2025-02-18 九州大学
歯学研究院 安河内友世 准教授
ポイント
- がんの薬物治療では、正常細胞には影響せず、がん細胞だけに特異的に効果を発揮する抗がん治療薬が理想的と考えられており、正常細胞とがん細胞の性質の違いに着目した薬物の開発が期待されています。
- 本研究では、正常細胞に比べてがん細胞で亢進している抗酸化システムに着目し、その機能を破綻させることで、がん細胞を特異的に増殖抑制効果を発揮する薬物として、4-オクチルイタコン酸を初めて同定しました。
- 今後は、4-オクチルイタコン酸を含む各種イタコン酸誘導体を用いて、新規がん治療薬が開発されることが期待されます。
概要
がん細胞は、強い抗酸化システム(有害な活性酸素種などから自らを守る仕組み)をもち、抗がん剤などのストレスに抵抗性を示すことが知られています。
九州大学大学院歯学研究院OBT研究センターの安河内友世准教授と佐伯彩華氏(博士課程4年、学術振興会特別研究員DC2)ならびに福岡歯科大学生体構造学講座の林慶和講師は、自見英治郎教授(九州大学)や平田雅人客員教授(福岡歯科大学)、吉本尚平講師(福岡歯科大学)らの協力を得て、4-オクチルイタコン酸(OI)が皮膚がんの1つである悪性黒色腫の抗酸化作用を破綻させ、細胞老化を誘導することで抗腫瘍効果を発揮することを初めて明らかにしました。
イタコン酸(IA)はエネルギー産生経路として極めて重要な『クエン酸回路(※1)』の中間代謝物であるcis-アコニット酸からつくられる物質で、2011年に哺乳類細胞でも作られることが報告されて以降、注目を集めている物質です。近年、多くの実験研究でIA誘導体としてオクチル基を付加させた4-オクチルイタコン酸(OI)が用いられていますが、IAとOIではその生理活性が異なることが指摘されています。
本研究では、悪性黒色腫細胞にOIを添加したところ、抗酸化物質として知られる還元型グルタチオン(GSH)(※2)の量が減少していることが分かりました。また、それに伴い、がん細胞内に活性酸素種(ROS)が蓄積してDNA損傷や細胞老化を引き起こし、最終的にはOIが顕著な細胞増殖抑制を発揮することが確認されました。なお、この抗腫瘍作用は、IAには認められず、OI特有の作用でした。実際に腫瘍を移植したマウスにOIを投与すると、対照群に比べ腫瘍の体積、重量ともに減少を認めましたが、正常組織にはほとんど影響がありませんでした。
今回の研究で、OIが、がん細胞特有の抗酸化機構を破綻させ、その結果として顕著な細胞増殖抑制作用を発揮することを科学的に証明しました。
本研究成果は2025年2月7日に国際専門誌「Antioxidants & Redox Signaling」でオンライン公開されました。
研究者からひとこと
OIが、正常な組織や細胞にほとんど影響を与えず、がん細胞に特徴的な抗酸化システムを破綻させ、細胞老化を導きました。今後、OIを標的とした、がんの治療薬の開発につながることが期待されます。
OIは悪性黒色腫細胞内のGSHを減少させ、細胞内におけるROSの蓄積を誘導する。その結果、ミトコンドリアの機能損傷、過酸化脂質の蓄積、核内損傷、細胞老化などを引き起こし、OIががん細胞の増殖を顕著に抑制することが明らかとなった。
用語解説
(※1) クエン酸回路
1937年にクレブス博士によって発見されたエネルギー産生経路であり、オキサロ酢酸とアセチルCoAが反応することでクエン酸がつくられる。クエン酸はその後、一連の化学反応を通じて段階的に酸化されていくが、最終的には最初にクエン酸を生成したオキサロ酢酸になることで、大量のエネルギー(ATP)生成することができる。
(※2) グルタチオン
抗酸化物質の1つとして知られており、グルタミン酸、システイン、グリシンから構成されるトリペプチドである。還元型グルタチオン、酸化型グルタチオンの形態として存在し(通常はほとんどが還元型グルタチオンとして存在する)、グルタチオン自身の酸化還元反応を通じて抗酸化機能を発揮する。
論文情報
掲載誌:Antioxidants & Redox Signaling
タイトル:4-Octyl itaconate attenuates cell proliferation by cellular senescence via glutathione metabolism disorders and mitochondrial dysfunction in melanoma
著者名:Hayashi Y, Saeki A, Yoshimoto S, Yano E, Yasukochi A, Kimura S, Utsunomiya T, Minami K, Aso Y, Hatakeyama Y, Lo YC, Hirata M, Jimi E, Kawakubo-Yasukochi T.
DOI:10.1089/ars.2024.0629
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歯学研究院 安河内友世 准教授