2019-08-06 龍谷大学,旭川医科大学,理化学研究所,東京薬科大学
【本件のポイント】
・龍谷大学理工学部物質化学科の内田欣吾研究室は、独自技術を用い、シロアリの翅(はね)の表面構造を再現することに世界で初めて成功
・シロアリの翅は、空気中の小さな霧粒をキャッチし水滴をつくる一方で、大きな水滴は弾くという特性があり、今後は、この技術を応用し、空気中の霧から水滴を集めるといった実用化が期待される
・本研究の成果は、Natureの姉妹誌Comms. Chem. 誌に掲載予定であり、Natureを発行しているシュプリンガー・ネイチャー社からもリリースされる予定
内田研究室では、二種類のジアリールエテン分子を混合した結晶膜に光を当てることで、シロアリの翅が示す二重濡れ性を再現した結晶表面を開発しました。オーストラリア原産のNasutitermes sp.という種類のシロアリは、天敵から身を守るためにあえて雨季に新しいコロニーへと飛び立ちます。そのため、その翅は水を効率的に弾かなければいけないので、大きな水滴を弾き、小さな水滴は集めてある大きさにし、羽ばたきによって表面から放出させるという特異的なシステムを有しています。そこで、そのシロアリの翅の表面構造に注目しました。
光を照射すると可逆的に色が変化する「フォトクロミック分子」を二種類混合し、このシロアリの翅の構造を再現すべく結晶膜を作成しました。混合前の単独の分子によって形成された表面に紫外光を照射すると、どのような表面になるか分かっていたので、混ぜることでシロアリの翅の構造が再現できそうという予想はありました。実際に、紫外光を照射するとフォトクロミック反応を起こし、二種類の異なる大きさの結晶(大きい結晶は高さ約16 μm(=マイクロメートル=1 mmの千分の一)幅約1.5 μm、小さい結晶は高さ約1.9 μm、幅約0.2 μm)が表面上に並んだ結晶膜が作製できました。この表面構造は、予想通りシロアリの翅の表面構造と非常に類似していたのです。
この表面は超撥水性を有しています。一般的に撥水性材料は水を弾く機能です。しかし、シロアリは一般的には除去しにくい小さな水滴を集めて除く機能をもつことにより自然界で生き残っています。そこで、作成した表面に霧吹きで小さな水滴を吹きかけると、直径が約100 μm以下の水滴は吸着し、それ以上の水滴を弾きました。これらの水滴のサイズは、それぞれ霧、雨滴のサイズと一致しており、構造を真似ることでシロアリが示す大きな水滴を弾き、小さな水滴を集める機能を再現することに成功しました。この研究により、自然界のしくみが一つ明らかになりました。このような表面は、名古屋セントレア空港の窓材のように人が介在することなく表面をきれいに保つセルフクリーニング材料に利用できるだけでなく、空気中の霧から水滴を捕集できる材料、水滴を保持できる機能材料としての応用も期待されます。
■発表論文について
英文タイトル:Dual wettability on diarylethene microcrystalline surface mimicking a termite wing
和訳: シロアリの翅を模倣したジアリールエテン微結晶表面の二重濡れ性
掲載誌:Communications Chemistry, 2019, in press. (コミュニケーションズ ケミストリー)掲載予定
著者:内田 欣吾 (龍谷大学理工学部物質化学科・教授) 他
共同研究者:旭川医科大学 眞山博幸 博士、理化学研究所 中村振一郎 博士、東京薬科大 横島 智 教授
■内容について
<研究の背景>
近年、生物の微細な表面構造や生産システムを模倣することで、新しい材料作り・科学技術に役立てようとするバイオミメティクス(生物模倣科学)の研究分野が盛んに研究されています。この研究分野は、1930年代から始まっており、絹糸を真似たナイロンから、ゴボウの実を真似たマジックテープ、ハスの葉の超撥水性表面、蛾の目の無反射、鮫肌の低抵抗など、様々な生物の構造を模倣した機能性材料が数多く開発されてきました。
内田研究室では、光を照射すると色を可逆的に変えるフォトクロミック化合物、特に熱的な安定性を有するジアリールエテンという化合物を用いて光を照射して光応答する機能材料を研究してきました。ジアリールエテンは、無色の開環体と呼ばれる状態に紫外光を照射すると分子中心部が閉環し、着色した閉環体を与えます。これに可視光を照射すると元の開環体を再生します。この化合物は、光で何回も閉環・開環反応を繰り返せる事、結晶状態でもフォトクロミズム(光の照射で物質の色が可逆的に変化する現象)ができる事に特徴があります。内田研究室では、ジアリールエテンの結晶薄膜に紫外光を照射し、暗所下室温で1日静置すると、閉環体の針状結晶(高さ約10 μm、幅約1-2 μm)が膜表面に成長することを見出し、さらに、その表面は水滴の接触角が160°を超える超撥水性を示すことを報告しました。また、その膜に可視光を照射すると、針状結晶は融解して元の平坦な表面へと戻り、接触角も元の値に戻る、光による可逆的な濡れ性の制御も達成しています。この結晶成長技術を応用し、これまで、ハスの葉の超撥水性、バラの花びらのローズペタル効果、蛾の目の無反射表面、カタツムリの超親水性表面など、植物や生物の表面構造を模倣した光応答性バイオミメティクス表面を開発してきました。
今回、Nasutitermes sp.というオーストラリアに生息するシロアリの翅の表面構造に注目しました。このシロアリは、新しいコロニーへと飛び立つ時、天敵からの攻撃を避けるために、あえて雨季に飛び立ちます。そのため、その翅には水を効率よく弾く機能が備わっています。翅の表面構造を電子顕微鏡で観察すると、長さ約50μmで幅約1μmの毛のような構造と、高さと幅が約5-6μmの小さな星形の構造の二種類の微細な構造を有していました(図1A-C)。シロアリは体の大きさに比べて大きな翅をもっているため、羽ばたき速度も遅く、翅が水滴に濡れて重さが増すと飛ぶことができません。それゆえ、この表面構造を巧みに利用して、大きな水滴は毛で弾き飛ばし、小さな水滴は星形の構造で保持し、合一させてある大きさまで水滴を大きくすることで、羽ばたきによって翅表面から水滴を効率的に除去するという特異的な濡れ特性を持っています。今回は、この翅の表面構造を模倣することで、シロアリの翅が示す水滴のサイズに依存した二重濡れ性を示す光応答性表面の開発に成功しました。
<研究の結果>
二つの光応答性分子を混合した結晶膜を作製し、紫外光を照射すると図1D-Gに示すような、長い針状結晶(高さ約16μm、幅約1.5μm)と、小さな針状結晶(高さ約1.9μm、幅約0.2μm)が無数に成長しました。この構造はシロアリがもつ表面構造(図1A-C)と非常に似通った構造でした。この表面は水滴の接触角が約163°の超撥水性を示しました。そこで、上から水滴を落下させると、大きな水滴は弾かれましたが、小さな水滴は表面に付着しました。弾かれる水滴と付着する水滴の大きさを調べるために、霧吹きで水滴(直径20-1000μm)を吹きかけながら、超高速カメラで観察すると、直径100μm以上の大きな水滴は弾かれる一方、20-100μmの小さな水滴はくっつく様子が観察されました(図2)。これらのサイズは、弾かれる水滴のサイズが雨粒の水滴のサイズと、くっつく水滴のサイズが霧の水滴のサイズと一致していました。従って、シロアリの翅の表面構造を真似た表面をつくることで、雨粒を弾き、霧を集めるというシロアリの翅が示す二重濡れ性を再現することに成功しました。理論的にも大きさの異なる2種類の毛がシロアリの翅の二重濡れ性で重要な役割を果たしていることが示されました。
<研究の意義と今後の展開>
今回の成果はシロアリの表面構造を模倣したバイオミメティクス材料を開発したことです。これまで、バイオミメティクス材料の研究が行われてきており、特に濡れ性に関する研究は多く研究がなされています。しかし、今回の研究のような、霧と雨滴を弾き分けるというリアルで複雑な機能を再現した研究例はこれまで報告されておらず、従来の研究よりも一段階上のステージの研究成果が得られたと考えています。
このような表面構造のデザインを基盤とすることで、バイオミメティクス材料の基礎研究から人の生活に役立つ機能性材料や低環境負荷のシステム開発へと発展することができます。具体的には、霧から水を効率的に捕集するフィルムのような用途に活用することで、砂漠や乾燥地での生活用水をつくりだす等の技術に貢献できると考えられます。今後、このような光応答材料の応用範囲を広げ、自然界の仕組みと知恵を理解し、社会に還元できるシステムを構築していきます。
<参考図>
図1 (A-C)シロアリの翅の表面構造の電子顕微鏡写真、(D-G)ジアリールエテンからなるシロアリの翅の表面構造を模倣した結晶膜表面の電子顕微鏡写真。スケールバー:A, B) 15, C) 3, D) 20, E) 5, F) 1, G) 3.33 m(髪の毛の太さ(約50 m)の15分の1の大きさ)。
図2 A 雨の水滴のサイズによる分類、B シロアリの翅の表面構造を模倣した結晶膜に霧吹きで小さな水滴を吹きかけた時の水滴のサイズによる濡れ現象の分布。
■画像データ等の提供について
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(問い合わせ先 )
<研究に関する問い合わせ先>
龍谷大学 理工学部物質化学科・教授 内田 欣吾
<担当部局>
龍谷大学 研究部(瀬田) 担当者 石丸湖美・田中敦