ゲノム研究で分かった隠れた種分化の仕組み
2019-07-03 京都大学
藤澤知親 理学研究科研究員(現・滋賀大学助教)、雀部正毅 同博士後期課程学生(現・理化学研究所職員)、曽田貞滋 同教授、長太伸章 国立科学博物館研究員、高見泰興 神戸大学准教授らの研究グループは、日本固有のオサムシ類、オオオサムシ亜属において、全ゲノム配列の解析を行い、雌雄の交尾器の多様化による急速な種分化が、交尾器形態に関係する限られたゲノム領域の変化で起こっていることを示しました。
昆虫をはじめとする節足動物、哺乳類や鳥類を含む多くの体内受精をする動物では、外見のよく似た近縁種の間で交尾器の形が明らかに異なることが知られています。交尾器形態の進化自体は、主に集団内の性選択によって引き起こされると考えられますが、交尾器形態の進化が種の多様化に直接結びつくことを明確に示した研究はありませんでした。
本研究成果は、環境適応とは無関係に起こる交尾器の進化が種の多様化を主導する要因となりうることをゲノム解析によって示した点で注目され、種の多様性に関する新たな理解をもたらすことが期待されます。
本研究成果は、2019年6月27日に、国際学術誌「Science Advances」のオンライン版に掲載されました。
図:オオオサムシ亜属をゲノム解析した結果、交尾器の多様化によって種が多様化したことが示唆された
書誌情報
【DOI】 https://doi.org/10.1126/sciadv.aav9939
【KURENAIアクセスURL】 http://hdl.handle.net/2433/242837
Tomochika Fujisawa, Masataka Sasabe, Nobuaki Nagata, Yasuoki Takami and Teiji Sota (2019). Genetic basis of species-specific genitalia reveals role in species diversification. Science Advances, 5(6):eaav9939.
詳しい研究内容について
交尾器の進化で種が多様化する
―ゲノム研究で分かった隠れた種分化の仕組み―
概要
京都大学大学院理学研究科 藤澤知親 研究員 研究当時、現 滋賀大学助教)、雀部正毅 同博士後期課程学 生 研究当時、現 理化学研究所国際部)、曽田貞滋 同教授、国立科学博物館 長太伸章 研究員、神戸大学 高 見泰興 准教授らの研究グループは、日本固有のオサムシ類、オオオサムシ亜属において、全ゲノム配列の解 析を行い、雌雄の交尾器の多様化による急速な種分化が、交尾器形態に関係する限られたゲノム領域の変化で 起こっていることを示しました。
昆虫をはじめとする節足動物、哺乳類や鳥類を含む多くの体内受精をする動物では、外見のよく似た近縁種 の間で交尾器の形が明らかに異なることが知られています。交尾器形態の進化自体は、主に集団内の性選択に よって引き起こされると考えられますが、交尾器形態の進化が種の多様化に直接結びつくことを明確に示した 研究はありませんでした。この研究は、環境適応とは無関係に起こる交尾器の進化が種の多様化を主導する要 因となりうることを、ゲノム解析を通して示した点で注目されます。
本成果は、2019 年 6 月 27 日に米国の国際学術誌「Science Advances」にオンライン掲載されました。
1. 背景
生物の種を増やす要因として、異所的な集団が異なる環境条件に適応していく過程で、付随的に生殖隔離が 生じて種が分かれるという、異所的種分化が重要視されています。一方で、環境適応とはあまり関係のない、 集団内の性選択を主要因として進化する形質の多様化が種の多様化を促進するかどうかについては、疑問が持 たれてきました。性選択を受ける重要な形質の1つが交尾器です。体内受精をする動物の交尾器は、近縁種の 間でも多様な形態を示します。とくに雄の交尾器は、様々な突起や棘を備えたりして、極端な形状を示すこと があります。一方、同種の雄と雌の交尾器は、錠と鍵のようにうまく対応しています。このような雌雄の交尾 器の進化は、主に、集団内での性選択 精子競争、雌による配偶者選択、雌雄間の利害対立)によって引き起 こされてきたと考えられます。集団内での選択で交尾器形態が進化し、異所的な集団ごとに形態進化の方向が 異なる場合には、結果的に集団間では交尾が起こりにくくなり、別々の種に分かれていくと考えられます。し かし、交尾器進化が種分化を促進する主要因となっているかについては、明確な証拠がありませんでした。
研究グループが注目してきたのが、地表性の甲虫、オサムシ類の交尾器の多様性です。日本固有のオオオサ ムシ亜属は、17 種に分けられます。どの種も外部形態と生態は互いによく似ており、種を分ける主要な特徴 は、交尾器の形態と、体の大きさです。これらの違いは生殖隔離に関係します。同じ種の雄と雌の交尾器はう まく適合し、正常に授精ができますが、異種間では多くの場合失敗します。また体の大きさも、大きく違うと 正常に交尾ができません。
オオオサムシ亜属では、雌の膣盲嚢と雄の交尾片という2つの部分が、錠と鍵のように組み合わさることで 交尾器の結合が固定され、正常な授精が行われます。同じ種内では、雌雄の交尾器は互いに対応した形 大き さを持っています。雄の交尾片は、キチン化した骨片で、小さい三角形のものから細長く釣り針状に伸びたも のまで多様な形をしており、極端に長く大きくなった種もいます。一方、雌の膣盲嚢は、膜質のポケットで、 雄の交尾片に対応した大きさ、形を持っています。このオサムシでは、外部形態や生態の多様化が乏しいまま、 交尾器の多様性によって多くの種に分かれていることから、交尾器進化が主導して、種分化が起こってきたと 考えられました。
図1. A. オオオサムシ亜属の交尾器の結合。オスの交尾片がメスの膣盲嚢に挿入される。B. 種ごとの交尾片長と膣盲嚢長 の関係。交尾器部分の長さはいずれも体サイズに対する相対長。イワワキオサムシ アオオサムシ亜属の種間変異は、他 の種群よりはるかに大きい。イラストはそれぞれの種の交尾片。
図2. イワワキオサムシ アオオサムシ種群7種の分布と形態。写真は左がオス、右がメス。交尾片のイラストも示す。
2. 研究手法・成果
今回、次世代シーケンスによって精度の高い系統樹を作成し、分岐年代推定を行ったところ、オオオサムシ 亜属の中でも、中型の体サイズをもつ系統群 イワワキオサムシ アオオオサムシ種群)で、交尾器形態の多 様化にともなう急速な種分化が起こっていることが示されました。この系統群では、体サイズが互いに似てお り、交尾器形態の違いが生殖隔離の主要因となっています。また、この系統群の 1 種 最も交尾器が巨大化し たドウキョウオサムシ)について全ゲノム配列を解読し、遺伝子領域を推定しました。ゲノムサイズは約 1 億 8600 万塩基対で、約 15600 の遺伝子が含まれていました。
交尾器形態が明確に異なるものの、分布境界で狭い交雑帯を持つ近縁種 イワワキオサムシ、マヤサンオサ ムシ)の間で人為的に雑種を作り、種間の違いに関係するゲノム領域を探索した結果、ごく少数の領域が種間 差に関わっていることが分かりました。最も主要な領域は同じ染色体上にあるものの、雌雄で異なることが分 かりました。このことから、雌雄の交尾器進化は独自に起こりうることが示唆されました。
また、この2種の間でゲノム配列を比較したところ、交尾器形態に関わる領域以外では、種間の違いが極め て小さいことが分かりました。種内では、交尾器形態には強い選択が働いていてそれに関係するゲノム領域の 配列の違いが保たれていますが、その他のゲノム領域では、交雑帯を通して遺伝子流動が起こっていることが 示唆されました。
この2種の他に、交尾器形態が異なる別の種のペア2組についてもゲノム配列の違いを調べたところ、同様 に雄の交尾器形態に関わる主要な遺伝子領域の種間差が大きいことが分かりました。このことから、オオオサ ムシ亜属では、同じ遺伝子領域において繰り返し突然変異が生じることで交尾器形態の多様化が起こってきた ことが示唆されました。
以上の研究結果は、交尾器の多様化が種の多様化と種の境界の維持に、中心的な役割を果たしていることを 示しています。
3. 波及効果、今後の予定
今回の研究は、環境適応とは関係のない性選択による形質進化が、交配に関する形質の多様化を通して種多 様性に結びつくことを示したものです。すなわち、生態的な適応の分化がなくても、集団ごとに交尾器形態が 性選択によって進化することで、集団間の生殖隔離が生じて、種が分かれていくのです。今回の成果は、種の 多様化過程に関する新たな理解をもたらすと期待されます。
交尾器進化の遺伝的な仕組みについてはまだこれから多くの研究が必要です。今回の研究で、オオオサムシ 亜属種間の交尾器形態変異をもたらしている可能性のある複数の遺伝子が推定されましたが、それらの遺伝子 が交尾器形成においてどのような働きをするのか調べ、実際に交尾器形態変異に関係しているかを判定するこ とが必要です。また、今回の研究では、オオオサムシ亜属の中の一部の種の全ゲノム配列を比較したにすぎま せん。この亜属の進化の中で、交尾器の形態形成に関わるゲノム配列がどのように変化してきたのかを解明す るために、全ゲノム配列の比較を、オオオサムシ亜属全体に拡張し、顕著な形態変異に結びついた主要な突然 変異を明らかにしたいと考えています。
4. 研究プロジェクトについて
本研究は科学研究費補助金により行われました 研究代表者 曽田貞滋. 課題番号 23370011, 23128507, 25128707, 26251044, 18H04010)。
<論文タイトルと著者>
タイトル :Genetic basis of species-specific genitalia reveals role in species diversification 種特異的な交 尾器の遺伝的基盤が種多様化に果たす役割)
著 者 :Tomochika Fujisawa, Masataka Sasabe, Nobuaki Nagata, Yasuoki Takami, Teiji Sota.
藤澤知親 研究当時、京都大学大学院理学研究科研究員。現在 滋賀大学データサイエンス学部助教)
雀部正毅 研究当時、京都大学大学院理学研究科博士後期課程。現在 理化学研究所国際部職員)
長太伸章 国立科学博物館研究員)
高見泰興 神戸大学大学院人間発達環境学研究科 准教授)
曽田貞滋 京都大学大学院理学研究科 教授)
掲 載 誌 :Science Advances 5: eaav9939 (2019) DOI 未定