2025-01-09 理化学研究所
理化学研究所(理研)脳神経科学研究センター 理研CBS-トヨタ連携センター(BTCC)社会価値意思決定連携ユニット(研究当時)の赤石 れい ユニットリーダー(研究当時)らの国際共同研究グループは、グループサイズの変化が人々の協力行動に影響を与えるメカニズムを解明しました。
本研究成果は、人類がどのようにして大規模な協力的社会を形成できるのかという根本的な問いの理解に貢献すると期待されます。
これまでの研究ではグループサイズ(人数)が大きくなるほど、一人の相手との関係悪化のコストが相対的に小さくなり特定の相手との相互作用の頻度も低下するため、将来の協力による報酬が得られにくくなることから協力行動が減少すると考えられてきました。
今回、国際共同研究グループは、グループサイズの増加に伴い協力行動が増えるという従来の知見と矛盾した現象について、その神経認知メカニズムを明らかにしました。この実験では、83人の参加者を対象とした行動実験と機能的磁気共鳴画像法(fMRI)[1]を用いて、参加者が2人から6人の可変サイズのグループで意思決定を行いました。その結果、グループが大きくなるほど協力行動の確率が増加しました。
また、この予想外の現象が人々の記憶容量の限界に起因することを突き止めました。グループが大きくなると、特定のメンバーとの接触頻度が下がり、以前のやり取りを正確に思い出すことが難しくなります。記憶の不確実性が高まると、個人の協力的な社会的傾向がより強く行動に影響を与え、結果としてグループ全体の協力レベルが向上することが分かりました。記憶の保持の強さは、紡錘状回(ぼうすいじょうかい)[2]と楔前部(けつぜんぶ)[3]で符号化され、これらの情報は前頭前皮質(ぜんとうぜんひしつ)[4]や前帯状皮質(ぜんたいじょうひしつ)[5]で基本的な社会的傾向と統合されることが明らかになりました。
本研究は、科学雑誌『Communications Psychology』オンライン版(2024年12月23日付)に掲載されました。
実験パラダイムの概要
背景
人類の文明は大規模な協力の上に成り立っていますが、これには人類特有の行動や脳の特徴が関わっていると考えられてきました。例えばダンバーらの研究により、霊長類の脳の大きさと社会的グループのサイズには強い相関があり、ダンバー数と呼ばれる人間に特徴的なグループのサイズも脳の大きさから推定できることが示唆されてきました注1)。また、個人の白質[6]構造の違いが友人の数と関連していることや、発達期のグループサイズが脳の成熟に影響を与えることが示されています。これらの発見は、グループサイズが生涯や世代にわたる時間スケールで脳の構造と行動と関連していることを示唆しています。
このような脳の特徴があるものの、グループサイズが大きくなるほど協力は難しくなると考えられてきました。従来の経済理論やゲーム理論の研究においても、グループサイズの増加は協力を抑制する要因として考えられてきました注2)。これは以下の二つの理由に基づいています。第1に、グループサイズが大きくなると、1人の協力相手との関係が悪化することのコストが相対的に小さくなります。第2に、特定の相手との相互作用の頻度が下がる(相互作用間隔が長くなる)ことで、将来の協力から得られる潜在的な報酬が減少します。実際、過去の実験研究の多くは、大きなグループでは協力が減少することを報告していました。
しかし、これらの研究では、グループのメンバーシップが固定されており、参加者は好ましくないグループから離脱したり、非協力的なメンバーに制裁を加えたりすることができませんでした。また、グループメンバーの数が変動する可能性も考慮されていませんでした。現実の集団形成過程では、これらのグループの流動性の要素が重要な役割を果たすと考えられます。
さらに、これまでの研究では、参加者の記憶能力について、完璧な記憶力を持つか、あるいはほとんど記憶できないか、のいずれかを仮定することが一般的でした。しかし、実際には、人間は、適度に良好ではあるが、容量の限られたノイズの多い作業記憶(ワーキングメモリー)能力を持っています。グループが大きくなるとより多くの相手とのやり取りの記憶を保持する必要があるため、記憶の制限とグループサイズが何らかの関係性を持つことが予測されます。実際にダンバーらは、グループサイズが拡大すると社会的情報処理や記憶といった認知能力の制限を押し広げる必要が生じ、それに伴い認知能力を支える脳の大きさも増大してきたとする「社会脳仮説」を提唱しています。しかし作業記憶などの認知能力の制限とグループサイズが実際に実験状況でどのように関連しているかは明らかにされていませんでした。
本研究では、従来の研究で欠けていたグループ形成におけるグループメンバーの流動性やグループサイズの変更が記憶能力の制限と相互作用するような特徴を持つ新しい実験パラダイムをつくり、グループ形成の初期段階における協力行動のメカニズムを解明することを目指しました。特に、社会的なやりとりに関する記憶能力とその神経基盤がグループサイズと協力行動の関係に与える影響に注目しました。
注1)Dunbar, R. I. (1993). Coevolution of neocortical size, group size and language in humans. Behavioral and brain sciences, 16(4), 681-694.
注2)Isaac, R. M., Walker, J. M., & Williams, A. W. (1994). Group size and the voluntary provision of public goods: Experimental evidence utilizing large groups. Journal of public Economics,54(1), 1-36.
研究手法と成果
国際共同研究グループは、83人の参加者を対象に、グループサイズが動的に変化する環境での意思決定実験を実施しました。参加者は機能的磁気共鳴画像法(fMRI)を用いた脳活動計測中に、他のメンバーと繰り返し「囚人のジレンマゲーム[7]」と呼ばれる二者間の意思決定課題を行いました。この課題では、各参加者は各試行で無作為に選ばれた1人のメンバー(参加者は人間だと思っているが実際にはコンピューターにより制御されたパートナー)と囚人のジレンマゲームによるやり取り(相互作用)を行い、パートナーと協力するか否かを選択します。この実験の特徴は、グループのメンバー数が2人から6人の間で動的に変化する点です。およそ10%の試行で新しいメンバーが加わり、20%の試行では現在のメンバーとの関係を解消するかどうかの選択が可能でした。
意思決定実験の結果、予想に反してグループサイズの増加に伴い協力行動が増加しました。全体として57%の試行で協力行動が選択され、グループサイズが大きくなるほど、また特定のメンバーとの相互作用間隔が長くなるほど、協力的な選択が増えました。一方で、パートナーの前回の選択をまねる「応報的な」行動は減少しました(図1)。
図1 グループサイズと協力行動の関係
グループサイズの増加に伴う協力率の上昇(左)と相互作用間隔の増加に伴う応報性の低下(右)を示す。青緑線は協力率、赤線は応報性を表す。エラーバーは95%信頼区間を表す。
fMRIによる脳機能画像解析では、意思決定に関与する脳領域のネットワークが同定されました。記憶の保持の強さは紡錘状回と楔前部で符号化され、これらの情報は側坐核(そくざかく)[8]において報酬価値として処理されていました。特に、記憶の保持が強いほど、紡錘状回と楔前部の間、および楔前部と側坐核の間の機能的結合が増加することが示されました(図2)。
図2 記憶と価値の脳内ネットワーク
記憶処理に関わる脳領域(楔前部・紡錘状回:青色)(左)と紡錘状回(青色)、楔前部(青色)、価値判断に関わる側坐核(緑色)での各脳領域間での機能的結合(右)。記憶の保持が強いほど、これらの脳領域間の機能的結合が強まることを示している。
さらに詳細な解析により、前頭前皮質において、これらのパートナーとの相互作用に関する記憶と実験参加者ごとの社会的な傾向が統合されて意思決定に活用されていることが明らかになりました。実験参加者はそれぞれ平均的にパートナーとどれくらいの確率で協力するかが違っており、この実験の時間の中では安定した傾向を持っていました。これらの脳領域では、相互作用レベル(パートナーとの記憶:数試行~数十試行)、個人レベル(社会的傾向:実験全体)という二つの異なる情報が統合されています。特に重要な発見は、記憶の不確実性が高まると、より長期的な時間スケールの情報である安定した個人の社会的傾向がより強く行動に影響を与えるようになることです。この情報統合の過程は、主に左前頭前皮質と前帯状皮質における活動パターンに反映されていました(図3左)。この情報統合の際には、二つの情報が一致しない場合に葛藤が生じることが示唆されます。具体的には、「参加者の社会的傾向(もともと協力的か否か)」と「パートナーの前回の選択(協力か非協力か)」が一致しない場合、葛藤が大きくなり、前頭前皮質の一部である左背外側前頭前野の活動が変化することが確認されました。例えば、普段は協力的なのに、前回裏切られたパートナーと対峙する場合には葛藤が生じます。この葛藤の大きさは、パートナーとの記憶の距離(前回の相互作用からの時間的距離)によっても変化し、記憶が「少し前」の場合に比べて「直近」の場合により大きな葛藤が生じました(図3右)。
図3 前頭前皮質における社会的傾向と記憶の距離の情報の統合
前頭前皮質の一部である背外側前頭前野の情報統合時の活動パターン(左)。脳の前頭部は、「参加者の社会的傾向(もともと協力的か否か)」と「パートナーの前回の選択(協力か非協力か)」という二つの情報を組み合わせて意思決定の計算を行う。二つの情報が意思決定に与える影響がそろっている場合(例:参加者は協力的で、パートナーが前回協力を選んだ)は活動が下がり(青緑線の直近)、そろっていない場合(例:参加者は協力的だが、パートナーが前回非協力を選んだ)は活動が上がる(赤線の直近)領域が脳の前頭前野で見つかった。これらの効果は、パートナーとの記憶の距離によって変化し、記憶が「少し前」の場合に比べて「直近」の場合により顕著になった(青緑線と赤線の差が大きい)(右)。
今後の期待
本研究により、グループサイズの変化が人々の協力行動に影響を与えるメカニズムが明らかになりました。「大きな組織ほど人間は協力的か?」という問いの一見直感に反するに結果に対し、最新脳科学を駆使してそのメカニズムを解き明かしました。特に重要な発見は、グループサイズの拡大が、記憶の不確実性を高め、結果として個人の根底にある協力傾向を顕在化させることで、全体の協力行動を促進するということです。この知見は、メンバー間の関係性を柔軟に調整できる組織設計や社会システムの構築に向けて、重要な示唆を与えるものです。
従来、チームの規模は業務効率や管理のしやすさを重視して決定されてきましたが、本研究の結果は社会構造の柔軟性を考慮する必要性を示しています。例えば、企業や研究機関におけるチーム編成においては、メンバーが自然に関係性を構築・調整できる柔軟な組織構造を設計することで、より効果的な協力関係を構築できる可能性があります。
また、オンラインプラットフォームやソーシャルメディアの設計にも重要な示唆を与えます。現代社会では、デジタル環境での協力や信頼関係の構築が大事になっています。本研究で明らかになった記憶と社会的傾向の情報統合のメカニズム、および社会的連帯の動的な形成・解消の重要性を踏まえることで、ユーザーが自然に関係性を発展させられる柔軟なプラットフォーム設計が可能になるかもしれません。
さらに、この研究は人類の進化に関する理解にも新しい視点を提供します。特に前頭前皮質における異なる時間スケールの情報統合能力(マルチスケール計算[9])と、社会的関係を柔軟に調整する能力が、大規模な協力的社会の形成を可能にした要因である可能性を示唆しているからです。この観点は、人類特有の認知能力と社会性の共進化を理解する上で重要な手がかりとなるでしょう。
今後は、本研究の成果をより現実的な環境での長期的な相互作用に拡張していく必要があります。例えば、既存の組織における実証研究を通じて、文化や階層構造、個人の性格特性といった要因が、社会的連帯の形成にどのような影響を与えるのかを検討することが大切です。また、これらの知見を実践的に活用するための具体的な方法論の開発も期待されます。特に、個人やグループの特性に応じて、柔軟な関係構築を促進するかという点は、重要な研究課題となるでしょう。
補足説明
1.機能的磁気共鳴画像法(fMRI)
脳の活動を血流の変化を通じて計測する方法。特定の課題遂行時に、脳のどの部位が活動しているかを非侵襲的に調べることができる。空間分解能が高く、深部の脳領域の活動も計測できることが特徴。
2.紡錘状回(ぼうすいじょうかい)
後頭葉から側頭葉にかけて位置する領域で、顔の認識や視覚的な記憶に特化した処理を行う。社会的な相互作用において、相手の顔を認識し記憶する際に重要な役割を果たす。
3.楔前部(けつぜんぶ)
頭頂葉の内側部に位置する領域で、記憶の想起や自己に関する処理(自分の身体の空間認識、他者との関係性における自己の位置付けなど)に関与する。社会的な文脈における記憶の保持と想起において重要な機能を担う。
4.前頭前皮質(ぜんとうぜんひしつ)
脳の前方部に位置する領域で、高次の認知機能を担う。特に意思決定、実行機能、感情制御などに重要な役割を果たす。実行機能とは、目標に向かって行動を組織化し制御する能力を指し、作業記憶(情報を一時的に保持し操作する能力)などを含む。前頭前皮質はこれらの実行機能を統括し、複数の情報を統合した上で、状況に応じて適切な行動を選択する機能に関与している。
5.前帯状皮質(ぜんたいじょうひしつ)
前頭葉の内側部に位置する領域で、意思決定における価値判断や異なる選択肢間の葛藤の検出・解消に関与する。葛藤処理には二つの重要な段階があり、まず葛藤の検出(異なる選択肢間で矛盾や競合が生じていることを感知する過程)を行い、次に葛藤の解消(検出された葛藤を解決し、適切な行動を選択する過程)を行う。特に、前帯状皮質は、社会的な状況における価値の計算や、異なる選択肢間の葛藤の解消に重要な役割を果たす。
6.白質
中枢神経組織の中で主に有髄神経線維が集積している部分。有髄神経線維のミエリンが生体膜の構成成分である脂質を豊富に含んでおり、白く見えることから、白質と呼ばれる。
7.囚人のジレンマゲーム
2人のプレイヤーが協力するか裏切るかを選択する状況で、互いに協力すれば両者に利益があるが、一方が裏切ると短期的には裏切った方が得をする状況を表現した実験課題。社会的なジレンマ(葛藤)状況を研究するために広く用いられている。
8.側坐核(そくざかく)
大脳基底核の一部で、報酬系の中心的な役割を果たす。報酬の予測や快感の処理に関与し、社会的な相互作用における価値の計算にも重要な役割を果たす。
9.マルチスケール計算
異なる時間スケールでの情報処理を統合する計算メカニズム。本研究では、相互作用の記憶(数試行~数十試行)、社会的傾向(実験セッション全体)という異なる時間スケールでの情報処理が、協力行動の制御に関与していることが示された。
国際共同研究グループ
理化学研究所 脳神経科学研究センター 理研CBS-トヨタ連携センター(BTCC)
社会価値意思決定連携ユニット(研究当時)
ユニットリーダー(研究当時)赤石れい(アカイシ・レイ)
(現 脳神経科学研究センター 社会価値意思決定研究ユニット ユニットリーダー)
米国国立衛生研究所
研究員 ウォイチェック・ザイコウスキー(Wojciech Zajkowski)
ハーバード大学(米国)医学部・ケンプナー研究所
研究員 ライアン・バッドマン(Ryan P. Badman)
情報通信研究機構 脳情報通信融合研究センター 脳情報工学研究室
室長 春野 雅彦(ハルノ・マサヒコ)
研究支援
本研究は、理研CBS-トヨタ連携センター(BTCC)(LP3009219)の支援を受けて実施されました。
原論文情報
A Neurocognitive Mechanism for Increased Cooperation During Group Formation, “Wojciech Zajkowski, Ryan P. Badman, Masahiko Haruno, Rei Akaishi”, Communications Psychology, 10.1038/s44271-024-00177-3
発表者
理化学研究所
脳神経科学研究センター 理研CBS-トヨタ連携センター(BTCC)
社会価値意思決定連携ユニット(研究当時)
ユニットリーダー(研究当時)赤石 れい(アカイシ・レイ)
報道担当
理化学研究所 広報室 報道担当