2024-12-06 九州大学
データ駆動イノベーション推進本部
新岡 宏彦 教授
ポイント
- 近年、多能性幹細胞を使用して様々な組織への分化方法が開発されてきている。その分化培養技術は高度かつ専門的だが、一方で、熟練者の経験則に依存する面がある。
- 本研究では、ヒトES細胞から視床下部-下垂体オルガノイド*1への分化を対象として、分化の途中段階でその品質を判定するディープラーニングモデル*2を開発した。このモデルによる判定は、そのオルガノイドが将来発揮する機能に直結した。
- 今回開発されたモデルは、最終的なオルガノイドの品質をその分化途中の見た目だけで判別できる世界で初めてのモデルである。
- 本研究成果は、今後、再生医療の分野での品質管理への応用や、発生研究などへの利用が期待される。
概要
名古屋大学大学院医学系研究科 糖尿病・内分泌内科学の淺野友良客員研究者、須賀英隆准教授および有馬寛教授らの研究グループは、九州大学 データ駆動イノベーション推進本部の新岡宏彦教授と共同し、ヒトES細胞から視床下部-下垂体へと分化中のオルガノイドの品質を判定するディープラーニングモデルを開発しました。
多能性幹細胞は体の様々な組織に分化する能力を持つ細胞です。現在までに数々の分化培養方法が開発され、今後の臨床応用が期待されています。その培養方法は高度かつ専門的である一方で、試験管内での分化が上手く進んでいるかどうかの判定は熟練者の経験に委ねられている面があります。
今回開発されたモデルは、分化途中の視床下部で一過性に発現するRAX転写因子*3に注目し、その発現の良し悪しを分化途中のオルガノイドの明視野画像*4から推定して品質を判定するモデルです。約70%の精度でオルガノイドのなかのRAX転写因子発現を良・中・悪の3群に分類でき、細胞培養に従事する熟練者よりも優れた精度を示しました。さらにこの判定結果は、視床下部-下垂体オルガノイドが最終的に発揮すべき機能であるACTH*5分泌能の良し悪しに直結することが明らかになりました。最終的なオルガノイドの機能をその分化途中の見た目で予測可能なモデルは世界初のものとなります。
本成果により、分化途中のオルガノイドの外観で、望む方向に進んでいるか判定することができるようになると考えられます。また見た目のどこに注目して判定しているか分かるようにしたことから、どういった構造が発生の進展に重要なのか検討可能になるなど発生学分野に応用されることも期待されます。
本研究は日本医療研究開発機構(AMED)・難治性疾患実用化研究事業(研究課題名:ヒト多能性幹細胞を用いた下垂体前葉機能低下症への再生医療技術開発)、科学技術振興機構(JST)・創発的研究支援事業(JPMJFR200N)、科学研究費助成事業(JP23K08005)、ハーモニック伊藤財団、名古屋大学医学部附属病院先端研究支援経費のサポートを受けて実施され、英国科学誌「Communications Biology」の2024年12月6日付オンライン版に掲載されました。
用語説明
*1) オルガノイド
多能性幹細胞や組織幹細胞を三次元で培養して得られる組織。ヒト臓器の一部を再現しており生理機能を有する。再生医療、創薬、基礎研究など様々な分野で活用されている。
*2) ディープラーニング(Deep Learning)モデル
コンピューターが大量のデータからパターン学習する事によって、データ分析を行う事ができるモデル。人間の神経細胞を模したニューラルネットワークが多層化された構造を持つ。
*3) RAX転写因子
Retina and anterior neural fold homeoboxの略。視床下部や網膜の発生に関わる転写因子。最初に前神経領域に広く発現し、ついで網膜・視床下部・松果体などに限局して発現するようになり、最終的には消失する。
*4) 明視野画像
試料を明るい光で照らし観察する、最も一般的な観察方法。私たちの目で見たときと同じ見え方。蛍光タンパク質を捉えることはできない。
*5) ACTH
Adrenocorticotropic hormoneの略。下垂体前葉から分泌されるホルモンで、副腎皮質から糖質コルチコイドなどのステロイドホルモンの分泌を促進する役割を担っている。生存に必須のホルモンのひとつ。
論文情報
雑誌名:Communications Biology
論文タイトル:A deep-learning approach to predict differentiation outcomes in hypothalamic-pituitary organoids.
著者:淺野 友良、須賀 英隆、新岡 宏彦、湯川 博、榊原 真弓、多賀 詩織、宗圓 美香、三輪田 勤、佐々木 博勇、関 友望、長谷川 咲希、村上 奏、安部 政俊、安田 康紀、宮田 崇、小林 朋子、杉山 摩利子、尾上 剛史、萩原 大輔、岩間 信太郎、馬場 嘉信、有馬 寛
DOI: 10.1038/s42003-024-07109-1
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