脳内のオキシトシン神経活動を一細胞レベルで可視化~母乳の増える時期に母マウスの神経活動も増大~

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2024-12-14 理化学研究所,科学技術振興機構

理化学研究所(理研)生命機能科学研究センター 比較コネクトミクス研究チームの矢口 花紗音 大学院生リサーチ・アソシエイト、田坂 元一 上級研究員、宮道 和成 チームリーダーの研究チームは、母マウスが授乳を行う際のオキシトシン[1]神経の活動を一細胞レベルで可視化することに成功しました。

本研究成果は、個々のオキシトシン神経細胞の活動が授乳期の進展に伴いダイナミックに調整される様子を可視化することで明らかにし、自由行動下、リアルタイム、一細胞レベルの神経内分泌学を切り開くものです。

オキシトシンは、乳腺を収縮させることで母乳を放出する射乳反射[2]に必須な神経ホルモンです。授乳の際、オキシトシン神経細胞の集団は数分に1回、波状に活性化(パルス状活動)することで大量のオキシトシンを血中に分泌しますが、この活性化が一細胞レベルでどのように制御されているかは不明でした。

今回、研究チームは、内視顕微鏡[3]を用いた一細胞イメージングを新たに確立しました。その結果、授乳中には多くのオキシトシン神経細胞が一斉にパルス状活動に参加することが分かりました。また、出産後11~12日目の授乳中期では活動する細胞の数が増加し、それぞれの細胞でパルスの波幅(パルス状活動の時間)も伸びて全体の神経活動が増強したことから、仔マウスが必要とする母乳の増える時期にオキシトシン分泌を促進する仕組みの存在が示唆されました。一方、興味深いことに、授乳を終えた状態(卒乳)の母マウスは母乳をつくれないにもかかわらず、パルス状活動は低いながらも維持されていました。

本研究は、科学雑誌『Science Advances』オンライン版(12月13日付:日本時間12月14日)に掲載されました。

脳内のオキシトシン神経活動を一細胞レベルで可視化~母乳の増える時期に母マウスの神経活動も増大~
オキシトシン神経細胞の一細胞モニターシステム(左)と脳内のオキシトシン系の構造(右)

背景

オキシトシンは、分娩(ぶんべん)時の子宮収縮の促進、授乳期の射乳の誘発、子育て行動の促進などに重要な役割を果たします。社会性の促進、食事摂取量のコントロール、エネルギー消費量の調節にも関与しています。しかし、どのようにして多様な機能を果たすことができるのかは、未解決の問題です。

研究チームはこれまで、授乳中のマウスモデルを用いてオキシトシン神経細胞の研究を進めてきました。授乳期の母体において、子が乳頭に吸い付く吸啜(きゅうてつ)刺激が与えられると、その情報は感覚神経を通って母体の脳に伝わり、オキシトシン神経細胞を数分に一度の頻度で激しく活性化させ、大量のオキシトシンが波状(パルス状)に血中へと分泌されます。これが乳腺を収縮させ、貯蔵されていた母乳を乳管へと放出させることで、子は母乳を得ることができます。研究チームは先行研究において、ファイバーフォトメトリー[4]と呼ばれるイメージングツールを用いてオキシトシン神経細胞の活動測定を実現しています注1、2)。これらの研究から、オキシトシン神経細胞のパルス状活動は、3匹以上の仔マウスが同時に乳頭に吸啜を与えたときにのみ起こること、このパルス状活動の強度は、授乳期の進展に伴って増大すること、などが解明されました。しかし、活動の変化を一細胞レベルで解明するための空間解像度が不十分でした。

注1)2022年7月22日プレスリリース「オキシトシン神経細胞の脈動を捉える
注2)2023年5月23日プレスリリース「母マウスのオキシトシン神経活動を簡便に記録

研究手法と成果

研究チームはマウスの頭部に装着することのできる内視顕微鏡を用いることにしました。この手法では、円筒形のレンズである屈折率分布(GRIN)レンズを用いて、脳深部の神経細胞を一細胞レベルで可視化することができます。こうして母マウスが授乳を行う際のオキシトシン神経活動を自由行動下に一細胞レベルで可視化することに成功しました。

まず、神経細胞が活動した際の細胞内カルシウムイオン(Ca2+)の濃度変化を蛍光の強さに変換するセンサータンパク質(GCaMP[4])を、オキシトシン神経細胞に発現させました(図1A左)。この操作を施した雌マウスの室傍核(しつぼうかく)[5]の上部に、GRINレンズを設置することで、一個体当たり数十個のオキシトシン神経細胞を同時かつ個別に記録することができました(図1A右)。この内視顕微鏡の視野には、37個のオキシトシン神経細胞が検出されています。図1Bは出産後6日目の授乳中の母マウスにおいてこれら37個のオキシトシン神経細胞を観察した例です。母マウスを仔マウスと自由に接触させると、検出されたほぼすべての細胞において数分に一回同期したCa2+信号の上昇が見られました。これらの結果から、今回開発したシステムによって、授乳に関連したオキシトシン神経細胞の同期的な活動を一細胞レベルで捉える手法が確立されました。

授乳に関連したオキシトシン神経細胞の一細胞活動記録の図
図1 授乳に関連したオキシトシン神経細胞の一細胞活動記録

A.本研究における観察の対象。左は室傍核の切片においてオキシトシン神経細胞に特異的にGCaMP(緑色)が発現する様子を示す。室傍核の領域とGRINレンズの位置を点線で囲った。なお左右の室傍核のうち、右半球の室傍核にのみGCaMPを発現させている。青色は核染色。スケールバーは1mm。右は内視顕微鏡を通して観察した視野で、個々の円形の図形は観察対象とした細胞一つを示す。スケールバーは100マイクロメートル(μm、1μmは1,000分の1ミリメートル)。
B.出産後6日目の母マウスにおける授乳中のオキシトシン神経細胞の活動。左側には視野中に見られた37個の細胞の活動記録を示し、色は図1A右側の視野中における円形図形の色に対応する。横軸は記録時間、縦軸は活動強度を表し、60秒(60s)の時間と活動強度のスケールバーを右下に示す。細胞番号30を除いて全細胞がパルス状活動に同期していた。右側には、左側の破線四角で囲った45秒間における各細胞のパルス活動の平均を実線で示し、影は標準誤差を示す。各細胞のパルス活動にほとんどバラつきがない(影がほとんどない)ことが分かる。


次に研究チームは、卒乳後の母マウスに里子として別の仔マウスを与えた場合に、吸啜に応じてオキシトシン神経細胞の集団がパルス状活動を示すどうか、ファイバーフォトメトリー[4]で調べました(図2A)。その結果、授乳期とよく似たオキシトシン神経細胞集団のパルス状活動が観察されました(図2B)。しかし、母マウスとの同居にもかかわらず里子の仔マウスの体重は有意に減少し、卒乳後の母マウスは母乳を十分に産生していないことが分かりました(図2C)。詳しく観察したところ、卒乳後の再吸啜時では、以前の授乳期間中に観察されたものと比較して、パルス状活動の頻度が有意に低く、活動強度も小さくなることが判明しました(図2D、E)。

卒乳後のオキシトシン神経細胞に見られるパルス状活動の図
図2 卒乳後のオキシトシン神経細胞に見られるパルス状活動
A.実験スキームを模式的に示した図。
B.同一の母マウスにおける授乳期(出産後12日目)と卒乳2週間後のファイバーフォトメトリー記録。赤色ドットはパルス状活動を示す。卒乳後にもパルス状の活動が見られるが、その強度、頻度は授乳期に比べると減少する様子が見られる。それぞれ連続6時間の測定を示す。
C.6時間のイメージング実験後の仔の体重変化(%)。出産後12日目の母マウスと過ごした仔の体重は2%前後の増加が見られた一方、卒乳後2週間の母マウスと同居した里子の場合、仔の体重は減少しており、母乳は十分には出ていないと考えられる。
D.6時間当たりのパルス状活動の数。
E.ピークの高さにより測定した活動強度。
(C、D、Eにおける**は有意水準0.01において有意な違いがあることを示す)


ファイバーフォトメトリーを用いた以前のデータ注1)から、出産後1日目の授乳初期に比較して、出産後12日目の授乳中期にはオキシトシン神経細胞集団のパルス状の活動強度は大きくなり、個々の波の幅が伸びる方向に変化することが分かっています。この神経活動の増強は、母乳の増える授乳中期により多くのオキシトシンを分泌するために有効だと考えられます。今回のデータから、オキシトシン神経細胞集団のパルス状活動は、卒乳後には授乳期に見られたパルス状活動の増強が解除され、授乳初期によく似た”基底状態”に戻っている様子が捉えられました。

そこで、これらの変化を今回確立した内視顕微鏡法により解析しました。その結果、授乳初期と中期とを比べると、パルス状の活動に参加するオキシトシン神経細胞の数が1.4倍に増加し、個々の波の幅も伸びる方向に変化することが分かりました。内視顕微鏡観察では、同一の神経細胞の活動を、日をまたいで個別に追跡することができます。実際、授乳初期から中期にかけて、約65%のオキシトシン神経細胞は一貫してパルス状活動を示していました。これを「維持群」と呼ぶことにしました。一方で、約30%のオキシトシン神経細胞は、授乳初期には活動が見えず、授乳中期に活動に参加していました。こちらは「新規加入群」と名付けました。維持群に着目すると、授乳初期から中期にかけて個々の波の幅が広くなる方向にさまざまな変化を示す細胞が見つかりました。こうして、授乳中期にかけて、維持群の波が長くなることと、新規加入群が参加することの二つの要因によって、全体として授乳中期のパルス状活動はより強く長くなることが分かりました(図3)。

同様に卒乳に伴う変化を解析すると、出産後12日目の授乳中期と比較して、卒乳後2週間目にはパルス状活動に参加するオキシトシン神経細胞の数が減少し、個々の波の幅も短くシンプルなパターンに戻っていることが分かりました(図3)。維持群と新規加入群とを比較すると、維持群は7割以上が卒乳後にも活動を維持していたのに対し、新規加入群は半数近くが活動を停止していました。このように、新規加入群は授乳期の状態に応じてパルス状活動を始めたり停止したりすることで、集団としてのパルス状活動の強度を調整する役割を担っていると考えられます。

一細胞解析から明らかになった個々のオキシトシン神経細胞の挙動の図
図3 一細胞解析から明らかになった個々のオキシトシン神経細胞の挙動
オキシトシン神経細胞には、授乳初期からパルス状活動に参加する「維持群」と、授乳中期に新たにパルス状活動に参加する「新規加入群」の二つの集団が存在する。維持群の細胞は、初期には個々の波の幅は短いが、授乳中期までに波の幅が長くなる傾向にある。さらに新規加入群の参加により、授乳中期の集団活動はより強く、長くなる。卒乳後には、新規加入群を中心にパルス状活動から離脱する細胞が出現し、残った細胞の波の幅も短くシンプルに変化する。こうして授乳期の進展に伴って、個々のオキシトシン神経細胞は柔軟に活動性を変化させ、パルス状活動の強度や長さを調整していると考えられる。

今後の期待

今回の研究により、授乳に伴うオキシトシン神経細胞の活動が一細胞レベルで捉えられたことは、今後、他のさまざまな生命現象においてオキシトシンがいつ、どのように分泌されるのかを理解する上で重要な第一歩となります。オキシトシン神経細胞の活性化は、自閉症スペクトラム障害など社会性行動の非定型性を伴う発達障害の治療戦略としても注目されていることから注3)、薬剤投与によりオキシトシンの分泌を制御する技術の開発が進められています。本研究で確立した観察手法は、授乳のみならず、オキシトシンの関与するさまざまな生理機能の解明やその応用研究に貢献すると期待されます。

注3)2024年10月11日プレスリリース「社会性行動を制御する神経細胞の脆弱性

補足説明

1.オキシトシン
視床下部室傍核や視索上核に存在するオキシトシン神経細胞によって合成され、下垂体後葉から分泌されるホルモン。9個のアミノ酸残基から構成されるペプチドホルモンで、1906年、ヘンリー・デールによって子宮筋の収縮活性を指標に発見された。ヒトを含む哺乳動物の陣痛促進剤として広く使用されている。近年、古典的な母性機能に加えて、男性の生殖機能の制御や、両性ともに社会親和性を増加させる作用が着目され、活発に研究が進められている。

2.射乳反射
授乳期にプロラクチンなどの指令を受けて産出された母乳は、乳腺葉に貯蔵されているが、そのままでは子に届かない。子が乳頭に対して吸啜刺激を与えると、刺激を受けた個体の感覚神経を介して視床下部のオキシトシン神経細胞が活性化し、下垂体後葉からオキシトシンが分泌される。オキシトシンが乳腺を収縮させると、母乳が乳管へと射出され、子に届くようになり、授乳が行われる。この一連の反応を「射乳反射」と呼ぶ。オキシトシンは射乳反射の機能において必須であり、オキシトシン遺伝子を欠損する変異マウスは重篤な授乳障害を呈する。本研究では出産後1~2日目を授乳初期、11~12日目を授乳中期と呼んでいる。マウスの授乳期間は21日間程度である。

3.内視顕微鏡
顕微鏡レベルの空間解像度を持ち、脳などの組織中に刺入することのできる内視鏡(endoscope)の総称。本研究では米国Inscopix社の販売するミニチュア顕微鏡nVistaに脳内に刺入する屈折率分布(GRIN)レンズを組み合わせて使用している。動物の頭蓋に固定することができ、自由行動下で神経活動を検出することができる。

4.ファイバーフォトメトリー、GCaMP
ファイバーフォトメトリーはin vivo(生体内)蛍光検出法の一つ。脳などの臓器に蛍光プローブを導入後、その直上に光ファイバーを埋め込み、光ファイバーを介して励起光の照射と蛍光の検出を行う。蛍光プローブとしては、本研究でも使用したGCaMPなどのカルシウムイオン(Ca2+)センサーがよく用いられる。GCaMPは、緑色蛍光タンパク質、カルモジュリンのCa2+結合部分、ミオシン軽鎖キナーゼのM13ペプチドを遺伝子工学的に結合させたCa2+センサー蛍光タンパク質で、Ca2+が結合すると蛍光の明るさが変化する。Ca2+センサーのほかにも、シグナル伝達分子活性の可視化や小分子リガンドの検出など、さまざまな用途に応用可能であるが、空間解像度は低く、通常、数百の細胞の集団的な蛍光強度変化を捉える手法である。

5.室傍核(しつぼうかく)
内分泌や自律機能の調節を担い生理機能をつかさどる中枢領域である視床下部は、特定の機能のための数多くの神経核(細胞の集まり)から構成されており、室傍核はその一部である。室傍核は、オキシトシン神経細胞のほか、抗利尿ホルモンとして有名なバソプレシンや、ストレス応答に重要なコルチコトロピン放出ホルモンを分泌する神経細胞などから構成され、神経内分泌の中枢の一つである。

研究支援

本研究は、理化学研究所運営費交付金(生命機能科学研究)で実施し、理化学研究所大学院生リサーチ・アソシエイト制度「射乳反射を司るオキシトシンパルス形成の神経回路基盤の解明(矢口花紗音)」、日本学術振興会(JSPS)科学研究費助成事業若手研究「養育行動を引き起こすマルチモダル感覚の統合機構とその可塑性(研究代表者:田坂元一)」、同基盤研究(B)「妊娠期における神経回路の再編による母体機能の制御(研究代表者:宮道和成)」、科学技術振興機構(JST)戦略的創造研究推進事業さきがけ「養育行動を引き起こす多感覚統合機構の解明(JPMJPR21S7、研究代表者:田坂元一)」による助成を受けて行われました。

原論文情報

Kasane Yaguchi, Kazunari Miyamichi, and Gen-ichi Tasaka, “Flexible Adjustment of Oxytocin Neuron Activity in Mouse Dams Revealed by Microendoscopy”, Science Advances, 10.1126/sciadv.adt1555

発表者

理化学研究所
生命機能科学研究センター 比較コネクトミクス研究チーム
チームリーダー 宮道 和成(ミヤミチ・カズナリ)
上級研究員 田坂 元一(タサカ・ゲンイチ)
大学院生リサーチ・アソシエイト 矢口 花紗音(ヤグチ・カサネ)

JST事業に関する問い合わせ

科学技術振興機構 戦略研究推進部ライフイノベーショングループ
沖代 美保(オキシロ・ミホ)

報道担当

理化学研究所 広報室 報道担当
科学技術振興機構 広報課

医療・健康
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