胞へと分化することを神経新生といいます。哺乳類の神経新生は胎生期から幼年期で起こる現象と以前は考えられてきましたが、近年では大人の脳でも神経新生が継続して起きていることが分かってきました。本研究では、この『成体神経新生』に着目しています。

(※2) 海馬神経回路のリモデリング
海馬では、嗅内皮質のニューロンから始まり、歯状回、CA3領域、CA1領域を経て再び嗅内皮質へ戻る神経回路が形成されています。海馬の歯状回で新しく産まれた神経は、数週間かけて海馬神経回路に組み込まれ、嗅内皮質から入力接続を受け取り、CA3の神経細胞と出力接続をします。これにより、海馬神経回路のリモデリングが起きます。

(※3) 汎化
トラウマ経験とは異なる状況、もしくは類似した状況においても、トラウマに関連する恐怖反応が生じることを汎化といいます。本研究では、トラウマ経験をした場所と壁や床が異なる部屋を用いて汎化の症状を評価しました。

(※4) 光遺伝学的手法
光で活性化されるイオンチャネル等のタンパク質を神経細胞に発現させ、青色もしくは緑色光を照射することで、特定の神経細胞の活動を活性化したり抑制したりできる技術のことです。本研究では、ネスチン陽性細胞に青色光照射によって活性化するチャネルロドプシン2を発現させ、歯状回を青色光照射することで神経細胞を活動させました。

論文情報

掲載誌:Molecular Psychiatry
タイトル:Neurogenesis-dependent remodeling of hippocampal circuits reduces PTSD-like behaviors in adult mice
著者名:Risako Fujikawa, Adam I Ramsaran, Axel Guskjolen, Juan de la Parra, Yi Zou, Andrew J. Mocle, Sheena A. Josselyn and Paul W. Frankland
DOI:s41380-024-02585-7

研究に関するお問合せ先

薬学研究院 藤川 理沙子 助教

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