2025-02-14 国立精神・神経医療研究センター
国立精神・神経医療研究センター(NCNP)神経研究所疾病研究第二部の小山隆太部長、安藤めぐみ室長らの研究グループは、東京大学大学院薬学系研究科の池谷裕二教授、三浦正幸教授らと共同で、脳内の免疫細胞である「マイクログリア1)」がシナプス刈り込み2)を行い、神経回路を整理する仕組みを明らかにしました。
また、熱性けいれん3)(発熱を伴う乳幼児期のけいれん発作)を経験すると、シナプス刈り込みが促進され、神経回路のバランスが変化する可能性があることも発見しました。この研究成果は、神経疾患の新たな治療法開発につながることが期待されます。本研究は、2025年1月22日に「Nature Communications」に掲載されました。
研究のポイント
1.世界初! マイクログリアがシナプスを刈り込む瞬間をリアルタイム観察
2.「このシナプスを刈り込め」と指示する分子(カスパーゼ34)とC1q)を特定
3.熱性けいれん後に抑制性シナプスが刈り込まれ、神経回路の興奮性が上昇することを発見
研究の背景
シナプスは、神経細胞同士が情報をやりとりするための接点であり、情報を送る側のプレシナプスと、受け取る側のポストシナプスで構成されます。発達期にはシナプスが過剰に形成され、その後、不要なシナプスが取り除かれることで、適切な神経回路が作られます。この過程は「シナプス刈り込み」と呼ばれ、脳の機能を最適化する上で重要な役割を果たします。
マイクログリアは、脳内に存在する常在性のマクロファージであり、不要なシナプスを刈り込むことで神経回路の形成を調節します。近年、マイクログリアが発達期のシナプス刈り込みを担っていることが示唆されていましたが、「どのように特定のシナプスを認識し、選択的に刈り込むのか」という詳細なメカニズムは不明でした。
特に、マイクログリアが生きた神経細胞のプレシナプスを直接刈り込むのか、その過程にどのような分子シグナルが関与しているのかについては、明確な証拠がありませんでした。また、シナプス刈り込みに関与する補体分子C1q5)が、どのように特定のプレシナプスに集積するのかも、未解明の課題でした。
本研究では、ある特定の条件下において、プレシナプス局所的に活性化するカスパーゼ3という分子に着目しました。そして、カスパーゼ3がマイクログリアによるシナプス刈り込みを調節するメカニズムを解明するため、これらの細胞・分子の動きを高解像度かつリアルタイムに観察・操作する手法を確立しました。これにより、マイクログリアがどのようにシナプスを認識し、選択的に刈り込むのかを明らかにすることを目指しました。
研究の概要
カスパーゼ3はアポトーシス(細胞死)の制御因子であり、脳においては神経細胞の数を適切に調整し、正常な発達に寄与することが知られています。一方で、カスパーゼ3が軸索や樹状突起、シナプスなど神経細胞の局所で一過的に活性化された場合、細胞死を引き起こすのではなく、神経細胞の形態的・機能的な成熟を促進することが報告されています。このような局所的なカスパーゼ3の活性化は「局所アポトーシス」と呼ばれます。
しかし、マイクログリアによるシナプス刈り込みに局所アポトーシスがどのように関与するのかは、これまで明らかにされていませんでした。 本研究では、マイクログリアがどのような分子シグナルを介してシナプスを認識し、刈り込むのかを解明するため、新たな実験系を開発し、リアルタイム観察を行いました。
1.新たな培養法の確立により、マイクログリアによるシナプス刈り込みを証明
シナプス刈り込みや局所アポトーシスといった微小領域(µmオーダー)で起こる現象を正確に捉えるためには、細胞構造の高解像度観察と操作が必要です。これまで、ライブイメージングや物理的操作が可能な培養実験系が利用されてきましたが、一般的な培養法ではマイクログリアの複雑な突起構造が十分に再現されないという課題がありました。
そこで本研究では、多岐にわたる条件検討を行い、この問題を克服する新規共培養系を確立しました(図1A)。この実験系を用いることで、マイクログリアがプレシナプスを刈り込む一連の過程をリアルタイムで観察することに成功しました(図1B)。
さらに、マイクログリアは神経細胞の突起全体を切断するのではなく、プレシナプスのみを選択的に刈り込むことが初めて示されました。これにより、シナプス刈り込みが神経回路の選択的な再編成に寄与する仕組みを明確に示す証拠が得られました。
【図1】本研究で用いた培養実験系
(A)生体脳、従来の培養、本研究の培養におけるマイクログリアの比較。従来の培養法では失われていた生体脳のマイクログリアに特徴的な細長く分岐した突起が、本研究の培養法では再現された。Scale bar = 20 µm.
(B)マイクログリアが神経細胞突起を切断することなく、プレシナプス(黄色矢印)のみを選択的に取り込む様子を示す。Scale bar = 5 µm.
2.神経活動依存的なプレシナプスにおける局所アポトーシスは、プレシナプスへのC1qの集積とマイクログリアによる刈り込みを促進する
次に、先述の培養系を用いて、プレシナプスにおいて局所アポトーシスがどのように生じるのかを検証しました。特に、神経活動が局所アポトーシスを引き起こすメカニズムと、それがC1qの集積やマイクログリアによる刈り込みに与える影響に着目しました。
本研究では、カスパーゼ3の活性化をリアルタイムで観察できる新たな手法を確立し、この技術を用いてプレシナプスにおけるカスパーゼ3の動態を解析しました。その結果、神経活動が上昇すると、プレシナプスで局所的にカスパーゼ3が活性化することを発見しました。さらに、C1qの観察により、神経活動の上昇後にC1qがプレシナプスへと集積することが明らかになりました。
加えて、マイクログリアによるプレシナプス刈り込みの変化を評価したところ、C1qが存在する条件下で神経活動を上昇させると、プレシナプス刈り込みが有意に増加することが確認されました(図2)。これらの結果は、局所アポトーシスがプレシナプスにおけるC1qの集積を促進し、その結果、マイクログリアによる選択的な刈り込みが誘導されることを示唆しています。
【図2】神経活動上昇がマイクログリアによるC1q依存的なシナプス刈り込みを促進するメカニズム
神経活動の上昇により、プレシナプス局所でカスパーゼ3の活性化とC1qの集積が誘導される。このシグナルを認識したマイクログリアは、神経軸索全体を切断することなく、プレシナプスのみを選択的に刈り込む。これにより、神経回路の精密な再編成が行われる。
3.熱性けいれんは抑制性プレシナプスの局所アポトーシスを介してC1qの集積とマイクログリアによる刈り込みを促進する
培養系で発見したメカニズムが生体脳においても同様に機能するかを検証するため、細胞死を伴わずに神経活動が上昇するモデルマウス(熱性けいれんモデルマウス)を用いて解析を行いました。
まず、熱性けいれん後の神経活動を可視化したところ、発作焦点領域である海馬歯状回において、抑制性神経細胞の活動が上昇し、抑制性プレシナプスで局所アポトーシスが生じることを発見しました(図3)。続いて、熱性けいれん後には抑制性シナプスにC1qが集積し、マイクログリアが抑制性シナプスを特異的に刈り込むことが明らかになりました(図3)。
さらに、これらの変化と一致するように、抑制性シナプス密度が減少した一方で、興奮性シナプス密度は変化しませんでした。これは、熱性けいれん後のマイクログリアによるシナプス刈り込みが抑制性シナプスに特異的に起こっていることを示唆しています。
次に、熱性けいれんが神経回路の機能に及ぼす影響を評価するため、熱性けいれん誘導の3日後に、けいれん誘導薬を投与し、けいれん発作を誘発しました。その結果、熱性けいれんを経験したマウスでは、けいれん発作がより悪化することが確認されました。一方で、補体分子の受容体であるCR3をノックアウトし、マイクログリアによるシナプス刈り込みを阻害したマウスでは、熱性けいれん後のけいれん発作の悪化が抑制されました。
これらの結果から、熱性けいれん後にマイクログリアが抑制性シナプスを刈り込むことで、神経回路の興奮性が上昇し、発作の悪化につながる可能性が示唆されました(図3)。
【図3】熱性けいれん後に海馬歯状回の神経回路興奮性が上昇する
熱性けいれんの誘導後、海馬歯状回に存在する抑制性神経細胞の活動が持続的に上昇し、同時に抑制性神経細胞のプレシナプスにおいてカスパーゼ3の活性化とC1qの集積が生じる。このシグナルを認識したマイクログリアは、抑制性プレシナプスを選択的に取り込み、刈り込む。その結果、抑制性シナプスの減少により、神経回路の興奮抑制バランスが興奮性に偏る。
今後の展望
本研究により、神経活動の上昇がプレシナプスの局所でカスパーゼ3の活性化を引き起こし、これがC1qの集積とマイクログリアによる選択的なシナプス刈り込みを誘導することを明らかにしました。また、リアルタイムイメージングによって、「マイクログリアは生きた神経細胞のシナプスを刈り込むのか?」という長年の問いに対する直接的な証拠を示し、マイクログリアがプレシナプスのみを刈り込むメカニズムの一端を解明しました。さらに、このシナプス刈り込みのメカニズムが熱性けいれん後の神経回路再編成にも関与することが明らかになりました。
今回の発見は、カスパーゼ3活性化やC1q受容体を標的とした介入が、てんかんの発症リスクを低下させる可能性を示唆しています。また、シナプス刈り込みの異常が指摘されている神経発達障害(例:自閉症スペクトラム障害)や神経変性疾患(例:アルツハイマー病、パーキンソン病)などの病態解明にもつながることが期待されます。
用語解説
1)マイクログリア:脳内の免疫細胞で、異物の除去やシナプスの刈り込みを行う。
2)シナプス刈り込み:不要なシナプスを除去し、神経回路を整理する仕組み。
3)熱性けいれん:幼児期に発熱に伴って起こるけいれん発作。一部のケースでは将来的にてんかん発症のリスクが上昇する。
4)カスパーゼ3:通常は細胞死を誘導する酵素だが、局所的に活性化されるとシナプスの除去を促す働きを持つ。
5)補体分子C1q:免疫系のタンパク質で、標的となるシナプスに目印をつけ、マイクログリアによる除去を促す。
原著論文
タイトル:Nonapoptotic caspase-3 guides C1q-dependent synaptic phagocytosis by microglia
著者:Megumi Andoh, Natsuki Shinoda, Yusuke Taira, Tasuku Araki, Yuka Kasahara, Haruki Takeuchi, Masayuki Miura, Yuji Ikegaya, Ryuta Koyama*
掲載誌:Nature Communications
DOI:10.1038/s41467-025-56342-7 https://www.nature.com/articles/s41467-025-56342-7
研究費情報
本研究結果は、以下の日本学術振興会・科学研究費補助金 (20H05897:小山、21H04774, 23H04766, 24H00567:三浦)、日本医療研究開発機構 (JP24jf0126004s0402:小山)、科学技術振興機構 (JPMJER1801:池谷)などの支援を受けて行われました。
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国立精神・神経医療研究センター 神経研究所 疾病研究第二部
部長 小山 隆太
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