2024-08-09 国際農研,マレーシア理科大学
ポイント
- 伐採直後のパーム古木1)には46%(乾燥重量あたり)のデンプンが含まれ、デンプン分解に伴い糖濃度が上昇
- デンプン含有量の低いパーム古木では、病害感染時に見られる防御応答システムが過剰に反応し、デンプンの合成や蓄積を妨害
- 生育状態や環境の悪化がパーム古木の植物免疫システムを活性化し、デンプン蓄積の抑制を示唆
概要
国際農研とマレーシア理科大学(以下、USM)の共同研究グループは、オイルパームの古木に含まれるデンプンと糖の量が、パームの生育状況や農園の環境条件に大きく左右されることを明らかにしました。
オイルパームは、寿命を迎えると伐採され農園に放置されます。放置された古木は、温室効果ガスの発生源となるだけでなく、病害菌を増殖させ、新しい苗木の生育阻害の原因となります。一方で、パーム古木にはデンプンと糖が含まれており、バイオエタノールやバイオプラスチックなどの持続可能な資源として有望視されています。
本研究では、トランスクリプトーム解析2)を用いて、パーム幹中のデンプン含有量の変動要因を明らかにしました。その結果、パーム幹中に、病害感染時に見られる感染特異的タンパク質3)(PRタンパク質)が過剰に生成されると、デンプンの合成や蓄積が妨げられることを明らかにしました。また、パームの生育状態や農園の環境が悪化すると、パーム古木の植物免疫システムが活性化し、デンプン蓄積が抑制されることが示唆されました。
本研究成果により、農園環境の悪化がパーム古木中のデンプン含有量に及ぼす影響を明らかにし、デンプン蓄積を促進するための栽培管理技術の開発に繋がります。これにより、パーム古木を農園から効率的に回収し、古木中のデンプンを高付加価値製品の原料として利用することが可能になります。結果として、これまで廃棄物とされていたパーム古木が有用な資源として活用されることで、温室効果ガスの発生を抑制し、農園の健康状態を改善することができます。この循環型アプローチは、持続可能なパーム油産業の実現に大きく貢献すると期待されます。
本研究成果は、「Industrial Crops and Products」電子版(日本時間2024年6月7日)に掲載されました。
関連情報
- 予算 SATREPSプロジェクト「オイルパーム農園の持続的土地利用と再生を目指したオイルパーム古木への高付加価値化技術の開発」
DOI: https://doi.org/10.52926/JPMJSA1801
発表論文
- 論文著者
- A Hanis, A Uke, K Sudesh and A Kosugi
- 論文タイトル
- Accumulation of starch and sugars, and effect on pathogenesis-related proteins in felled oil palm trunks from the replanting period
- 雑 誌
- Industrial Crops and Products
DOI : https://doi.org/10.1016/j.indcrop.2024.118863
問い合わせ先など
国際農研(茨城県つくば市) 理事長 小山 修
- 研究推進責任者:
- 国際農研 プログラムディレクター 林 慶一
- 研究担当者:
- 国際農研 生物資源・利用領域 鵜家 綾香
国際農研 生物資源・利用領域 小杉 昭彦 - 広報担当者:
- 国際農研 情報広報室長 大森 圭祐
研究の背景
パーム油の原料であるオイルパームは、食用油や工業用製品の原料として広く利用されており、経済的にも重要な熱帯作物です。しかし、パーム産業の拡大に伴い、廃棄物問題が深刻化しており、特に毎年7,500万トンに及ぶパーム古木の処理が大きな課題になっています。パーム古木は高い水分含有量のため、木材としての利用価値が低く、伐採後は粉砕され農園に放置されています。放置されたパーム古木は、害虫や病原菌を含む糸状菌の温床となり、植物の生育や土壌微生物叢に悪影響を与え、苗木の生育不良や植替えの失敗を引き起こす要因ともなっています。さらに、これら古木の放置は温室効果ガスの発生源となることが知られています。
一方で、パーム古木に含まれるデンプンや糖分は、バイオエタノールやバイオプラスチックなどの原料として有望視されています。パーム古木を農園から効率的に回収し、これらを糖質資源として有効活用することは、環境負荷軽減にも繋がります。
研究の経緯
パーム古木は維管束と柔組織から構成されており、特に柔組織にはデンプンが貯蔵されています。国際農研とUSMは、パーム古木に含まれるデンプン含有量と樹液中の糖分量の関係について長年研究を進めてきました。これまでの研究で、パーム古木に蓄積されるデンプン含有量が多いほど樹液中の糖分量が高くなることが分かっています(2015年度国際農研研究成果情報)。しかし、パーム古木のデンプン含有量は幹の個体差や農園ごとに変動しており、なぜこのような違いが生じるのか、また、デンプンがどのように蓄積されるかについては未解明のままでした。
パーム古木のデンプンや糖含有量の変動要因を解明し、その傾向を把握することは、持続可能なパーム農園の管理やバイオエタノール生産などの産業設計において極めて重要です。そこで本研究では、パーム古木のデンプンと糖含量の変動要因に焦点を当て、安定的な利用に向けた新たな栽培管理技術の基盤を築くことを目指しました(図1)。
研究の内容・意義
- 管理されたパーム農園では、伐採後のパーム古木乾燥重量あたり平均46.2%のデンプンが含まれていることが分かりました。このデンプンは伐採後15日間も安定して柔組織内に存在します。伐採翌日からデンプンが分解し始めると、デンプン含量が高い幹内では糖液(樹液)濃度が約1%上昇し、伐採15日後に平均8.4%(84.4 g/L)に達しました(図2Aの高デンプン)。この糖液は、主にグルコース、スクロース、フルクトースなど発酵可能な単糖で構成されています。
- 伐採15日後のパーム古木3種類、すなわち、①高デンプン、②低デンプン、③子実体形成(ガノデルマ4)に感染している幹)について、トランスクリプトーム解析によって遺伝子の動きを比較しました。その結果、低デンプンと子実体形成では、高デンプンよりも多くの遺伝子が活発に動いていることがわかりました(図2B)。この現象は、カビに感染すると、植物の病害感染時に見られる防御応答システムである感染特異的タンパク質(PRタンパク質)が過剰反応し、デンプンの合成や蓄積が妨げられることを示唆しています。この知見は、デンプン蓄積メカニズムの理解とともに、病害対策としても重要です。
- 発現する遺伝子を詳細に調べると、低デンプンと子実体形成ではPRタンパク質が多く発現していることが明らかになりました(図3)。この結果は、生育状態や環境が悪化すると、パーム古木の植物免疫システムが活性化し、デンプン蓄積が抑制されることを示唆しています。
今後の予定・期待
本研究成果は、パーム農園の持続可能な土地利用や経営に貢献するだけでなく、伐採後のパーム古木の資源価値向上にも繋がります。例えば、デンプン含有量を安定させることで、バイオエタノールやバイオプラスチックなどの高付加価値製品の原料としての利用が期待されます。
今後は、健全な農園環境を保つことの重要性を広める周知活動を行い、実際のパーム農園でのパーム古木の持ち出しや管理運用を開始する予定です。さらに、回収したパーム古木をバイオエタノールやバイオプラスチックなどの高付加価値製品の原料として活用する技術開発を進めます。これらの取り組みにより、パーム古木の資源化が進み、パーム農園の環境負荷の軽減と持続可能なパーム油産業の実現に大きく貢献することが期待されます。
用語の解説
- 1) パーム古木
- オイルパーム(アブラヤシ)の果実の生産量が低下し、栽培寿命を迎え伐採される幹をパーム古木と呼びます。栽培年数約25~30年で皆伐され、新しい苗木に更新されます。
- 2) トランスクリプトーム解析
- 細胞や組織内で発現される全てのRNA転写物を網羅的に調べる手法です。これにより、異なる環境条件下での遺伝子発現の違いや新たな転写物の発見が可能となります。また、発現している遺伝子群を解析することで、それぞれの遺伝子の機能を解明する手助けとなります。
- 3) 感染特異的タンパク質
- 植物が病原体に感染、または乾燥や低温などの非生物的な環境ストレスにある際に植物体内で生成されるタンパク質の総称で、PRタンパク質とも呼ばれます。病原体の細胞壁を分解してその成長を阻害するキチナーゼやグルカナーゼなどの細胞壁分解酵素やプロテアーゼ活性を持つ病原体の外被タンパク質を分解するタンパク質分解酵素などが含まれます。
- 4) ガノデルマ
- ガノデルマ属糸状菌の総称で、オイルパームに感染すると、幹は水分伝達機能が阻害されるなどの影響で徐々に実の収量が低下し、やがて枯死します。インドネシアやマレーシアで被害拡大が問題となっています。
図1. 研究概要の模式図
管理された農園と環境不良の農園からの伐採後パーム古木をトランスクリプトーム解析し、パーム幹中のデンプンと糖の遺伝子の動きを比較しました。パーム古木中のデンプン濃度は、ヨウ素溶液を噴霧することで迅速に判別できます。濃い色に変わればデンプン濃度が高く、薄い色であればデンプン濃度が低いことを示します。
図2. パーム古木に含まれるデンプンおよび樹液の糖濃度と発現変動遺伝子の特定
左側(A):伐採15日後、デンプン含量が低下し、糖含量が上昇しました。グラフ中のバーは標準偏差です。
右側(B):各パーム幹中の発現変動遺伝子数は、子実体形成で最も多く、次いで低デンプン、高デンプンの順です。これにより、発現変動遺伝子数がデンプン蓄積に関連することが示唆されます。
図3. パーム古木の生育状態がデンプン蓄積へ与える影響
図は遺伝子の発現量を色で表しており、青が濃いほど低発現、赤が濃いほど高発現を示しています。PRタンパク質の番号は、それぞれのタンパク質が所属するグループ番号を示しています。黒点線で囲む遺伝子では、高デンプンはPRタンパク質の発現が低く、低デンプンと子実体形成では高くなっています。この遺伝子の発現の違いが、デンプン含量に影響を与えることが明らかとなりました。