2024-12-05 東京大学
発表のポイント
◆ ガラス板と塩水を用いた二度の連続した液-液相分離(LLPS)により、構造が似た水溶性高分子の混合物を迅速分離することに成功。
◆ ヒトの癌が誘発するデオキシリボ核酸(DNA)一塩基変異体を変異前のDNAとの混合物から97%の純度で迅速に分離。
◆ 変異体の迅速な検出と分離の両方を可能にするこの技術は、自動化により関連する生命科学を大幅に進展させる。
似た構造を持つDNAの迅速な分離および検出による同心分離法
概要
東京大学大学院工学系研究科化学生命工学専攻の龚 浩(ゴン ハオ)特任研究員と同大学国際高等研究所東京カレッジの相田卓三卓越教授(理化学研究所創発物性科学研究センターグループディレクターを兼任)らは、塩水(注1)とガラス板のみを使い、似た構造の核酸(注2)を固液界面(注3)にて同心円状に分離することに成功しました。
核酸、例えばDNAやRNAは、生物の基本的な遺伝情報を担っており、例えば、ヒトのBRAF遺伝子(注4)の約2,300の塩基のうち一塩基が置換されるだけで、複数の癌が発症する可能性があります(図1上)。従って、構造が類似した核酸を分離する技術は生命科学(注5)の進歩に大きく貢献しますが、容易ではありません。
本研究では、核酸混合物の水溶液に硫酸アンモニウムを加えることで液-液相分離(LLPS)(注6)を起こした分散液をガラス板上にたらすと、ガラス板上で自発的に二度目のLLPSが起こり、核酸混合物が同心円状に分離することを発見しました。この発見により、わずか一塩基変異(注7)を持つヒトのBRAF遺伝子断片の高速分離と選択的抽出が可能となりました。この成果は、末端のみが異なるポリエチレングリコール(PEG)(注8)の混合物を同じ方法で分離できるという同グループの発見を掘り下げていく過程で達成されました(図1下)。
この分離技術は、既存のものと比較してはるかに迅速かつ低コストであり、その基本原理はこれまでにない革新的なものです。さらに自動化を通じ、生命科学を大きく進展させるコア技術になる可能性があります。この研究での同心円状分離・抽出プロセスに関する特許(番号JP2024-188368)は、東京大学によって出願されています。
本研究は、2024年12月4日(英国時間)に英国の科学誌「Nature」のオンライン版に掲載されました。
図1:デオキシリボ核酸(DNA)を構成する4つのヌクレオチドの化学構造(上)。似た構造を持つDNAの迅速な分離および検出による同心分離法(下)。
発表内容
「塩析」効果は、塩が添加されることによって溶質が水溶液から分離される現象です。この分離技術は低コストであり、200年以上にわたって工業化されています。ポリマーが溶質の場合、通常であれば塩析によって沈殿やゲル形成が起こりますが、ポリマーが豊富な液滴が形成されるLLPSを生ずることもあります。LLPSによって生成される液滴やコアセルベート(注6)は多相構造を示す可能性があり、これまでは生命の起源(注9)に関連する原始細胞の文脈で広く研究されてきました。しかし、有用な分離技術としての研究がなされることはありませんでした。
本研究では、二度の連続したLLPSイベント、すなわち液相内における一度目のLLPSと固液界面における二度目のLLPSによって、似た構造を持つ水溶性高分子(注10)の混合物が同心円状に分離するという前例のない現象が報告されています(図2上)。この興味深い分離は、硫酸アンモニウムのようなイオン強度が大きい塩を高濃度に用いることで実現可能となります。硫酸アンモニウムは、水溶性の生体高分子を非破壊的に効率よく塩析させることでよく知られています。本研究グループは色素を末端に導入した、分子量(MW)= 5,000 Da のPEGの存在下でタンパク質の塩析挙動を調査している中、PEGの同心円状分離現象を発見しました。一般的にタンパク質は塩析しにくいため、この実験では高濃度の硫酸アンモニウムを使用していました。この溶液を共焦点レーザー走査顕微鏡(CLSM)観察(注11)のためにガラス板に滴下した際、黄緑色蛍光を発する無数のリングがガラス表面に形成されるという予想外の現象を見出しました。
プロセスの最適化により、平均で11,350個のオキシエチレン繰り返し単位からなる分子量の大きなPEGを同心円状に1分以内で分離することが可能となりました。望外にも3〜4種類のPEGの混合物も同心円状に分離されました(図2下)。
図2:似た構造を持つ水溶性高分子を二度の連続した液-液相分離(DLLPS)によって同心円状に分離する概念と手順の概略図(上)。未端および分子量が異なるPEGとDNAの同心円状に分離された混合物のレーザー共焦点走査型顕微鏡画像(下)。
そして詳細な検討を重ねることで、この同心円状分離の形成機構が明らかになりました。末端構造のみが異なるPEGの混合物の水溶液に硫酸アンモニウムを加えてLLPSを誘起し、液滴の分散液を調製します。この分散液をガラス板上にたらすと、二度目のLLPSが起こり末端構造の異なるPEGが互いに相分離します。この際、各PEG相はガラス板上で競争的に広がる(注12)ため、同心円が形成されます。この高速な同心円状分離は、クロマトグラフィー(注13)や毛細管流動誘起のコーヒーリング効果(注14)による分離とは本質的に異なります。応用につながる重要な成果として、「塩析」とは逆の「塩溶」を利用することで同心円状に分離した末端構造の異なるPEGを段階的に選択抽出することができるという点をあげることができます。
上記の興味深い分離現象は、構造のよく似たDNAやRNAなど核酸の分離にも利用できることが判明しました。例えば、未変異のDNAとその一塩基変異DNAの混合物を同心円状に分離し、その後選択的に抽出することが可能です。同心円状分離・抽出サイクルを3回繰り返すことにより、抽出された一塩基変異DNAの純度を97%まで改善することに成功しました。抽出された一塩基変異DNAは、ポリメラーゼ連鎖反応(PCR)(注15)を用いて増幅可能です。変異体の検出と分離の両方を可能にする本技術は、生命科学を大きく進展させるコア技術になる可能性があります。
発表者・研究者等情報
東京大学
大学院工学系研究科 化学生命工学専攻
龚 浩(ゴン ハオ) 特任研究員
坂口 裕理子 特任研究員
鈴木 勉 教授
大学院総合文化研究科 広域科学専攻
柳澤 実穂 准教授
国際高等研究所東京カレッジ
相田 卓三 卓越教授
兼:理化学研究所 創発物性科学研究センター グループディレクター
論文情報
雑誌名:Nature
題 名:Near-identical macromolecules spontaneously partition into concentric circles
著者名:Hao Gong*, Yuriko Sakaguchi, Tsutomu Suzuki, Miho Yanagisawa, Takuzo Aida*
DOI:10.1038/s41586-024-08203-4
URL:https://www.nature.com/articles/s41586-024-08203-4
研究助成
本研究は、科研費「特別推進研究(課題番号:23H05408)」の支援により実施されました。
用語解説
(注1) 塩水:この文脈では、特に硫酸アンモニウム溶液を指します。硫酸アンモニウムは、タンパク質や核酸の分離、沈殿に広く用いられる塩です。高い溶解度と強い塩析効果を持つため、タンパク質の溶解度を制御しやすく、液-液相分離(LLPS)を誘導するのに適しています。
(注2) 核酸:デオキシリボ核酸(DNA)とリボ核酸(RNA)は、いずれも遺伝情報を運ぶ分子です。DNAはデオキシリボース糖、リン酸基、そして4種類の窒素塩基(アデニン、チミン、シトシン、グアニン)から成り、一方、RNAはリボース糖、リン酸基、4種類の窒素塩基(アデニン、ウラシル、シトシン、グアニン)から構成されます。
(注3) 固液界面:固体材料が液体と接触する境界面。
(注4) BRAF遺伝子:BRAF遺伝子は、細胞の成長や分裂に関与するタンパク質であるB-Rafをコードする遺伝子です。B-Rafは、細胞内のシグナル伝達経路「MAPK/ERK経路」において重要な役割を果たし、細胞の増殖や分化を調節します。この遺伝子に変異が生じると、制御されない細胞増殖が引き起こされることがあり、いくつかのタイプのがん、特にメラノーマや甲状腺がんなどと関連しています。
(注5) 生命科学:生物や生命現象を対象とする広範な科学分野であり、生物学、生化学、遺伝学、生態学などの学問領域を含みます。生命科学は、生物の構造、機能、成長、起源、進化、および相互作用を探求し、医学、農業、環境科学、バイオテクノロジーなどの進展に貢献しています。
(注6) 液-液相分離(LLPS):分子の均一な溶液が自発的に2つの異なる液相に分離する過程。コアセルベート(英:coacervate)とは、水溶液のLLPSによって生じる、濃厚な高分子水溶液の液滴です。
(注7) 一塩基変異体:一塩基変異体は一塩基多型とも呼ばれます。DNA配列の単一ヌクレオチド位置での変異で、遺伝子の機能に影響を与え、病気と関連することがあります。
(注8) ポリエチレングリコール(PEG):繰り返しエチレングリコール単位(-CH2CH2O-)で構成された分子で、線状または分岐型のポリマーです。PEGは非常に親水性で生体適合性があり、製薬、バイオテクノロジー、表面化学で利用されています。
(注9) 生命の起源:地球上で生命がどのように誕生したかを研究する科学分野で、前生物的化学、バイオ分子の形成、自己複製システムの出現に焦点を当てています。
(注10) 高分子:通常、数千の原子から構成される大きく複雑な分子。一般的な例として、タンパク質、核酸、合成ポリマーが挙げられます。
(注11) 共焦点レーザー走査顕微鏡(CLSM):レーザーを使用して試料を走査し、高解像度の3次元画像を生成する強力なイメージング技術で、生物学や材料科学で広く利用されています。
(注12) 広がり:液体が固体表面に広がったり、付着したりする過程。
(注13) クロマトグラフィー分離:混合物の成分を、固定相と移動相との相互作用の差に基づいて分離する技術で、化学や生物学で広く応用されています。
(注14) コーヒーリング効果:液滴の蒸発中に、液滴中の粒子が周縁部に集まり、リング状の染みを残す現象。コロイド科学やインクジェット印刷に関連します。
(注15) ポリメラーゼ連鎖反応(PCR):特定のDNA配列を増幅するための実験室技術で、診断や法医学など様々な分野で遺伝物質の検出と分析に使用されます。
プレスリリース本文(2024年12月5日訂正版):PDFファイル
Nature:https://www.nature.com/articles/s41586-024-08203-4