動物の発生において形と機能を調和させる仕組みを発見~形の変化が細胞分化を方向づける~

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2019-08-28 京都大学

近藤武史 生命科学研究科特定助教、林茂生 理化学研究所チームリーダーの研究グループは、動物の発生過程において、組織の形が細胞分化の方向性を制御する新たな仕組みの存在を明らかにしました。
動物の体は様々な器官により構成されています。また、それぞれの器官は特有の形を持っており、固有の機能を発揮するように分化した細胞で構成されています。各器官が適切に機能を発揮するためにはこの形と細胞分化がうまく一致している必要がありますが、それがどのようにして達成されているのかについてはあまりわかっていませんでした。
これまでの考え方は、形の変化は細胞分化により制御されるというものでした。しかし今回、本研究グループが、形づくりが異常となるショウジョウバエ胚を詳細に解析したところ、器官を形づくる過程ではその逆向きの、形の変化による細胞分化の制御も働いていることを明らかにしました。すなわち、細胞は組織形状に応じて自身の分化を調節するというフィードバックによって、形と機能の調和を達成していると考えられます。
本研究成果は、組織の形という物理的な情報が細胞分化の制御に関与することを示しており、このような形づくりの仕組みを明らかにしていくことは、複雑な組織・器官の人工作製技術のさらなる改善にも役立つ知見となることが期待されます。
本研究成果は、2019年8月23日に、国際学術誌「eLife」のオンライン版に掲載されました。

動物の発生において形と機能を調和させる仕組みを発見~形の変化が細胞分化を方向づける~

図:陥入運動によりシート状の上皮組織から管状の上皮組織が形成される過程と、組織形状と細胞分化を調和させるための仕組みのモデル

書誌情報

【DOI】 https://doi.org/10.7554/eLife.45145

【KURENAIアクセスURL】 http://hdl.handle.net/2433/243820

Takefumi Kondo, Shigeo Hayashi (2019). Two-step regulation of trachealess ensures tight coupling of cell fate with morphogenesis in the Drosophila trachea. eLife, 8:e45145.

詳しい研究内容について

動物の発生において形と機能を調和させる仕組みを発見
―形の変化が細胞分化を方向づける―

概要
近藤武史生命科学研究科特定助教、林茂生理化学研究所生命機能科学研究センターチームリーダーの研究グ ループは、動物の発生過程において、組織の形が細胞分化の方向性を制御する新たな仕組みの存在を明らか にしました。 動物の体は様々な器官により構成されています。また、それぞれの器官は特有の形を持ってお り、固有の機能を発揮するように分化した細胞で構成されています。各器官が適切に機能を発揮するために はこの形と細胞分化がうまく一致している必要がありますが、それがどのようにして達成されているのかに ついてはあまりわかっていませんでした。
これまでの考え方は、形の変化は細胞分化により制御されるというものでした。しかし今回、研究グループ が形づくりが異常となるショウジョウバエ胚を詳細に解析したところ器官を形づくる過程ではその逆向き の、形の変化による細胞分化の制御も働いていることを明らかにしました。すなわち、細胞は組織形状に応 じて自身の分化を調節するというフィードバックによって、形と機能の調和を達成していると考えられま す。これらの発見は、組織の形という物理的な情報が細胞分化の制御に関与することを示しており、このよ うな形づくりの仕組みを明らかにしていくことは、複雑な組織・器官の人工作製技術のさらなる改善にも役 立つ知見となることが期待されます。
本研究成果は、2019 年 8 月 23 日に、英国の国際学術誌「eLife」にオンライン掲載されました。


概要図:陥入運動によりシート状の上皮組織から管状の上皮組織が形成される過程と、組織形状と細胞分化を調和させる ための仕組みのモデル

1.背景
我々の生活の周りでは様々な機器が正確に働いています。例えば、エアコンが設定温度に従って室温をコン トロールすることもその一例です。その背後では、サーモスタットによる室温感知と温度調節へのフィードバ ックが重要な働きをしています。同様に、生物の体も、内部で様々なフィードバック制御が働くことによって、 我々の体が適切に働くことができています。このような生物におけるフィードバックの仕組みは、主に生化学 的な反応系のネットワークとして理解が進んでいます。例えば細胞分化を制御する遺伝子ネットワークやホル モンの分泌調節を介した生体の恒常性維持におけるフィードバック制御は、生化学反応のネットワークとして 捉えられます。一方で、生物が生命を維持し、それを構成する器官が正しく機能するためには、生化学反応だ けでなく、その形も重要な要素です。動物の発生過程では多様な細胞が生み出され、さまざまな形の組織 ・器 官を構築していきます。それぞれの器官は特有の形を持っており、かつ固有の機能を発揮する細胞で構成され ています。そして、その形と機能が正確に一致することで初めて各器官は適切に機能を発揮します。しかしな がら、器官を構築していく発生過程において、細胞分化の制御による機能の獲得 生化学的現象)と形づくり 物理的現象)がどのように関連し、うまく調和されているのかについては、あまりわかっていませんでした。
動物の形づくりにおける重要な仕組みの一つに、 「上皮組織( ※1)の変形」があります。上皮組織は、細胞 が密に接着した1枚のシート状の構造をしており、そのシートとしての構造を保ったまま細胞集団として変形 し、器官を構築していきます。その変形様式の一つの陥入運動( ※2)では、シート状の上皮組織の一部が内 部に入り込み、最終的に管状の組織へと変化します 概要図参照)。そしてシート状の組織と管状の組織は後 に異なる器官を構築していきます。つまり、このシート部分と管状部分の形状とそれぞれを構成する細胞の分 化は混ざりあうことなくうまくコントロールされる必要があります。これまでは、まずシート状の組織の一部 に管状の組織をつくる細胞が分化し、その分化細胞が正確に陥入し管状となることで、混ざりあうことなく適 切に形づくりが進行すると考えられていました。しかしながら、この一方向性の制御だけで、多数の細胞によ るこのようなダイナミックな現象が本当に正確に成し 遂げられるのかは不明のままでした。
研究グループはこれまでにショウジョウバエの胚発 生をモデルとして、この形づくりの仕組みに関する研究 を進めており、特に気管 (※3)の形成過程( 図1)を 対象として上皮組織の陥入を駆動する仕組みを明らか にしてきました。その過程で、組織変形を開始する前の 細胞分化は適切に進行するにもかかわらず、その後の陥 入運動がうまくいかない遺伝子変異をもつショウジョ ウバエの系統をいくつも同定していました。そこで、こ れらの変異体において陥入後の細胞分化がどのように 進むのかを詳細に解析することで、上記の問題を追求で きるのではないかと考えました。

2.研究手法・成果
ショウジョウバエの気管細胞への分化を制御するマスター遺伝子 (※4)として、trachealess(trh)遺伝子が 知られています。そこで、この trh 遺伝子のオン・オフ状態を指標として、気管細胞への分化状態を解析しま した。まず正常個体において陥入前に trh 発現を開始し気管細胞への分化を開始した細胞の数と、陥入後に気 管を構成する trh オン細胞の数を計測したところ、陥入前のほうが細胞数が多く、trh 発現を開始した細胞の すべてが気管を構成するわけではないと考えられました。そこで、この陥入前に trh 発現を開始した細胞を人 為的に標識し、陥入運動後におけるそれら位置を追跡したところ、たしかに一部の細胞は陥入に参加せず、表 面のシート状の表皮に留まっていること、そしてそれらは trh オフの状態に戻ることがわかりました (図2)。 さらに、特定の遺伝子機能が阻害され陥入運動が不十分となる個体で同様の解析をしたところ、想定どおりに 陥入せずに表皮に留まった細胞の数は増えましたが、そ れらはすべて trh オフの状態へと遷移し、やはりうまく 陥入ができた細胞のみが trh オンの状態を維持すること で気管細胞へと分化することが明らかになりました。こ れらの結果から、trh 発現を開始し気管細胞への分化を開 始した細胞が正確に陥入し管状の構造を構築するわけで はなく、細胞は組織の変形過程、もしくは変形後の組織 形状に応じて自身の分化を調節しており、それにより陥 入した細胞のみが最終的に気管細胞へと分化する、とい う一連の制御が働いていると考えられました。
次にその制御の仕組みの一端を明らかにするために、 trh 遺伝子発現がどのように調節されているのかについ て検討を進めました。その結果、trh をオンにするためのエンハンサー (※5)活性は管状構造の部分に限ら れないものの、積極的にオフにするためのサイレンサー (※5)活性が表皮に留まった細胞でのみ作用するこ とにより、管状構造に限定された trh オン状態が形成されることが明らかになりました。
さらに trh 遺伝子の役割についても、ライブイメージング技術 (※6)により再検証したところ、これまでの 知見に反して trh 遺伝子は予定気管領域の形成や陥入運動の開始には必要ではないこと、しかしながら陥入後 にその管状構造を維持するために必須であることが明らかになりました( 図3)。このことは上皮組織の変形 を駆動するための力の生成と、変形後にその形状を維持することは、異なる仕組みによって制御されているこ とを示唆しています。


以上の結果から、細胞分化の制御による機能の獲得 (生化学的現象)と形づくり 物理的現象)の間で作用 するフィードバック制御(メカノケミカルフィードバック)によって安定して、細胞分化と組織形状の調和が とれた気管が形成されていると考えられます 図4)。

3.波及効果、今後の予定
多細胞生物の発生現象は数多くの細胞がうまく協調することによって成し遂げられる非常に複雑でダイナミ ックな現象ですが、確率的な生化学反応系や動的であいまいな細胞運動といったゆらぎの中で進行しています。 本研究によって、そのような状況のなかで安定して全体としての形づくりを制御するために、これまでに考え られていた生化学的なフィードバック制御のみならず、組織の形といった物理的な情報から生化学的な反応系 へのフィードバックも重要な働きを示す新たな一例を見出すことができました 図4、参考図表)。つまり、 遺伝子〜細胞〜多細胞組織という異なる階層の間で多様な情報のやりとりをすることによって、安定して正確 に発生現象を制御していると考えられます。また、細胞分化と組織形状の調和はどのような器官の形成におい ても重要であるため、同様の仕組みが哺乳類を含む様々な動物の発生においても作用している可能性があると 考えられます。
細胞がどのようにして組織形状の変化を感知し、自身の分化方向を決めているのか、現時点ではその仕組の 詳細についてはまだ十分な理解には至っていません。今後さらなる解析を進めることにより、生物の発生とい う非常に不思議な現象の根本的な理解に役立つだけでなく、このような形づくりの仕組みを明らかにしていく ことは、複雑な三次元組織 ・器官の人工作製技術のさらなる改善にも役立つ重要な基礎的知見となることが期 待されます。

4.研究プロジェクトについて
本研究は、日本医療研究開発機構 AMED)革新的先端研究開発支援事業ソロタイプ PRIME)「メカノバイ オロジー機構の解明による革新的医療機器及び医療技術の創出」研究開発領域における研究開発課題 「上皮組 織の形状変化を介したメカノフィードバックによる器官形成機構の解明」(研究開発代表者:近藤武史)、文部科 学省科学研究費補助金(若手(A) 研究代表者:近藤武史)、京阪神グローバル研究リーダー育成コンソーシアム ( K-CONNEX)の支援を受けて実施されました。

<研究者のコメント>
一つの受精卵から多細胞生物が発生する様子は本当に美しいものです。ゲノム配列も解読され、顕微鏡技術の 発展により発生の過程を詳細に観察できるようになりました。しかしながら、多数の遺伝子、多数の細胞がど のように協調してそのダイナミックな現象をうまく進行させているのか、その仕組についてはまだまだよくわ からないことだらけです。その美しさの背後にある不思議に迫れるよう、これからも研究を進めていきたいと 考えています

<用語解説>
※1 上皮組織
体表面や体内の器官の表面を覆う組織の総称で、上皮細胞と呼ばれる細胞が密に接着した細胞層から成って いる。器官の形の構造的な基盤であり、外部からの物質の侵入を防ぐバリア機能や、必要な物質の分泌や吸収 も担っている。上皮細胞は、外気や液体にさらされている頂端面と結合組織に接着する基底面に対して極性を 持っており、それぞれに異なる性質を持つことが知られている。

※2 気管
昆虫など陸上節足動物におけるガス交換の器官で、体中に酸素を運搬するための管状の上皮組織のネットワ ークとして成り立っている。

※3 陥入運動
上皮細胞層 上皮細胞シート)が内側の基底面側に落ち込む形態形成運動のこと。発生過程において組織や 器官を形づくる上で重要なイベントのひとつである。個々の細胞が変形することで生み出される力が時空間的 にうまく協調することで引き起こされる。

※4 マスター遺伝子
細胞がある形質を発揮するために必要な一群の遺伝子を制御する上流遺伝子。遺伝子発現の制御を行う転写 因子をコードする。

※5 エンハンサーとサイレンサー
遺伝子の発現を調節するゲノム領域。エンハンサーは遺伝子発現の活性化に関わる領域、サイレンサーは 抑制に関わるの領域の総称。これらの領域に転写因子と呼ばれるタンパク質因子が結合することによって、 その活性が発揮される。

※6 ライブイメージング技術
顕微鏡を用いて胚や生体組織、細胞を生きたまま観察する手法。蛍光タンパク質を利用することで、組織や 細胞の形の変化や目的のタンパク質の挙動を解析することができる。固定標本では得られない時間軸に沿った 情報を取得できることが特徴である。

<論文タイトルと著者>
タイトル:Two-step regulation of trachealess ensures tight coupling of cell fate with morphogenesis in the Drosophila trachea( trachealess 遺伝子の2段階調節がショウジョウバエ気管形成における細 胞分化と形態形成を結びつける)
著 者:Takefumi Kondo, Shigeo Hayashi (近藤武史、林茂生)
掲 載 誌:eLife  DOI:https://doi.org/10.7554/eLife.45145.001

細胞遺伝子工学生物化学工学
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