生体分子の高感度MRI観測へ新たな道
2018-11-08 九州大学,理化学研究所
原子が持つ微小な磁石である核スピンの振る舞いを電磁波の吸収・放出から観測することで、分子の構造や運動性を非破壊的に分析することができます。この技術は、化学の分野では核磁気共鳴(NMR)分光法、医療の現場では磁気共鳴画像法(MRI)として欠かせないツールとなっています。しかし、これらの感度は他の分析法と比較すると非常に低く、例えばMRIでは主に生体内に膨大に存在する水分子の1H核の画像化に限定されています。
感度が低い原因は核スピンの低い偏極率ですが、その偏極率を向上させる技術が動的核偏極(Dynamic Nuclear Polarization; DNP)法です。中でも、特定の分子(偏極源)を光励起し、三重項電子に出現する大きな偏極を核の偏極へと移行するTriplet-DNP法は、核スピンの偏極率を室温で大幅に向上できるため近年注目を集めています。しかし従来のTriplet-DNP法は、高感度化したい生体分子を取り込むことが難しい有機結晶、もしくは室温で偏極を蓄積することが難しいガラス中でのみ行われており、高感度MRIへの応用は制限されていました。
今回、九州大学大学院工学研究院の楊井伸浩准教授、君塚信夫教授らの研究グループは、理化学研究所開拓研究本部の立石健一郎協力研究員、上坂友洋主任研究員らとの共同研究により、室温における生体分子の高感度MRI観測に繋がるナノ多孔性材料の核偏極化を行いました。多孔性材料として近年注目を集める多孔性金属錯体(MOF)を用い、Triplet-DNPによってMOF骨格の¹H核を室温で高偏極化することに成功しました。偏極が保たれる時間を長くするため部分的に重水素化を施したMOFに新たに設計した偏極源(ペンタセン誘導体)を導入し、得られた複合体に対して光照射による電子スピンの偏極の生成とマイクロ波照射による¹H核への偏極移行を行いました。このTriplet-DNP処理後に複合体のNMR信号強度に明確な増強が見られ、MOF骨格の¹H核が約50倍高偏極化されたことが確認されました。
MOFは構成分子や金属イオンの種類によって容易に細孔サイズや表面特性を制御可能であるため、本研究で初めて実証されたTriplet-DNPによるMOFの高偏極化は、今後様々な生体分子を細孔内で高偏極化し、高感度MRI観測を可能にするシステムの開拓へと繋がることが期待されます。
本研究成果は、2018年11月8日(木)午前3時(日本時間)に米国化学会の国際学術誌「Journal of the American Chemical Society」にオンライン掲載されました。なお本研究は日本学術振興会科学研究費(JP25220805, JP17H04799, JP16H06513)、戸部眞紀財団研究助成からの支援及び理化学研究所との共同研究により行われました。
図1. 1H核スピンの (a) エネルギー準位図、(b) 磁気共鳴(NMR)と緩和
図2. 1H核スピンの偏極率と測定感度の関係
図3. 光励起三重項電子の生成と副準位間の電子スピン偏極/図4. 多孔性金属錯体の形成
研究者からひとこと
室温で生体分子の核を高偏極化することは、生命現象の新たな理解やより優れた診断に繋がる夢の技術です。今後は観測したい様々な生体分子に合わせてMOFをデザインし、生体分子を室温高偏極化することによる高感度MRI観測を目指します。
論文情報
Dynamic Nuclear Polarization of Metal–Organic Frameworks Using Photoexcited Triplet Electrons ,Journal of the American Chemical Society,
10.1021/jacs.8b10121
研究に関するお問い合わせ先
楊井 伸浩 工学研究院 准教授