2025-02-20 国立遺伝学研究所
細胞の中には無数の分子が存在し、それぞれが機能することで細胞全体が調和して働いています。その一例が「細胞質流動」と呼ばれる現象です。細胞内の分子が互いに影響しながら動くことで、まとまった流れが生じますが、なぜ個々の分子の動きが秩序ある流れにつながるのかは謎でした。2017年に木村教授(細胞建築研究室)らの研究チームは線虫の受精卵を用いた研究で、細胞内の「微小管」という繊維状のタンパク質が、「ER(小胞体)」を介してつながることで、流れの方向が整うことを明らかにしました。この研究では、Joanny教授(仏・キュリー研究所)らが1次元の数理モデルを作成し、流動の発生や方向の逆転を説明しました。
この1次元モデルは流動のエッセンスを理解するには有効でしたが、3次元である実際の細胞と比較するには限界もありました。そこで、東北大学の石川教授が3次元シミュレーションを開発し、立命館大学の和田教授の協力で3次元の流動のリアルなモデルが完成しました。これにより、ERが有する「弾性」という性質が流動の発生と逆転に重要であることが判明しました。すなわち、ERの弾性が弱すぎると流動が起こらず、強すぎると逆転が生じないことがシミュレーションにおいて示されたのです。シミュレーションで逆転が生じるERの弾性は、鳥澤助教(細胞建築研究室)が実験的に測定したERの弾性と一致しました。この研究により、細胞質流動がERの弾性を活用して発生し、特定の方向に流れ、逆転する理由が定量的に説明されました。この成果は、動物や植物を問わず多くの細胞で見られる細胞質流動の解明に貢献し、私たちの細胞の理解の基盤となることが期待されます。
図: 本研究で構築された細胞質流動のシミュレーション。受精卵が楕円球で表され、細胞表面付近の流動の方向が矢印で、速さが色(赤=速い、青=遅い)で表されている。実際の細胞の流動同様、細胞長軸に垂直な方向に流動が見られた。図は論文の図2Bより転載。
Swirling Instability mediated by Elastic and Hydrodynamic Couplings in Cytoplasmic Streaming
Takuji Ishikawa*, Takayuki Torisawa, Hirofumi Wada, Akatsuki Kimura*.
*corresponding authors
PRX Life (2025) 3, 013008 DOI:10.1103/PRXLife.3.013008