有機太陽電池の電圧損失の抑制に成功

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2019-10-16 分子科学研究所

発表のポイント

  • 発電材料に結晶性の高い分子を用い、有機太陽電池の電圧損失を無機太陽電池と同等の水準まで抑制することに成功した。
  • 有機太陽電池で高い開放端電圧(1)を得るためには、発電が起こるドナー/アクセプター界面(2)近傍の3分子層以下の非常に薄い領域の結晶性が重要だということを明らかにした。
  • 本研究により、有機太陽電池でも高効率無機太陽電池と同等の20%を超える高い光電変換効率が実現可能であることが示された。
概要

分子科学研究所の、伊澤誠一郎助教、平本昌宏教授らの研究グループは、有機太陽電池の電圧損失を高効率無機太陽電池と同等の水準まで大幅に抑制することに成功しました。

現状で有機太陽電池の効率が高効率な無機太陽電池に及ばないのは、吸収した光のエネルギーと得られる電圧値との差、つまり電圧損失が大きいことが最大の原因です。今回、研究グループは発電材料に高い結晶性、高い電荷移動度を持つ秩序性の高い分子を用い、損失プロセスである電荷再結合(3)を抑制し、高い開放端電圧を得ることに成功しました。さらに精密な界面設計により、高い開放端電圧を得るためには、発電が起こるドナー/アクセプター界面近傍の数nm以下の非常に薄い領域の結晶性が重要だということを明らかにしました。今回の成果は、適切な界面設計を行えば、有機太陽電池でも20%を超える高い光電変換効率が実現可能なことを示しました。

本研究は、科研費挑戦的研究(研究スタート支援、若手研究)、中部科学技術センター学術・みらい助成および、マツダ研究助成の一環として行われ、米国物理学協会の速報誌『Applied Physics Letters』の10月8日付(オンライン版)に掲載されました。

研究の背景

有機太陽電池は安価、軽量性、フレキシブルなど無機太陽電池では実現できない性質を有し、また有害元素を使用しないなど環境調和性も高いことから、将来のエネルギー変換デバイスとして注目を集めています。近年、材料開発などにより、有機太陽電池の光電変換効率は最高で16%程度まで向上しましたが、高効率無機太陽電池のGaAsの28%などと比較すると大幅に劣るのが現状です。有機太陽電池の光電変換効率が低い最大の原因は、吸収した光のエネルギーと得られる電圧値との差、つまり電圧損失が大きいことです。

有機太陽電池の電圧損失は大きく分けて二つに要素から成ります(図1)。一つ目は吸収した光のエネルギー(Eg)と光を電荷対に分離した状態のエネルギー(ECT)の差、つまり電荷分離エネルギー損失です。二つ目はその電荷対のエネルギーと太陽電池で得られる開放端電圧(eVOC)との差、つまり電荷再結合によるエネルギー損失です。これまでの研究で、電荷分離エネルギー損失は室温の熱エネルギー程度の非常に小さなエネルギーでも効率よく電荷分離が起こることが報告されています。従って、有機太陽電池の電圧損失を抑制するためには、後者の再結合エネルギー損失を抑制することが重要です。無機太陽電池は、長い歴史の中でこの再結合損失を抑制することで高効率化が達成されてきました。しかし、有機太陽電池では、これまで電荷再結合を抑制するための有効な方策は示されていませんでした。

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図1 有機太陽電池の発電過程とエネルギー損失の内訳

研究の成果

今回、研究グループは、高い結晶性、高い電荷移動度を持つ秩序性の高い分子を有機太陽電池に用いれば、その電圧損失を無機太陽電池と同等の水準まで抑制できることを証明しました。

有機太陽電池は二種類の有機半導体材料(ドナー/アクセプター)の界面で発電が起きます。今回、その材料として、有機トランジスタの分野で主に用いられてきた移動度の高いドナー/アクセプター材料を用いました(図2a)。さらにアクセプター材料のアルキル側鎖の長さを変化させることで、材料の界面近傍での結晶性を変化させました。それら材料を用いた二層型の積層構造の太陽電池を作製したところ、アクセプター材料の結晶性が向上するにつれて、有機太陽電池の開放端電圧値が向上し、1 Vもの高い値が得られました(図2b)。さらにドナー/アクセプター界面から離れた領域には結晶性の低い材料を用いて、界面近傍にのみ結晶性の高い材料を積層しその厚みを次第に薄くしていくと、6 nm以上で同様に高い電圧値が得られました。一つの分子の長さが約2 nmなので、つまり高い電圧値を得るためには、発電が起こるドナー/アクセプター界面近傍の3分子層以下の非常に薄い領域の結晶性が重要だということがわかりました(図3a)

これらの有機太陽電池の電圧損失を定量化するために、低温での開放端電圧を測定しました。測定値から外挿した絶対零度での開放端電圧は再結合が起こらないときの電圧値に相当するので、つまり電荷対のエネルギーに当たります。そのエネルギーと室温で得られる開放端電圧との差、つまり再結合損失を算出すると、アクセプター材料の結晶性が向上するごとに低下し、最も結晶性の高い分子を用いた場合で0.26 Vまで減少しました(図3b)。これまで有機太陽電池では再結合損失は約0.5 V以上あると報告されており、この小さな損失は高効率無機太陽電池と同等の水準です。またこれらの太陽電池の再結合過程の詳細な分析から、電圧損失が大幅に抑制されたのは、界面近傍の結晶性が向上したことにより、トラップ再結合などの余分な再結合が抑制され、理想的な自由電荷対同士の再結合が実現されたためであることがわかりました。

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図2(a) 高結晶性・高移動度の有機半導体材料の分子構造、(b) 太陽電池の電流電圧曲線

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図3(a) 有機太陽電池のドナー/アクセプター(D/A)界面近傍の模式図、(b) 有効バンドギャップと開放端電圧の関係、×印はこれまでの有機太陽電池の報告例

今後の展開・この研究の社会的意義

本研究の成果は、発電が起こる界面近傍の結晶性を向上できれば、有機太陽電池の光電変換効率を高効率無機太陽電池と同等の水準まで向上できること、つまり有機太陽電池で効率20%超も実現可能であることを示しました。今回の成果は界面の構造が制御しやすい二層型のモデルデバイスで得られたものです。今後、界面面積が大きく実用的なデバイス構造である混合型の有機太陽電池でも、新たな材料開発により同様に界面近傍の結晶性を制御できれば、有機太陽電池の光電変換効率を大幅に向上することにつながります。さらにフレキシブル、カラフル、軽量、塗布可能、安価、等の有機太陽電池の利点を活かしたデバイス開発が進めば、近い将来、有機物が太陽電池の主役となっていくと考えています。

用語解説

1)開放端電圧(VOC
太陽電池に電流を流さない状態で測定した時の電圧値。太陽電池の性能を決める重要なパラメーターの一つで、有機太陽電池ではこれが低いことが無機太陽電池より光電変換効率が低い最大の原因である。

2)ドナー/アクセプター(D/A)界面
有機太陽電池で発電が起こる界面。二つの有機半導体材料:ドナー・アクセプターのエネルギー差を利用して、電荷が生成する。

3)電荷再結合
生成した電荷同士が出会って失活するプロセス。有機太陽電池の場合は電荷生成とともに電荷再結合もドナー/アクセプター界面で主に起こる。電荷再結合をいかにして抑制するかが太陽電池を高効率化するための鍵である。

論文情報

掲載誌:Applied Physics Letters
論文タイトル:“Importance of interfacial crystallinity to reduce open-circuit voltage loss in organic solar cells”
(有機太陽電池の開放端電圧の損失抑制のための界面結晶性の重要性)
著者:Seiichiro Izawa, Naoto Shintaku, Mitsuru Kikuchi, Masahiro Hiramoto
掲載日:2019年10月8日(オンライン公開)
DOI:10.1063/1.5114670

研究グループ

分子科学研究所

研究サポート

科学研究費補助金 研究スタート支援(16H07421)、若手研究(18K14115)、中部科学技術センター学術・みらい助成、マツダ研究助成

研究に関するお問い合わせ先

伊澤誠一郎(いざわ せいいちろう)
分子科学研究所 物質分子科学研究領域 助教

報道担当

自然科学研究機構 分子科学研究所
研究力強化戦略室 広報担当

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