Heroタンパク質の発見とその驚くべき機能~[へろへろ]したタンパク質は[ヒーロー]のように働く

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2020-03-13    東京大学

発表者:
坪山 幸太郎(東京大学定量生命科学研究所 学振特別研究員)
泊 幸秀(東京大学定量生命科学研究所 教授)

発表のポイント:
◆タンパク質は一般に熱をかけると固まる性質を持ちますが、加熱しても固まらないという奇妙な性質を持つタンパク質が、ハエやヒトなどにも数多く存在することを発見しました。
◆これらのタンパク質は、決まった構造を持たず「へろへろ」した性質を持ち、耐熱性で機能がよく分かっていないことから、Hero タンパク質と名付けられました。
◆Hero タンパク質は、疾患の原因となりうるタンパク質の凝集(注 1)を防ぎ、ハエの寿命を延長させるなど、他のタンパク質を守る「ヒーロー」のように働くことが明らかとなりました。

発表概要:
タンパク質は一般に熱によって変性し、お互いに集まって凝集するという性質を持ちます。一方で、熱によって変性せず凝集しない熱耐性タンパク質は、これまで例外的であるとみなされ、そのようなタンパク質がどの程度存在するのか、またどのような機能をもつのかについては、不明なままでした。

今回、東京大学定量生命科学研究所の坪山幸太郎学振特別研究員、泊幸秀教授らの研究チームは、熱耐性タンパク質がヒトやハエにも豊富に存在することを発見しました。これらのタンパク質は、決まった構造を持たず「へろへろ」した性質を持つこと、また熱耐性(Heat-resistant) であり、機能があまりわかっていない(Obscure)ことから、Hero タンパク質と名付けられました。

驚くべきことに、Hero タンパク質には、他の一般的なタンパク質を安定化し、変性や凝集から守る「ヒーロー」としての役割を果たしていることが明らかになりました。例えば、タンパク質の異常な凝集は神経変性疾患(注 2)の原因となりうることが知られていますが、ヒトの iPS 細胞からつくった運動神経やショウジョウバエ個体を用いた実験において、Hero タンパク質がこのような異常な凝集を強く抑制する効果を持つことが確認されました。また、タンパク質の不安定性は老化にも関連することが分かっていますが、Hero タンパク質を増やすと、ハエの寿命が 3 割程度延長することも示されました。

本研究成果は、今までほとんど着目されてこなかった、奇妙な Hero タンパク質の予想外の機能を示した画期的なものであると言えます。将来的には、Hero タンパク質を利用した医薬品開発など、様々な応用研究に発展することも期待されます。

発表内容:
タンパク質は、漢字で「蛋白質」とも書くこともでき、「蛋」には卵、そして「白」にはもちろん色が白いという意味があります。卵は加熱しなければ白くなりませんので、「卵が白い」という意味を示す「蛋白」には、タンパク質は加熱すると白く固まるという性質が端的に表されていると言えます。では、なぜタンパク質は加熱するとお互いに集まって凝集し、白くなってしまうのでしょうか。

それは、タンパク質が複雑な立体構造を持っているからです。そのような複雑な構造は熱をかけると壊れてしまうため、タンパク質は一般に熱によって変性し凝集する性質を持ちます。しかし、特に極限環境で生きる特殊な生物においては、熱によっても変性せず凝集しないタンパク質が存在していることが以前から知られていました。例えば、乾燥、高温や低温、放射線などに耐えることができるクマムシには、熱耐性タンパク質が存在し、クマムシが乾燥環境下で生き延びるのに必要であることが示されています。しかし、熱耐性タンパク質が、ハエやヒトといった一般的な環境で生きる生物にどの程度存在するのか、またどのような機能を持っているのかということは、全く謎のままでした。

今回、東京大学の坪山幸太郎学振特別研究員、泊幸秀教授らの研究チームは、私達ヒトやハエにも数多くの熱耐性タンパク質が存在していること、そしてこれらのタンパク質が他の一般的なタンパク質を安定化し、変性や凝集から守る働きを持つことを明らかにしました。これは、今まであまり着目されてこなかった普遍的な熱耐性タンパク質の存在と、その重要な機能を示した、世界ではじめての例です。

具体的には、まずハエやヒトの細胞からの抽出液を 95 度で加熱し、固まったタンパク質をすべて除いたあと、残った液にまだ溶けた状態で含まれているタンパク質を網羅的に同定しました。すると、予想外なことに、加熱後も固まらずに溶けているタンパク質、つまり熱耐性タンパク質が、ハエにもヒトにも、それぞれ数百種類存在することが判明しました(図 1)。これらは熱耐性であり(Heat-resistant) 、ほとんど機能がわかっていない(Obscure) ということから、一群を Hero タンパク質と名付けることとしました。この名称は、擬音語の「へろへろ」つまり決まった構造を取らないという意味も含んでいます。

これらの Hero タンパク質の機能を調べてみると、一般的なタンパク質の機能を過酷な環境から保護することができるということがわかりました。例えば、タンパク質は、熱だけでなく、乾燥状態や有機溶媒(注 3) などに弱いということが知られていますが、Hero タンパク質はこれらの環境であっても、一般的なタンパク質を安定化させ、その機能を正しく保たせる活性があることがわかりました(図 2 上)。

タンパク質の不安定性は、神経変性疾患などの疾患の原因となることが知られています。例えば、筋萎縮性側索硬化症(ALS、注 4) などの疾患の原因の一つとして、TDP-43(注 5) というタンパク質の異常な凝集が挙げられます。この凝集に対する Hero タンパク質の効果を、ヒト iPS 由来の培養神経細胞やハエの個体などをモデルに検証したところ、Hero タンパク質はこの疾患の原因となる異常な凝集を防ぐことができることが明らかになりました(図 2 下)。

さらに、タンパク質の不安定性は、寿命にも関係があることがわかっていたため、ショウジョウバエをモデルに、Hero タンパク質の寿命への影響を調べてみました。ハエ個体の全身において、Hero タンパク質をより多く作らせたところ、その寿命がおおよそ 30〜40%程度も延長することが判明しました。

今回の研究によって、今まで見過ごされてきた Hero タンパク質の普遍的な存在が見いだされたと同時に、「へろへろ」した Hero タンパク質が、他の一般的なタンパク質の機能を保護して手助けするという「ヒーロー」のような機能が明らかとなりました。Hero タンパク質の作用メカニズムの解明は今後の大きな課題ですが、将来的には、タンパク質製剤の安定化剤としてや神経変性疾患治療への活用など、Hero タンパク質の様々な応用も期待されます。

発表雑誌:
雑誌名:PLOS Biology
論文タイトル:A widespread family of heat-resistant obscure (Hero) proteins protect against protein instability and aggregation
著者:Kotaro Tsuboyama†, Tatsuya Osaki, Eriko Suzuki-Matsuura, Hiroko Kozuka-
Hata, Yuki Okada, Masaaki Oyama, Yoshiho Ikeuchi, Shintaro Iwasaki, and
Yukihide Tomari†(†責任著者)
DOI 番号:10.1371/journal.pbio.3000632

問い合わせ先:東京大学 定量生命科学研究所
教授 泊 幸秀(とまり ゆきひで)

用語解説:
注 1 「タンパク質の凝集」
タンパク質は、もともと散らばって溶けているのが通常の状態になりますが、不安定になるとタンパク質がお互いに集まってしまい、大きな塊になってしまっている状態を指します。このような状態になるとタンパク質としての機能は失われ、むしろその他の生物学的な機能を損なうことがあり、神経変性疾患を始めとする疾患の原因ともなります。

注 2 「神経変性疾患」
脳を始めとする神経系の細胞が徐々に弱ってしまう疾患を指します。一般にゆっくりとした進行を呈し、また神経細胞にはタンパク質の凝集を含むという場合がほとんどです。よく知られた疾患に、認知症や筋萎縮性側索硬化症などが挙げられます。

注 3 「有機溶媒」
水に溶けない、いわゆる「油」のような性質を持つ液体を指します。タンパク質は水の中に溶けており、水と親和性の高い親水性の部分を外側に、水と親和性の低い疎水性(もしくは親油性) の部分を内側にした構造を持っています。そのため、タンパク質を油のような性質を持つ有機溶媒に溶かすと、本来内側に入っているはずの疎水性の領域が外側に移動してしまい、結果としてタンパク質の本来の構造が壊れてしまいます。このようなことから、有機溶媒は、タンパク質にとっては非常に過酷な環境であると言えます。

注 4 筋萎縮性側索硬化症 (ALS)
ALS は、Amyotrophic lateral sclerosis の略。神経変性疾患の中の一つであり、筋肉がやせ細り、筋力が低下してしまう疾患です。現在のところ、有効な治療法については確立されておらず、治療法の開発が期待される疾患の一つです。

注 5 TDP-43
読み方は「ティー・ディー・ピー・43」、transactive response DNA binding protein 43 kDa の略。ALS や認知症の一種において、凝集を形成し、疾患の原因の一つと考えられているタンパク質です。そのため、このタンパク質の凝集の解消が疾患の治癒につながる可能性があります。

添付資料:


図 1:細胞抽出液の加熱による影響
細胞抽出液には多くのタンパク質が含まれており、そのほとんどは熱に弱いため、もともとはほぼ透明な抽出液(左)を 95 度で加熱すると白くにごります(真ん中)。その後遠心分離をすると、熱によって凝集する一般的なタンパク質と熱によっても凝集しない Hero タンパク質(右)とに分けることができます。


図 2:Hero タンパク質の機能の概要
Hero タンパク質には、機能的なタンパク質をストレス環境(乾燥、高温、有機溶媒など)から保護する機能(上)や、凝集しやすいタンパク質が凝集してしまうのを防ぐ効果(下)があります。

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