2018/11/27 東京大学,富山大学,理化学研究所
1.発表者:
穐近 慎一郎(東京大学大学院工学系研究科 化学生命工学専攻 博士課程2年生)
平野 清一 (東京大学大学院理学系研究科 生物科学専攻 博士課程2年生)
七野 悠一 (理化学研究所 開拓研究本部 岩崎 RNA システム生化学研究室 特 別研究員)
鈴木 健夫 (東京大学大学院工学系研究科 化学生命工学専攻 講師)
西増 弘志 (東京大学大学院理学系研究科 生物科学専攻 助教)
石谷 隆一郎(研究当時:東京大学大学院理学系研究科 生物科学専攻 准教授)
杉田 愛 (研究当時:富山大学大学院医学薬学教育部 薬科学専攻 博士前期課程2 年生)
廣瀬 豊 (富山大学大学院医学薬学研究部(薬学) 准教授)
岩崎 信太郎(理化学研究所 開拓研究本部 岩崎 RNA システム生化学研究室 主任 研究員、東京大学新領域創成科学研究科メディカル情報生命専攻准教授)
濡木 理 (東京大学大学院理学系研究科 生物科学専攻 教授)
鈴木 勉 (東京大学大学院工学系研究科 化学生命工学専攻 教授)
2.発表のポイント:
DNA の遺伝情報をタンパク質に伝える役割を持つ mRNA のキャップ構造(注1) における特異的な m6A(N6 -メチルアデノシン)修飾酵素(注2)として CAPAM (注3)を同定し、X 線結晶構造解析により CAPAM による m6A 修飾形成機構を 解明した。
CAPAM の担う m6A 修飾は mRNA の翻訳を促進していることを明らかにした。
m6Am 修飾が変動することで調節される遺伝子発現機構の全貌を明らかにすると ともに、将来この修飾の異常に起因するヒトの疾患の究明が期待される。
3.発表概要:
東京大学大学院工学系研究科 化学生命工学専攻の鈴木勉教授、東京大学大学院理学 系研究科 生物科学専攻の濡木理教授らを中心とした東京大学、富山大学、理化学研究 所の研究グループは、mRNA のキャップ構造における m6A 修飾酵素 CAPAM を同定 し、X 線結晶構造解析から CAPAM の基質認識機構を明らかにした。またキャップ構造における m6A 修飾の担う機能として mRNA の翻訳を促進していることを見出した。 本研究成果は11月23日(金)に米国科学誌「Science」に掲載された。
4.発表内容:
RNA は遺伝情報の担い手としてだけでなく、遺伝子発現を転写や翻訳の各段階で制 御することで、さまざまな生命現象に関与することが次第に明らかになりつつある。 RNA は転写後にさまざまな修飾を受けることが知られており、これまでに 160 種類を 超える RNA 修飾がさまざまな生物から報告されている。RNA 修飾の研究は、最近は エピトランスクリプトームと呼ばれ、転写後段階における新しい遺伝子発現制御機構と して、生命科学における大きな潮流を生み出している。近年の大規模シーケンス技術の 発達に伴い、真核生物の mRNA や長鎖非コード RNA(注4)に N6 -メチルアデノシン (m6A)が大量に見出され、m6A は RNA の代謝や正常な機能に重要であることが明ら かになってきた。一般に m6A は mRNA の内部に存在しているが、脊椎動物では、mRNA の 5′末端構造(注5)である 7-メチルグアノシン(m7G)キャップ構造に続く 1 塩基 目にも N6 ,2′-O-ジメチルアデノシン(m6Am)として存在する。この m6Am 修飾の生 合成や機能はほとんどわかっておらず、その解明のためには m6Am 修飾の N6 -メチル 基を導入する酵素の発見が必要であった。
東京大学大学院工学系研究科 化学生命工学専攻の鈴木勉教授、東京大学大学院理学 系研究科 生物科学専攻の濡木理教授らを中心とした東京大学、富山大学、理化学研究 所の研究グループは、脊椎動物に保存されている m6Am 修飾の N6 -メチル基を導入す る酵素を同定し、CAPAM と命名した。実際に CAPAM をヒトの培養細胞において遺伝 的に欠損すると、m6Am 修飾の N6 -メチル基が完全に消失した。CAPAM を欠損した細 胞は酸化ストレスに対する感受性が向上しており、m6Am 修飾が生理学的に重要な意 義を持つことが示唆された。生化学的な解析から、CAPAM は S-アデノシルメチオニン (SAM)をメチル基供与体として用い、m7G キャップ構造および m6Am 修飾の 2′-Oメチル基を特異的に認識することが明らかとなった。CAPAMのN末端に存在するWW ドメインは、セリン5番がリン酸化された RNA ポリメラーゼⅡ(RNAPⅡ)の C 末端 ドメイン(注6)に特異的に結合したことから、CAPAM は転写伸長の初期段階に RNAP Ⅱへとリクルートされ、転写と共役しながら m6Am 修飾を導入することが示唆された (図1)。
大型放射光施設 SPring-8 および Swiss Light Source を用いた詳細な結晶構造解析 から、CAPAM のコア部分は、メチル化ドメインと α ヘリックスに富むヘリカルドメイ ンの2つから構成されていることが判明した(図1)。m7G キャップ構造はこれら2つ のドメインの間のポケットで認識され、SAM はメチル化ドメインに特徴的な NPPF モ チーフ配列からなる活性中心で認識されていた。これらの結晶構造は CAPAM による キャップ構造特異的な N6 -メチル基転移反応を理解するための分子基盤となる。
他グループによる先行研究では脱メチル化酵素である FTO (fat mass and obesity associated gene)の過剰発現によって m6Am 修飾率が低下し mRNA が不安定化され ることが報告されている (Mauer et al., Nature, 541, 371-375, 2017)。しかし m6Am 修飾を 完全に失った CAPAM 欠損細胞の mRNA 量を網羅的に解析した結果、mRNA 量に大 きな変動は見られなかったことから、m6Am 修飾は mRNA の安定性には寄与していな いことが示された。一方で mRNA の翻訳効率を網羅的に解析したところ m6Am 修飾は mRNA の翻訳効率を向上する機能を持つことが示された。今後は m6Am 修飾が変動す ることで調節される遺伝子発現機構の全貌を明らかにするとともに、この修飾の異常に 起因するヒトの疾患についても探求していくことで、最終的には病気の診断や治療法の 開発につながることが期待される。
5.発表雑誌:
雑誌名:「Science」
論文タイトル:Cap-specific terminal N6 -methylation of RNA by an RNA polymerase Ⅱ-associated methyltransferase
著者:Shinichiro Akichika, Seiichi Hirano, Yuichi Shichino, Takeo Suzuki, Hiroshi Nishimasu, Ryuichiro Ishitani, Ai Sugita, Yutaka Hirose, Shintaro Iwasaki, Osamu Nureki, and Tsutomu Suzuki
6.問い合わせ先:
東京大学大学院工学系研究科 化学生命工学専攻
教授 鈴木 勉(すずき つとむ)
東京大学大学院理学系研究科 生物科学専攻
教授 濡木 理(ぬれき おさむ)
7.用語解説:
(注1)mRNA のキャップ構造 真核生物において、ゲノム DNA から転写された mRNA の 5′末端には m7G がトリリ ン酸基を介して 5′ to 5′の向きで結合したキャップ構造が形成される。このキャップ 構造は mRNA の安定性、スプライシング、核外への輸送、翻訳の開始等において非常 に重要な役割を担っている。
(注2)m6A(N6 -メチルアデノシン)修飾酵素 核酸分子は通常 A,U,G,C の 4 種類の塩基から構成されるが、種々の修飾酵素によって 化学修飾が施されることが知られている。N6 -メチルアデノシン(m6A)はその一種でア デノシン(A)の N6位にメチル基が転移した化学構造を持ち、この転移反応を担う酵素を m6A 修飾酵素と呼ぶ。これまでに報告されている m6A 修飾酵素として METTL3 複合 体が代表的である。
(注3)CAPAM Cap-specific adenosine N6 -methyltransferase の略称。脊椎動物に保存されている m6Am 修飾の N6 -メチル基を導入する酵素。
(注4)長鎖非コード RNA 長鎖非コード RNA(long non-coding RNA: lncRNA)は 200 塩基以上の転写された RNA のうち、タンパク質へと翻訳されないものを指す。lncRNA の一部は核内構造体 形成やエピジェネティック制御などの多彩な機能を担っているが、大部分の lncRNA の 機能は未知である。
(注5)5′末端構造 核酸分子は単位構造であるヌクレオチド同士が 3′, 5′-ホスホジエステル結合によっ て結合した生体高分子である。従って核酸には方向性があり、5′末端から 3′末端の 向きに伸長し、その 5′末端に特殊なキャップ構造がある
(注6)RNAPⅡの C 末端ドメイン YSPTSPS という 7 アミノ酸の繰り返し配列からなり、多様なリン酸化修飾を受けるこ とで転写の開始、伸長、終結の各段階のおいてさまざまな因子との相互作用を調節する。 転写の開始時には 5 番目のセリン(S)が高頻度でリン酸化され、キャップ修飾に関わ る因子がリクルートされる。
8.添付資料:
図1 mRNA の転写と共役した m7G キャップ依存的な m6Am 修飾形成