革新的性能により治療成績向上を目指す
2018-12-25 国立循環器病研究センター
国立循環器病研究センター(略称:国循)人工臓器部の巽英介部長、片桐伸将特任研究員らの研究チームは、世界最小・最軽量の次世代型心肺補助(ECMO、注1)システムの開発に成功しました。今回開発した装置(以下、本装置:図1)は、国循人工臓器部における30年以上に及ぶECMOシステム研究開発の集大成ともいえるもので、その革新的な性能により、重症呼吸・循環不全の治療成績を大きく向上させることが期待されます。
なお、本装置開発に対しては今年度、日本人工臓器学会にて「日本人工臓器学会技術賞」を受賞し、また同学会の学術大会でも最優秀大会賞を受賞しました。
背景
ECMOは人工呼吸器や昇圧剤使用など従来の治療法では救命困難な重症呼吸・循環不全の症例に用いられます。元々心臓外科手術に用いられる人工心肺装置から発展したECMOの臨床応用は、近年では救命救急領域や集中治療領域にまで広がりを見せ、その有用性は高まりつつあります。
しかし、現在汎用されている装置は大きくて複雑なため(図2)緊急対応には不向きで、重症患者の救急搬送時など院外での使用も難しい状況です。また、抗血栓性や耐久性も不十分なため血栓塞栓症や出血合併症のリスクが高く、長期使用も困難です。現在、薬機法(注2)上承認されている使用期間は6時間以内に限られていますが、実際の臨床現場では、救命のためにやむを得ず綿密な管理を行いながら6時間を超えて使用している状況です。このため、院内・院外を問わず、装着が容易で安全に長期間使用可能なECMOシステムの開発が望まれていました。
機器概要と研究成果
国循人工臓器部では1986年より抗血栓性と長期耐久性に優れたECMOシステムの開発を目指して研究を続けてきました。本装置では、これまで人工臓器部が実用化してきた様々な先端技術を取り入れることで、高い緊急対応性・携帯性・抗血栓性・耐久性を実現しました。
本装置は世界最小・最軽量(29×20×26cm、6.6kg)で、簡単に持ち運びができます。(図3)緊急対応性を実現するために、専用回路ユニットを多機能集積型の超小型駆動装置に装填して即座に使用できるシステムとしており、4分以内の迅速な起動が可能です(易装着性)また、電源や酸素供給のない場所でも、内臓バッテリと脱着型酸素ボンベユニットにより1時間以上の連続使用が可能です(長時間使用可)。このため、救急車での搬送中など院外の緊急装着にも対応できます。さらに、本装置には人工臓器部が過去に開発した優れた抗血栓技術が用いられており、抗凝固療法を最小限に抑えられます(安全性)。このため、血栓性および出血性合併症を防いで安全性を高めることができます。長期耐久性についても、本装置を用いた長期動物実験で装着後2週間(4例)および4週間(3例)の連続心肺補助を行いましたが、全例において予定期間を問題なく完遂することができました。
今後の展望・課題
従来のECMOが抱える問題点を解決できる画期的な性能を有する本装置の開発プロセスはほぼ完了し、現在は臨床応用・実用化に向け国循を中心とした多施設による医師主導治験を来年度に実施するための準備を進めています。数週間の長期使用や院外装着・搬送時使用など、これまで薬機法の承認がなかった使用方法も治験が完了しますと認められる予定です。
ECMOに期待されている機能のひとつに、重症呼吸不全症例における自己肺の回復促進があります。肺機能を休ませることのできない人工呼吸器では自己肺に負担がかからない期間(lung rest)を設けることができないため、ECMOの呼吸補助機能が求められていますが、短期使用しか承認されておらず血栓性合併症にも注意が必要な現状のシステムではその実現は困難です。本装置の実用化により、このような治療方法が可能になります。また、現在は他の治療法に効果がなく、かつ、可逆的とみられる症例にのみECMOを使用可能ですが、不可逆的症例である肺及び心肺移植へのつなぎ(ブリッジ)としての使用についても適用拡大される可能性があります。さらに、各国でアウトブレイクが報告されているSARSやMARS、H5N1鳥インフルエンザなど重症化しやすい感染症による重症呼吸不全の有効な治療手段となることも期待されます。
<注釈>
(注1)ECMO
体外式膜型人工肺(Extracorporeal Membrane Oxygenation)の略称。人工肺とポンプを用いた体外循環回路による治療で、重症呼吸・循環不全患者の呼吸および循環回路が自発的に回復するまでの間に呼吸や循環を補助する対症療法として用いられる。経皮的心肺補助(Percutaneous Cardio Pulmonary Support:PCPS)も広義のECMOに含まれる。
(注2)薬機法
正確な名称は「医薬品・医療機器等の品質・有効性及び安全性の確保等に関する法律」。旧薬事法を平成25年に見直したもの。
<図表>
(図1)今回開発に成功した次世代型ECMO
酸素ボンベ非装着時(左)と装着時(右)
(図2)従来機器との比較
人工心肺装置(左)、従来型ECMO(右)と比較して、圧倒的な小型化・軽量化・構造の単純化に成功した。
(図3)小型化による可搬性・携帯性の実現
容易に持ち運びができるため、院外での使用も可能になる。