培養皿内で作られるヒト多能性幹細胞由来の大脳組織(大脳オルガノイド)を用いた研究の倫理的課題

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 澤井努特定助教(京都大学高等研究院 ヒト生物学高等研究拠点、京都大学CiRA上廣倫理研究部門・特定助教兼任)、坂口秀哉研究員(元・京都大学CiRA臨床応用研究部門、現・米国ソーク研究所・ポストドクトラル・フェロー)らは、培養皿内で培養されるヒト多能性幹細胞由来の大脳組織(大脳オルガノイド)を用いた研究において、将来的にどのような倫理的課題が生じうるのかを明らかにするとともに、そうした倫理的課題に対応するためにどのように研究を進めていくのがよいのか、また今後どのような議論が必要になるのかを示唆しました。

 本研究成果は、2019年9月10日、米国科学誌Stem Cell Reports誌でオンライン公開されました。

 近年、多能性幹細胞から3次元で分化誘導した組織はオルガノイド注1)という呼称で知られるようになり、多くの神経領域が3次元組織として分化誘導できることが報告されています。2019年6月にStem Cell Reportsオンライン版で発表された坂口らの研究では、ヒトES/iPS細胞から3次元大脳組織(大脳オルガノイド)を分化誘導し、そこから神経ネットワーク形成のために組織の分散培養を行い、得られた複雑な神経活動データを包括的に解析することに成功しました(参考:2019年6月28日プレスリリース)。坂口らが確立した方法を用いることによって詳細なヒト細胞由来神経活動の評価が可能となり、神経機能を対象とした神経科学研究や精神・神経疾患の病態解析・疾患モデルの作製への適応が期待されています。

 こうした大脳オルガノイド研究が進展する中で、最近では大脳オルガノイドが神経活動を有することも確認されてきており、当該研究に伴う倫理的課題も提起され始めています。例えば、1982年に哲学者のヒラリー・パトナムが定式化した有名な思考実験、「水槽の脳」――人から取り出した脳を特殊な環境下に置き、高性能のコンピューターにつなぐと、その脳に通常の人と同じような意識が生じるというもの――が現実のものになるのではないかと懸念する人もいます。もっとも、これまでに作製されている大脳オルガノイドは、神経組織全体からすると局所的な構造しか再現できておらず、意識を持つと言えるような神経活動の評価もできていません。そのため、従来の大脳オルガノイドが意識を持つと推定するのは早計でした。しかし、今後、さらに複雑な構造を持つ大脳オルガノイドを長期間にわたって培養できるようになれば、従来と変わらず意識を持たないと推定するには不確かさが残っています。

 そこで本稿では、大脳オルガノイドを用いた研究において、意識の問題をどのように捉えるべきかを考察しました。意識をめぐる問題は、哲学領域の中でも特に、心の哲学において盛んに議論されてきました。その結果、単に意識を持つことが倫理的に問題というよりはむしろ、意識の中でもどのような意識が倫理的に重要なのかを明らかにする必要があると考えられるようになっています。こうした意識をめぐる議論を踏まえ、大脳オルガノイドが倫理的に重要な意識を既に持つのか、また今後、大脳オルガノイドを動物に移植するような研究を行う際、移植される動物がどのような意識を持つ可能性があるのか、さらに移植に伴いどのような点に配慮すべきかを論じました。例えば、外部との連絡を取る手段がない大脳オルガノイドそれ自体が意識を持つとは考えにくいものの、それが動物へ移植され外部環境を認識する神経接続を持った場合に、移植された動物の意識へ影響を及ぼす可能性があると指摘しています。

 筆者らは、基礎研究としての大脳オルガノイド研究などを全て禁止すべきだとは考えていません。しかし、他神経組織と連結を図るような融合神経オルガノイドも技術的に可能になると考えられており、こうした研究や動物への移植研究を進めていく上では、どのような意識が倫理的に重要かという問題を含め、大脳オルガノイド研究に伴う倫理的課題について、哲学者や生命倫理学者だけではなく、科学者も交えて検討していく必要があると考えています。

論文名と著者

  1. 論文名

    “The ethics of cerebral organoid research: Being conscious of consciousness”

  2. ジャーナル名

    Stem Cell Reports

  3. 著者

    Tsutomu Sawai1,4*, Hideya Sakaguchi2,5*, Elizabeth Thomas3, Jun Takahashi2, and Misao Fujita1,4

  4. 著者の所属機関
    1. 京都大学iPS細胞研究所(CiRA)上廣倫理研究部門
    2. 京都大学iPS細胞研究所(CiRA)臨床応用研究部門
    3. オックスフォード大学ペンブルック・カレッジ(Pembroke College)
    4. 京都大学高等研究院 ヒト生物学高等研究拠点(ASHBi)
    5. ソーク研究所 Laboratory of Genetics

本研究への支援

本研究は、下記機関より資金的支援を受けて実施されました。

  1. 日本学術振興会 (JSPS)・文部科学省 科学研究費基金 若手研究(B)(17K13843)
  2. 日本学術振興会 (JSPS)・文部科学省 科学研究費基金 若手研究(18K15046)
  3. 日本学術振興会(JSPS)特別研究員PD(17J10294)
  4. 公益財団法人 京都大学教育研究振興財団
  5. 公益財団法人 上廣倫理財団

用語説明

注1) 多能性幹細胞や組織幹細胞から分化誘導された3次元組織で、生体でみられるような構造や機能を保持しているもののこと。神経領域では、大脳、神経網膜、小脳、海馬、中脳、視床、脊髄などの領域が報告されており、神経以外では、腎臓、胃、肝臓、腸管などのオルガノイドが報告されている。いずれも将来的な疾患モデリングや創薬スクリーニングへの応用が期待されている。

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