植物花粉の急速な目覚めを支える巨大タンパク質の発見

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2024-12-02 東京大学

発表のポイント
  • 花粉は植物の作り出すユニークな細胞で、雄しべでつくられて成熟した後は休眠している一方で、雌しべについた後は急速に成長して受精に向かって競争する、という動静相反する性質を併せ持っています。しかし、なぜブレーキ状態から急速に加速できるのか、という疑問はほとんど解明されてきませんでした。
  • この研究では、あらゆる真核生物で保存されている巨大リン脂質チャンネルタンパク質VPS13の一種を植物が応用して、花粉の急速な目覚めを可能にしていることを明らかにしました。VPS13は花粉が休眠状態から活性化するために必要で、さらにカルシウムシグナル伝達を受けて細胞分泌系を花粉細胞内で正しく局在させることで発芽へと導くことが示唆されました。
  • 本研究成果は、植物生殖の制御や環境変動下での安定的な受精を可能にする技術に繋がることが期待されます。

植物花粉の急速な目覚めを支える巨大タンパク質の発見
花粉の活性化時に機能するVPS13の発見

概要

東京大学大学院農学生命科学研究科のSurachat Tangpranomkorn特任研究員(当時)、藤井壮太准教授(兼任サントリーSunRiSE研究者)、高山誠司東京大学名誉教授と、東京家政学院大学現代生活学部の石綱史子准教授、中部大学応用生物学部の鈴木孝征教授による研究グループは、植物の花粉発芽の鍵となる分子を明らかにしました。
本研究ではホタルルシフェラーゼ(注1)を応用しラボ独自に開発した花粉活性検出システム(図1左)を用いることで、花粉の機能に必要なVPS13aタンパク質を同定しました。植物では初めてVPS13分子種の詳細な機能が明らかになり、この研究成果は今後植物の生殖制御に役立つことが期待されます。


図1:植物の花粉と発芽において機能するVPS13

発表内容

植物の花粉はあらゆる生物の細胞を鑑みても独特の性質をもっています。花粉は雄しべで作られて成熟した後は水分蒸散により乾燥して休眠しますが、雌しべについた後は吸水し急速に成長して受精に向かいます。しかし、この極端な二つの性質がどのように切り替わっているのかについては理解が進んできませんでした。
研究チームでは花粉の発芽に関わる因子を探索するために、独自のシステムを開発しました。まず、発光タンパク質ホタルルシフェラーゼを活用して、花粉を受け取ることで発光する雌しべをつくる植物を作出しました(図1)。このバイオアッセイ系により花粉の機能に関するDNA変異体を効率的にスクリーニングして、シロイヌナズナ(注2)のAtVPS13aタンパク質が花粉発芽に必須であることを新たに見出しました(図2左)。AtVPS13aはVacuolar Protein Sorting-associated protein 13(VPS13)と呼ばれるタンパク質の一種ですが、VPS13は酵母で初めて見出されヒトや植物を含むあらゆる真核生物で保存されているものです。VPS13は真核生物に普遍的に存在するタンパク質としては最大の部類であり、通常4,000アミノ酸からなる長鎖のポリペプチド(注3)から構成されています。近年、細胞内でリン脂質(注4)を輸送するチャンネル(巨大な筒状のホースのような役割)(図2右)であることが報告されてきましたが、植物におけるVPS13の生理機能は不明でした。
電子顕微鏡によって観察すると花粉細胞内に脂質体(注5)と粗面小胞体(注6)が癒着した構造が非常に多く見出されますが、この癒着構造は花粉が吸水する際に一斉に乖離することが知られています。本研究ではAtVPS13aがない場合、この乖離現象がほとんど起きずに、その結果として花粉が発芽できなくなることを発見しました(図3左)。また、AtVPS13aはカルシウムイオン結合機能をもつC2ドメイン(注7)により、吸水時に花粉内に流れ込んだカルシウムイオンを感知して速やかに花粉管発芽部位に局在化することを明らかにしました(図3右)。そのことによってAtVPS13aは細胞の分泌小胞(注8)を花粉菅発芽部位に正しく配置させ、効率的な花粉発芽を可能にしていることが推察されました。
以上から、植物は進化の過程でVPS13がもつ巨大なホースのような高い輸送能力を巧みに活用するようになり、花粉細胞の休眠から活動への劇的なシフトを可能にしていることが考察されました。本研究は10年にわたる研究の成果ですが、AtVPS13aの様な鍵分子の発見は植物生殖の制御技術の発展に寄与することが期待されます。


図2:巨大な筒状の構造をもつVPS13aが花粉管の発芽に必須な機能をもつ


図3:VPS13aは花粉の内部構造の制御に重要な役割を果たす

発表者

東京大学
大学院農学生命科学研究科
Surachat Tangpranomkorn 特任研究員(当時)
木村 友香 特任研究員
加藤 義宣 助教
長江 拓也 東京大学特別研究員/日本学術振興会特別研究
藤井 壮太 准教授 <サントリーSunRiSEフェロー>
高山 誠司 東京大学名誉教授

奈良先端科学技術大学院大学
バイオサイエンス研究科
五十嵐 元子 特任研究員(当時)

東京家政学院大学
現代生活学部
石綱 史子 准教授

中部大学
応用生物学部
鈴木 孝征 教授</JSTさきがけ研究者>

論文情報
雑誌
New Phytologist
題名
A land plant specific VPS13 mediates polarized vesicle trafficking in germinating pollen
著者
Surachat Tangpranomkorn, Yuka Kimura, Motoko Igarashi, Fumiko Ishizuna, Yoshinobu Kato, Takamasa Suzuki, Takuya Nagae, Sota Fujii*, Seiji Takayama*
DOI
10.1111/nph.20277
URL
https://nph.onlinelibrary.wiley.com/doi/10.1111/nph.20277

About New Phytologist
New Phytologist is a leading international journal focusing on high quality, original research across the broad spectrum of plant sciences, from intracellular processes through to global environmental change. The journal is owned by the New Phytologist Foundation, a not-for-profit organisation dedicated to the promotion of plant science. https://www.newphytologist.org/

用語解説

 注1 ホタルルシフェラーゼ
ホタル体内で化学発光を触媒する酸化還元酵素。他の生物に遺伝子組換えを用いて導入することで、in vivo実験においてレポーター遺伝子として利用できる。

 注2 シロイヌナズナ
アブラナ科シロイヌナズナ属の一年草(学名:Arabidopsis thaliana 。世代サイクルが短く、遺伝子組換えが容易なため植物のモデル生物として用いられる。

 注3 ポリペプチド
10個(程度)以上のアミノ酸が、化学結合(ペプチド結合)によりつながった分子の総称。

 注4 リン脂質
リン酸エステル部位をもつ脂質の総称。両親媒性を持ち、脂質二重層を形成して糖脂質やコレステロールと共に細胞膜の主要な構成成分となるほか、生体内でのシグナル伝達にも関わる。

 注5 脂質体
細胞内に存在する脂質を蓄積した小さな球状の構造。粗面小胞体の膜から形成されると考えられている。

 注6 粗面小胞体
細胞の小器官の一つで、小胞体の表面にリボソームが付着しているのが特徴。このリボソームでタンパク質が合成され、粗面小胞体内に送り込まれ、修飾や輸送準備が行われる。

 注7 C2ドメイン
タンパク質内の特定の構造ドメインで、細胞膜のリン脂質と結合する働きがある。特にカルシウムイオンの存在に依存して膜結合が促進されることが多く、シグナル伝達や膜融合など、細胞内で重要な役割を担う。

 注8 分泌小胞
細胞内で物質を運搬して放出するために使われる小さな膜に包まれた構造体。植物においては細胞壁成分、シグナルペプチドなどの分子を含み、細胞成長に重要な役割を果たす。

研究助成

本研究は、科研費 新学術領域研究・植物新種誕生の原理(課題番号:JP16H06464, JP16H06467)、学術変革領域A・挑戦的両性花原理(JP22H05172, JP22H05174)、新学術領域研究・環境記憶統合(JP16H01467, JP18H04776)、基盤S(JP16H06380, JP21H05030)、基盤B(JP18H02456, JP24K01692)、挑戦的萌芽研究(JP15K14626、JP23K17987)、JSTさきがけ(JPMJPR16Q8)、サントリーSunRiSE生命科学者支援プログラム等の支援により実施されました。

問い合わせ先

(研究内容については発表者にお問合せください)
東京大学 大学院農学生命科学研究科
准教授 藤井 壮太(ふじい そうた)

中部大学 応用生物学部
教授 鈴木 孝征(すずき たかまさ)

東京家政学院大学 現代生活学部 生活デザイン学科
准教授 石綱 史子(いしづな ふみこ)

東京大学大学院農学生命科学研究科・農学部
事務部 総務課総務チーム 総務・広報情報担当(広報情報担当)

中部大学学園広報部 学園広報部広報課

東京家政学院大学総務部総務室 広報担当

生物化学工学
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