蛍光共鳴エネルギー移動に基づく二光子励起光遺伝学操作法を開発

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生体内で個々の細胞の情報伝達を光でコントロールする

2019-09-10 京都大学

寺井健太 生命科学研究科准教授、松田道行 同教授、金城智章 医学研究科博士課程学生らの研究グループは、二光子励起で効率よく活性化できる蛍光タンパク質からの蛍光共鳴エネルギー移動を利用して、植物が光を感じ取るための光応答性分子であるCRY2を二光子励起で活性化する技術を開発しました。
また、本研究では二光子励起の性質を利用して、生体内での多種多様な細胞の中から、狙った単一の細胞のみで、細胞の増殖や分化に重要な分子であるERKの活性をコントロールすることに成功しました。
本研究成果により、従来は調べることができなかった、生体の中で1つの細胞が周囲に与える影響を解析することが可能になります。これにより、生体内での細胞同士の情報伝達の理解が進み、様々な疾患の病態解明に繋がると期待されます。
本研究成果は、2019年9月10日に、国際学術誌「Nature Methods」のオンライン版に掲載されました。

図:本研究の概要図

書誌情報

【DOI】 https://doi.org/10.1038/s41592-019-0541-5

Tomoaki Kinjo, Kenta Terai, Shoichiro Horita, Norimichi Nomura, Kenta Sumiyama, Kaori Togashi, So Iwata & Michiyuki Matsuda (2019). FRET-assisted photoactivation of flavoproteins for in vivo two-photon optogenetics. Nature Methods.

日刊工業新聞(9月10日 21面)に掲載されました。

詳しい研究内容について

蛍光共鳴エネルギー移動に基づく二光子励起光遺伝学操作法を開発
―生体内で個々の細胞の情報伝達を光でコントロールする―

概要
生命を理解するには、生きた個体で細胞を操作する技術が必要です。狙った分子を光で活性化する光遺伝学 ツールはその代表的なものですが、3次元空間で狙った細胞だけを活性化するのは困難でした。
京都大学大学院生命科学研究科 寺井健太 准教授、松田道行 同教授、京都大学大学院医学研究科 金城智章 博士課程学生らの研究グループは、植物が光を感じ取るための光応答性分子である CRY2 を使って、細胞内の 情報伝達を光で制御しようと試みました。しかし、CRY2 は生きたマウスを観察するのに用いる二光子励起顕 微鏡の光では活性化できないことがわかりました。そこで、二光子励起で効率よく活性化できる蛍光タンパク 質からの蛍光共鳴エネルギー移動を利用して、CRY2 を二光子励起で活性化する技術を開発しました。また、 本研究では二光子励起の性質を利用して、生体内での多種多様な細胞の中から、狙った単一の細胞のみで、細 胞の増殖や分化に重要な分子である ERK の活性をコントロールすることに成功しました。
本成果により、従来は調べることができなかった、生体の中で 1 つの細胞が周囲に与える影響を解析するこ とが可能になります。これにより、生体内での細胞同士の情報伝達の理解が進み、様々な疾患の病態解明に繋 がると期待されます。今後は、傷口の修復や癌細胞の排除機構において、個々の細胞の特徴や機能を明らかに していきたいと考えています。
本研究成果は、2019 年 9 月 10 日に米国の国際学術誌「Nature Methods」のオンライン版に掲載されまし た。

1.背景
近年、イメージングの技術やツールの進歩により、生体内のシグナル伝達を、高い時空間解像度で観 察することが可能になってきました。しかし、観察したシグナルと、結果として生じる表現型との因果 関係を証明することは、観察のみでは困難です。この問題の解決策として、植物が光感知に用いる光応 答性分子を用い、シグナル伝達経路を光で操作する光遺伝学ツールが開発されてきました。一方、従来 型の光遺伝学ツールは試験管内で飼育される培養細胞では使用されていますが、生きたマウスの体の中 での使用例はほとんどなく、更なる工夫が必要でした。そこで同研究グループは、マウス生体内で使用 可能な光遺伝学ツールの開発を目的として、本研究を行いました。

2.研究手法・成果
 生体組織は光を通しにくいため、組織深部を見るためには、通常の 顕微鏡よりも組織透過性のよい光を用いた二光子顕微鏡を使用しま す。そこで、二光子励起法により、光遺伝学ツールの一つである CRY2 分子の活性化を試みました。しかしながら、CRY2 は二光子での活性 化効率が非常に低く、このままの状態では生体内での使用に不向きで あることが解りました。
この問題を解決するため、研究グループは、二光子励起効率の高い 青色蛍光タンパク質 BFP: Blue Fluorescent Protein)からの、蛍光 共鳴エネルギー移動により、CRY2 を二光子励起で活性化する手法を 考案しました(図 1)。蛍光共鳴エネルギー移動効率の測定と、タン パク質構造予測の技術を用いて、効率的にエネルギー移動が起こる分子構造を模索し、二光子励起で活 性可能な CRY2 システムの開発に成功しました。
本技術の有用性を示すため、細胞増殖やがん化に重要な ERK 分子を光で活性化する事ができるシステ ムを作製し、培養細胞由来の三次元の管腔構造体((図 2)や生きたマウスの皮膚((図 3)において、単一 細胞レベルの非常に高い空間解像度で ERK 活性を制御できることを示しました。更に、ERK 分子の細胞 間の伝播は、正常時の皮膚では抑制されており、増殖時には促進される事を発見しました。

3.波及効果、今後の予定
本成果により、生体内での細胞間情報伝達の研究が進み、生体組織における生理学的な機能や、病気 のメカニズムの解明につながるものと期待されます。今後は、様々な分子を光で操作ツールを作製し、 生体内の情報伝達の方法について調べて行きたいと考えています。

4.研究プロジェクトについて
本研究は、日本学術振興会科学研究費助成事業、科学技術振興機構戦略的創造研究推進事業(CREST)、中 谷医工計測技術振興財団技術開発研究助成、国立研究開発法人日本医療研究開発機構(AMED) の支援を受け、 実施しました。

<研究者のコメント>
近年、生体内で細胞の情報伝達を観察できる技術が開発されてきましたが、細胞に外から刺激を与えて情報 を精密にコントロールすることは長らく困難でした。本研究により、従来は調べることができなかった 【生き たマウスの中で、1 つの細胞が周囲に与える影響】を解析することが可能になります。本成果により、生体内 での細胞間情報伝達の研究が進み、生体組織における生理学的な機能や、病気のメカニズムの解明につながる ものと期待されます。傷口の修復や、癌細胞の排除機構において、個々の細胞の寄与を調べることで、それぞ れ細胞の個性や特徴を明らかにしていきたいと考えています。

<論文タイトルと著者>
タイトル:FRET-assisted photoactivation of flavoproteins for in vivo two-photon optogenetics (生体内での二光子励起光遺伝学操作法を目的とする フェルスター共鳴エネルギー移動に基づく フラボタンパク質光活性化技術の開発)
著 者:金城智章、寺井健太、堀田彰一朗、野村紀通、隅山健太、富樫かおり、岩田想、松田道行
掲 載 誌:Nature Methods  DOI:10.1038/s41592-019-0541-5.

<用語解説>
蛍光共鳴エネルギー移動: 近接した 2 個の蛍光分子の間で、エネルギーが移動する現象。

ニ光子励起: 2 個の光子が同時に吸収されたときに分子が励起される現象。2 個の光子が同時に吸収される 確率は非常に低いため、レンズ焦点面のみで分子を励起できる。通常の1光子励起であれば、光路上のすべて の分子が同様に励起されるが、二光子励起法では、空間上の1点のみを励起できる。

光遺伝学: 植物や細菌由来の光活性化タンパク質を利用して、神経細胞を始めとする様々な細胞の活性を制 御し、生体機能を操作する技術。

蛍光タンパク質: オワンクラゲ由来の蛍光を発するタンパク質で、生体分子の観察や分析の手段として生命 科学研究に幅広く用いられている。2008 年にノーベル化学賞を受賞した。

CRY2: 植物のシロイヌナズナ由来の光受容体タンパク質。青色光を吸収すると、構造が変化して、様々なタ ンパク質と相互作用する。この機能を利用して、光遺伝学のツールとして応用されている。

ERK: 全身の細胞に広く発現し、様々な細胞の増殖 分化 移動などに重要な機能を果たしているタンパク質。

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