2019-06-20 国立長寿医療研究センター, 新潟大学, 理化学研究所
研究成果のポイント
- 日本人のアルツハイマー病発症に関わる遺伝子変異を同定
- アルツハイマー病の発症リスク予測法の開発に貢献
- アルツハイマー病の病態メカニズムの解明から治療薬開発に貢献
概要
国立研究開発法人国立長寿医療研究センター(理事長:荒井秀典, 愛知県大府市。以下 国立長寿医療研究センター)メディカルゲノムセンターの尾崎浩一臨床ゲノム解析推進部長、浅海裕也特別研究員らの共同研究グループ※は、孤発性アルツハイマー病(LOAD)患者の網羅的なゲノム解析を行い、SHARPIN遺伝子上の日本人に特有な新規遺伝子変異がLOAD発症のリスクを高めることを見出しました。さらに、この遺伝子変異が免疫機能に関連するSHARPINタンパク質の機能を低下させることを明らかにしました。近年、脳内の免疫機能低下がLOADの発症と関連することが強く示唆されています。本研究で見つかった遺伝子変異が脳の免疫機能低下を引き起こすことでLOAD発症リスクが高まると考えられます。研究成果は、米国のオンライン科学雑誌「Molecular Medicine」に、2019年6月20日付で掲載されます。
※共同研究グループ
国立長寿医療研究センター
メディカルゲノムセンター
センター長
新飯田 俊平(にいだ しゅんぺい)
臨床ゲノム解析推進部
部長
尾崎 浩一(おざき こういち)
ユニット長
重水 大智(しげみず だいち)
特別研究員
浅海 裕也(あさのみ ゆうや)
研究員
光森 理紗(みつもり りさ)
研究員
森 大気(もり たいき)
新潟大学
脳研究所
遺伝子機能解析学分野
教授
池内 健(いけうち たけし)
准教授
宮下 哲典(みやした あきのり)
特任助教
原 範和(はら のりかず)
理化学研究所
生命医科学研究センター
循環器疾患研究チーム
チームリーダー
伊藤 薫(いとう かおる)
研究の背景
LOADは認知症の半数以上を占め、多数の環境的、遺伝的要因の複雑な相互作用により発症しますが、遺伝的因子の発症に与える寄与度は大きく60%~80%であることが知られています。しかし、近年の医学研究の進歩にも関わらず、この疾患の遺伝的要因の大部分は未だ明らかにされていません。また、欧米における白人患者の大規模なゲノム解析研究により、発症リスクとしてTREM2遺伝子変異が報告されましたが、日本ではその保有者がほとんど見つかっていません。しかし、同様のリスクとなる遺伝子変異は日本人においても存在すると考えられています。
研究成果の概要
本研究では日本人のLOADリスク遺伝子の探索を目的に、まず国立長寿医療研究センターのバイオバンクに保管された日本人患者由来ゲノムDNAのエクソームシークエンス解析(※1)を実施しました。本研究では、最もよく知られたLOADリスク因子であるAPOE ε4を持たない202例の患者ゲノムDNAを解析しました。この解析で見つかった約50万種の遺伝子多型について、その有害性など様々な指標に基づき段階的なフィルタリングを行いました。その結果、7種の遺伝子多型がリスク候補となることを見つけました。
次に、得られた7種の遺伝子多型について、大規模な日本人コホートを用いて症例-対照関連解析を行いました。ここでは、新潟大学および理化学研究所におけるサンプルをさらに加え、LOAD患者4,563例、対照検体16,459例を用いました。最終的に、SHARPIN遺伝子上に日本人特異的に存在するミスセンス変異(※2)rs572750141(NM_030974.3:p.Gly186Arg)が、統計学的に有意なLOADリスク因子であることを発見しました(オッズ比 = 6.1)。
さらに、この遺伝子変異がどのようにLOADと関連するかを明らかにするため、変異型SHARPINタンパク質(G186R)の機能解析を実施しました。SHARPINは、免疫応答や炎症反応において中心的な役割を果たすNF-κBの活性化に重要です。そこで、ヒト胎児腎由来のHEK293細胞に変異型SHARPINを導入し発現させたところ、正常型のSHARPINを導入した場合に比べてNF-κBの活性が低下しました。また、正常型SHARPINは細胞質に均一に存在するのに対し、変異型SHARPINは細胞内で不均一なサイズの塊を作って存在することが観察されました。これらのことから、変異型SHARPINは細胞内での形状や局在が大きく変わることで、NF-κBを活性化する機能が低下して発症に関わる可能性が考えられます。
正常SHARPIN
変異SHARPIN
ここで得られた網羅的な解析情報は日本医療研究開発機構(AMED)のAMEDゲノム制限共有データベース(AGD)および臨床ゲノム情報統合データベース(MGeND)に登録し、共有されることにより他の研究にも役立てられます。
研究成果の意義
本研究で見出したLOADの新規リスク因子は、東アジア人(特に日本人)に特有な遺伝子多型です。そのため、日本人にとって本疾患のクリニカルシークエンス等、将来期待されるゲノム医療において重要な知見となります。
また、本研究では、SHARPINのLOADに関連する遺伝子変異が生理的機能の変化を引き起こすことを初めて明らかにしました。近年のLOAD研究では、TREM2変異のように神経系における免疫機能の低下が発症に関連することが示唆されています。SHARPIN変異も同様に、免疫機能に影響してLOAD発症につながる可能性が考えられます。このような免疫系をターゲットとした新たな創薬研究が進みます。
今回エクソームシークエンス解析を実施したサンプル数は、欧米の大規模な研究と比較してそれほど多くはありません。しかし、本研究で用いた解析手法により有力なリスク因子を見いだすことに成功しました。これは、本手法の有効性を示しており、他の多因子疾患の発症に与える影響力の大きい関連遺伝子を同定することにも役立つと期待されます。
論文情報
掲載誌
Molecular Medicine
著者
Asanomi Y, Shigemizu D, Miyashita A, Mitsumori R, Mori T, Hara N, Ito K, Niida S, Ikeuchi T, Ozaki K.
論文タイトル
A rare functional variant of SHARPIN attenuates the inflammatory response and associates with increased risk of late-onset Alzheimer’s disease
用語解説
※1 エクソームシークエンス解析
次世代型DNAシークエンサーを用いて、ゲノム配列のうちタンパク質をコードするエクソン領域(全ゲノムの約1~2%にあたる)を解読する手法。疾患ゲノム研究においては、遺伝性疾患の多くがエクソン領域の変異により引き起こされると考えられており、全ゲノム領域を解読するよりも効率的に遺伝子解析が可能。
※2 ミスセンス変異
一塩基置換遺伝子多型(一塩基置換変異)のうち、その遺伝子がコードするタンパク質において異なるアミノ酸残基への置換を伴う変異。
問い合わせ先
研究に関すること
国立長寿医療研究センター メディカルゲノムセンター 臨床ゲノム解析推進部
尾崎 浩一(おざき こういち) 部長
報道に関すること
国立長寿医療研究センター 総務部 総務課
広報担当 山田 隆史